薄暗い部屋の中で混じるのは嬌声と酒、天井に留まる白い煙と微かな悲鳴。
男女入り乱れる内で虐げられているのは兎の恰好をしたか弱き存在だけ。
所謂正統なボディーラインに艶めかしい黒地の布を当てただけの者はまだマシで、紅いソファーの上で自らが杯となり客の口に酒を含ませては笑っている。局部を曝し媚びへつらい罵られ撲たれようとも報酬を得ようとする者、中には陳腐な兎の耳だけをつけ奇妙に真ん中に立っているポールで自分の存在を示し、少しでもここから抜け出そうと踊り出す者もいる
そんな混沌とした世界から切り離すように一段高く設けられたボックス席では二組のカップルが嘲るかのようにそれらを嘲る。
「いつ見ても趣味が悪いの」
あれは話が通じるが時々儂にも思いつかんことをする。それが面白いのじゃがと笑う少女、質の高いブランデーを片手に持っているのだから成人しているだろうが、黒髪を靡かせ、臙脂色の胸元のざっくりと開いたマーメイドドレスを身に纏う姿はどうみても娘にしか見えないが、彼女こそ日本の裏社会に君臨する織田信長である。
その横にいるのが当然だと彼女の傍にいる別の少女がさらにそれを増長させた。
おとぎの国から抜け出したかのような、ふんわりとした菫色のドレスに華奢な脚を支えるピンヒールがいっそ痛々しいが、被虐者の烙印である兎の耳をつけたボブヘアーから覗く顔はただ一人を見つめるのに夢中でカクテルを作っては主人に渡している。
「同感、」
そう短く答えたのは、少女達とは対照的に精悍な顔立ちをしたスーツ姿の男であった。
別の意味でメリハリのあるボディーラインを黒い背広に押しとどめた姿に地下の女達は時折、色っぽい視線を送るが赤毛の男は寧ろうざったいと、紅髪を掻き上げぐるりと渦を巻いた瞳を見せつけ彼女たちを怯えさせる。男が欲しい視線は、ただ一人赤毛の青年だけだが青年は横で俯いたまま人形のように固まっている。
「どうして……どうして……」
何処で間違ったと狂ったように口に出す青年は、蘇芳色の旗袍を腹部から立領までざっくりと切り取られてはいるが、慎ましい胸を隠すように隙間の空いたコルセットで縛れていた
譫言を繰り返す青年――高杉に森は声をかける。
「逃げられるとでも思ったのかよ」
残念だったなと笑いながら高杉の顎を掴む森に高杉は被虐者の烙印が頭上にあるのに、まだ勝てると信じ切った瞳で睨み返す。
完璧なはずだった、ルートも時間も全て完璧にシュミレーションし森の思い束縛から逃れるはずだったのに、扉を開けた瞬間、森がにこりと笑い高杉を家へと戻していった。
自分がしでかしたこともケジメも分かっているつもりだが、永遠と続く監禁生活は高杉の感情を麻痺させる。
ボクからハナレナイデ、ヒトリにシナイデ、イッショにいて
どれも高杉が持ってはいけない感情なのにそれらは当たり前のように表れては高杉を鈍らせる。
仕置きとして連れられたいかにも訳ありの風俗店の匂いに噎せ返りながらも高杉は抜け道を探す。
今日は所有物である首輪は存在しない。
外に出てしまえばこちらのものと諦め切れていない高杉はちらりららりと周りを見渡す。
「おい、こっち見ていろ」
「なんじゃ見せつけてくれるの、儂らも負け取られんぞ。近うよれ蘭丸、」
高杉の僅かばかり見える下乳に指を這わせながら森は高杉を寄せ付ける。その態度に面白がるように信長は蘭丸を膝に乗せ、彼女を愛でている。
「高杉もそんなの怯えんで良い、今回は未遂じゃ許してやろう」
儂ってどうも身内に弱いからのと笑う彼女に高杉は答える術はない。彼女に何を投げかけても無駄なのは彼女の燦爛とした瞳で許さぬと物語っている。
「信長様……あまり構われますと灼いてしまいますよ」
虐げられる者の証があるのに蘭丸はぷうと頬を膨らませ、主人の寵愛を欲しがる。
「うんうん分かっておる、あれに今日は逢わせたいのが、おっただけじゃ」
四面楚歌、高杉はこの状況を打破しようとも、どうすることができない
「晩上好、お兄さん楽しんでる」
するりと、いつのまにかやってきたお下げ髪の少女が高杉に向けて笑いかける。短いズボンと高杉と同じように旗袍を身に纏う少女の後ろには、褪せた色をしているが上等な生地で出来た中華服を着た老師が後ろに控えている。
「……」
「ありゃ、黙りか。いいよ、用があるのはあっちだから」
ひらりと高杉をかわす少女は違う場所であれば馴れ合えたかもしれないが、今はそんな気分ではない。
そのまま彼女は森へ視線を移し、なにやら手渡していた。
「おう、助かった」
「いいよ、たっぷり報酬貰ったからね」
ふふっと笑う少女はやはり少女でないのかもしれない。信長に似た何かを感じ取った。
「じゃあね、またよろしく。行こう、老師」
大きく手を振りあどけなさを演出する彼女を何時までも追いかけていると、一瞬で消えた。どうやら高杉が出口を探していることなどお見通しだったようだ。
「それにしても遅いのサルの奴、」
「呼びましたかな、親方様」
「遅いわ!何をグズグズしておった」
信長はすくりと立ち上がるとサルと呼ばれたもみあげが目立つ金髪の男の尻を蹴り上げたが、態度や口調は荒いがその顔はすがすがしい笑顔をしていた。
「少々準備に手間取りましてな、そちらがそれがしに会わせたい男ですな」
「そうよ……なぁ高杉、そろそろ手駒が欲しくないか」
「手駒?」
「どうもおぬしは動き回りすぎる、部下の一人や二人おれば大人しくなると考えての、こやつと勝蔵と相談して持たせようと決めたのじゃ」
欲しいのは自由であってずぶずぶとヤクザの泥にまみれるつもりはない。高杉は無言で首を振る。
「ほう、それもよかろう。じゃがなぁアレを見てもまだそれが言えるかの」
楽しみじゃと笑う信長と一緒に笑いあげる男はちらりと高杉を見つめるとにかりと笑った。
「面白い薬をありがとう、あれはよく効きますな」
高杉が適当に名付けた新薬の番号を口にした男は、べらべらとそれをどのようにして使ったかを語り始める。作り上げたのは人間の尊厳を奪う薬だ。腸の細胞を侵すため二度とまともに食事を摂ることは許されない。緩やかな死を与える薬の何に使ったのか 飄々とした態度で語る男は、ここにいるのが相応しい。
「男は女と違い仕込みに時間がかかりますが、あれならすぐと表に出せる」
「暴くのが楽しいんだけどな」
「それもまた一興、ただこちらは商売、いつまでも飼っているわけにはいかない」
「どちらも良いのぉ、でサルよ。いつまで待たせている、ささっとアレを出さぬか」
「承知、それでは親方様、ごゆっくりお楽しみください」
サルと言われた男はへらりとした顔を信長に見せると、どこか狂気じみたオーラーを放ちながら降りていく。
「勝蔵、おぬしから説明してやれ」
信長はとんとテーブルを叩くとサルが置いていったごつごつとした色鮮やかな延べ棒を指さす。
「赤が百万、青が一千万、んでこの黄色が一億だったけか」
ここでの報酬は現金ではなく全て延べ棒に変えたもので支払われる。これは所謂水商売で酒瓶を飾り立てるのと同じ意味合いを持つと森は高杉に話す。
「……いらない、帰らせてくれ!!」
コルセットの中央に黄金に輝く延べ棒を突っ込んでくる森の手を高杉が振り払えば、地下からどよめきが聞こえる。
彼らが欲しくて溜まらないそれをいとも簡単に振り払う高杉に被虐者は侮蔑の視線を送りつける。それがあれば身に降りかかった借金から解放され真っ当な生活に戻れる者もいることを高杉は知らずにいた。
「帰るか、そうさなそれでもいいぞ」
帰るのはあすこしかないと森は高杉に微笑みを見せる
「あ……違う、僕が」
帰りたいのは平穏な日常とは言わないが少なくとも自我をなくすほど男に愛でられ続ける環境ではない。
その言葉はサルの声が簡単にかき消し高杉を奈落へと誘う
「お待たせ致しました。本日のメインイベント、ウサギの解体ショーでございます」
地下の舞台に上がった彼は、お楽しみくだされと誰に向けた台詞かわかるように、サル――日ノ本組の風俗の元締めである秀吉は信長に視線を送りつける。
「初めての方でもわかるようお教え致しますと、こちらは舞台にいるウサギをどのように扱っても構いません。尻を弄るのは勿論、鼻を抉ろうとも目を潰そうが構いませぬ」
うぅっと唸る声が会場に響き渡る。
上からはハッキリと顔までは見ることが出来ないが逸物を膨れ上がらせているので男とは分かる。
「よ、待っておったぞ。始めてくれ」
信長は喉を潤すようにして酒を呷るとにやりと高杉の顔を見る。
「アレに見覚えはないか、高杉」
犯しやすく四つん這いでそこにいる弱者は既に嬲られ始めている。最初は加減してか、恥部や靴底を舐めさせ屈辱を与え、反抗すれば弱者の指を踏みつけると非日常的な暴力だけが振るわれていたが次第にエスカレートし、今は穴という穴に異物を挿入され悶え苦しんでいる。
「侮り者の名前などいちいち覚えれられん、そこに双眼鏡があるじっくりと見るが良い」
「……!!」
壇上で無惨な姿を晒しているのは高杉のかつての同僚であった。彼が何故ここにいるのだろうか。
「第二のおぬしになると儂らに尻尾を振ってきて使えそうじゃから置いてやったが、まったくもって役に立たん上に、儂らを下に見る愚か者じゃ」
「あっ……ぐっぇ」
虐げられているのが知人だと知った途端、双眼鏡を落とし、胃液がこみ上げ高杉は思わず嘔吐く。
「前の奴は少々厄介じゃし勝蔵が内々に処理してくれたが今回はそなたに判断を任せようと思ってな」
「何を……」
「あれを生かすか殺すか、そこにある延べ棒一本であやつは救われるが殺した方はよいと思うぞ」
「簡単に人を……」
「殺してはならぬか、きれい事よの。どうせあやつはおぬしの薬で躯はボロボロいっそ一思いに殺してやるのが慈悲とは思わぬか」
「……」
「賢いおぬしなら分かってくれると思っておった。勝蔵、出しゃばって済まなかったの」「お手を煩わせて申し訳ない」
「よいよい、儂が好きでしたこと。ほら儂身内贔屓だし、高杉の顔を見たかった」
二人して妬くでないと高笑いする信長に高杉は恐れを感じた。
「さてそろそろ儂らは帰るか、どうした蘭丸。そうか……、勝蔵、儂らは上を使うからそなたは下でしっぽりするがよい」
遊んでいきましょうと潤んだ瞳で信長を見つめる蘭丸に絆された彼女は蘭丸を横抱きにするとウィンクを残し立ち去っていく