あにうえのけんせい ショーウィンドウには色鮮やかなアイスが並んでいる。ガラス張りのケースにぺったりと張り付いた蘭丸は眉間に皺を寄せて真剣に考え込んでいた。
選べるのは一つだけ。よく知った色を見比べながら、これは難解な問題だぞとばかりに唸る。
高杉は店内の端で涼んでいる。店内の冷房が天国のように思える。一気に汗が引いて、パタパタと胸元を仰いで風を入れるのを見咎めた兄が見えないように大きな身体で覆い隠していた。
「あにうえ、らんまるにはえらべません!」
「選べ」
「むりであります!」
「………どれと迷ってんだ」
「ぜんぶっ!」
「せめて絞れよ………」
呆れたように笑う兄の後ろからひょっこりと高杉が顔を出す。蘭丸は良いことを思いついた!と軽い足取りで駆け寄り、にぱっと笑った。
「しんさくさんはどれがいいとおもうでありますか!」
「えっ、僕?」
「らんまるにはきめられないのであります!」
「おい、成利」
「なんでありますか?」
「呼び方」
「………むぅ、たかすぎさんはもりさんで、らんまるとおなじなのであります!あにうえのおよめさんだから!」
「そうだな。俺の嫁だな」
「だからしんさくさんなのであります!」
「分かってんなら良いか」
兄のお嫁さんとなった高杉先生は先生じゃなくなったので、晋作さんと蘭丸は呼んでいる。兄は蘭丸が晋作さんと呼ぶ度に誰のお嫁さんなのかを確認するので、このやりとりも慣れたものだ。
どうやら兄は独占欲とやらが激しいらしいと蘭丸は学んだ。当の晋作さんはいつまで経っても慣れないのか顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。恥ずかしいらしい。
でも蘭丸には関係ないことなので、ぐいっと手を引いて一緒にショーウィンドウを覗き込む。
しげしげと眺めた晋作さんは説明文を読んでキラキラと目を輝かせている。む?と思って視線の先を見れば、スタンダードなバニラやチョコレートよりも何の味か分からない色の変わり種に興味があるらしい。ふんふんと頷く蘭丸の隣で兄も同じように頷いている。晋作さんは兄といるとき、取り繕ってないのでとっても分かり易い。
蘭丸は兄と顔を見合わせて、元気良く手を上げた。
「らんまる、このぴんくとみずいろのがたべたいであります!」
「もう一個選んどけ」
「なんと!ふたつめでありますか!?」
「俺はこれ。お前は?」
「この紫のやつにしようかな。どんな味なのか気になるじゃないか!」
「ん。成利」
「みどりのパチパチ!」
にこにこ笑って兄が注文するのを眺め、こっそりと晋作さんの袖を引いて耳打ちする。
「みんなでわけるのでありますよ!」
晋作さんはちょっとだけ目を丸くして呆けていた。
蘭丸は晋作さんが目移りしていたのに気がついていたので、してやったりと笑う。
甘いものが得意じゃない兄がわざわざ選んだのも晋作さんがちょっぴり悩んでいたからだ。
なので蘭丸はアシストするように手を上げたのだ。何せ、やっとやっと叶えられた兄上のお嫁さんである。逃す気などないのだ。森家から逃げられると思うなよ。狙った獲物は絶対に逃さないのだ。
こういった小さな積み重ねが大事なのだと兄は言っていた。茶器を手入れするように、大事に大事にしなければならないのだ。
ニヒルに笑った蘭丸はご機嫌で兄からアイスを受け取る。
「はい!しんさくさん!」
スプーンでアイスを掬って晋作さんの口元に差し出すと、兄がやんわりと蘭丸の手を掴んでスプーンを奪い取った。
「あっ!あにうえ!」
「これは俺の仕事」
「そうなのでありますか?」
「おう」
ポンっと頭を撫でられて蘭丸は渋々引き下がった。よくわからないけど、兄的にはアウトな行動だったらしい。なので蘭丸は静かにパチパチするアイスを頬張った。
残されたのは兄の手から食べさせられるのを回避しようとしている晋作さんである。
「……いや、いやいやいや。君は馬鹿か?」
「早くしろ。溶ける」
「僕は自分で食べれるのだけれど?」
「こっちの方が早いだろうが。おら」
「なんの羞恥プレイだこれは」
「無理矢理突っ込まれてぇか」
うだうだ言う晋作さんの口に無理矢理スプーンを突っ込んだ兄は満足そうだ。晋作さんは諦めてされるがままだけど、蘭丸には嬉しそうに見えたので悪くはないのだろう。
代わる代わる兄にアイスを食べさせられている晋作さんを眺め、チラリと店内を見回す。
来店した時からチラチラと兄と晋作さんを見ていた女の人たちが揃って諦めたかのように席を立っている。
蘭丸は可愛らしくにっこり笑って満足気に息を吐いた。兄上のお嫁さんは誰にも渡さないのですよ。と心の中で呟いて。
パクリと最後の一口を頬張る蘭丸を他所に、兄が晋作さんの頬にくちづけたけど、蘭丸は空気の読める賢い子なので見ていないことにしてあげた。