「あれ可愛い」
社屋のエントランス。普段どちらかと言えば無口な弟・いさながある一点をじっと見つめて言うので、隣にいたいおりは大太刀を壁に立てかけ、身を屈めて彼に目線を合わせる。すぐにソレが視界に入って、いおりはパカリと口を開ける。視線の先、ちょうど通路の向こう、自販機の傍に侍課の若い女性職員が一人。褐色の肌にインナ-カラーで髪を金に染めた彼女の腰に下がった刀に目が行く。
「あー可愛い。脇差かな、ピンク色でしかもラメとか出来るんだー」
「な、可愛い。レオパのファーとかストーン付いてんの。ああいうのアリなんかー」
感心したように言ういさなは自分の帯刀した刀をじっと見つめる。何の変哲もないデザインである。その視線の意味するところを正確に理解して姉がいたずらっぽく笑う。
「……腕にシルバー、じゃなくてリボン巻くとか?」
姉の言葉にいさなは黙ったまま首をひねる。リボンはいまいちピンとこないらしい。
「あ、前に私があげた青いリボンの、ほら、パールが付いたストラップは? 鞘じゃなくてもベルトに下げたり。でも刀抜く時に干渉しちゃうか」
「……棚の上に飾ってる」
聞き取りにくい声で言っていさなは顔を伏せた。
棚の上、と言われて姉は弟の自室のレイアウトを思い出す。あらゆる本や漫画、資料、教本の詰め込まれた本棚の隣にコレクション棚と呼ぶべきファンシーな一角がある。蚤の市で見つけたアンティークレースを敷いて、人魚の装飾が施されたアナ・スイの香水瓶やケーキハウス・ツマガリの化粧箱、回転木馬型のオルゴール、フラワーノーズのコスメパレットを中心としたそこはいさなの小さな祭壇で、彼が自室に人を招きたがらない理由でもある。そして、以前いおりが「弟が好きだろう」というくらいの軽い気持ちで渡したコスメのおまけはその祭壇に後生大事に飾られているらしかった。
「壊れたらヤだから」
「……その時は一緒に新しいの探しに行くよ?」
「分かってる、けど」
いさながすねたような声で言って、向こうで誰かを待っているらしい女性職員のピンクの脇差に視線をやる。それに気付いたのだろう、彼女は部屋を横切るようにして南戸姉弟につかつかと歩み寄った。小柄な彼女は壁に立てかけてあるいおりの大太刀にチラリと視線をやってから「あの」と二人に喋りかけた。
「あたしに何か用事?」
「あッ、ごめんね! そうじゃなくて」
「脇差、可愛いなって」
いおりの言葉をさえぎるようにいさなが淡々とした調子で言って名乗ると、福知月奈と名乗った彼女は僅かに目を見開く。そして帯刀したラメピンクでレオパのファーでスワロの脇差と、いさなを見比べる。
いおりはともかく、何やら不愛想な印象の三白眼気味の男が奇のてらいも無く真正面からこのデコりにデコった脇差を「可愛い」などと表現するのは珍しいことだった。
「可愛いねって言って勝手に盛り上がってたの」
「じろじろ見てごめん。……自分でデコったの?」
眉をハの字にして笑ういおりの隣でいさながひょこりと首を上下させて謝意を示して問うと、月奈は眉一つ動かさないまましばし考える仕草をしてから鍛冶班の仕事場の方を指した。
「これは鍛冶の人にやってもらって……。なんか凄い顔されてファーは自分でつけろって言われたけど」
そうだろうなぁ、といおりが苦笑していると向こうから大柄な青年が現れて小柄なバディにひらひらと手を振った。
「ごめんねルナちゃん、待った?」
「へーき。……じゃ、またね」
存外に柔らかい声で、けれど表情は変わらないままそう言って、月奈がバディに合流する。
「行こ、さくぴ」
「……何かお話してたの?」
「うん」
巡回に行くらしいバディの背を見送って、いおりといさなは立ち上がって背伸びをする。
「それじゃ、私たちもまたあとで」
「ん」