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    雑魚田(迫田タト)

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    戦場時代、怪我したムリとその横で代わりに剣の手入れしてあげてるトーがただ真面目な会話するだけのトームリ
    (やることやってる関係のつもりだけどそういう要素は皆無)

    ※失望の結果殺意が芽生えるほどのかつてのムリおじのカリスマ性ってほんとなに……?って頭を抱えて唸ってた末の産物なので捏造しかないです

    「起きてるか、ムリナール」
     小さめの医療テントの外から、トーランドは控えめに声を掛けた。予想通りすぐに中で居住まいを正す気配がして、時間を置かずに短く簡潔な返事が返ってくる。
    「ああ」
    「邪魔するぜ」
     一応ひとこと断りを入れてから、トーランドは入り口をそっと手で捲り上げ、なるべく静かに中に足を踏み入れた。
    「調子はどうだい、ムリナールさんよ。だいぶバッサリいかれたって話だが」
     入ってすぐに立ち止まり、トーランドはムリナールに問いかけた。端のほうで椅子に大人しく座っているムリナールの肩口辺りには、包帯がぐるぐると厚く巻き付けられている。
     ウルサス軍の本隊の斥候に徹していたトーランドが後から聞いたところによると、別方面の斥候が見落としていた相手の遊撃隊に部隊の脇腹の隙を突かれ、そこから防衛線が崩れかけたのを後方のムリナールが飛び込んでぎりぎり立て直した、という話だ。相変わらず一人でどうにかできてしまうのが恐ろしいところなのだが、正式に訓練され統率された騎士団などでない以上、彼ほどの不確定要素を含めなければ、相手との圧倒的な練度の差を埋めることは難しい。彼自身が誰よりもはっきりとそれを認識しているため、いつも多少の負傷は数に入れずに暴れ回っているのだが、今回ばかりは流石にそうも言っていられなかったようだ。
     所々包帯に血が滲んでいるところを見ると、休んでいろという指示を無視して勝手に動き回った挙げ句、医療班に涙ながらに叱られてテントに無理矢理押し込まれたらしい。本来寝ているべきであろうところ剣を携えて座っているのは、あまりの強情さに医療班が折れた結果だろう。
    「……心配には及ばない。周囲にしつこく言われるから休んでいるだけだ」
    「強がんなって。縫ったんだろ? 熱まで出てんじゃねえか」
     表情と口調はしっかりしていても、体にかかる負担は隠し切れていない。顔は普段よりも熱を帯びて赤く、目も少し潤んでいる。
     誤魔化せないと判断したのか、ムリナールは諦めて深く息を吐き、椅子の背もたれに体重を預けた。いつもより眉間の皺が深く寄ったところを見ると、正直、痛いらしい。
    「……わざわざ無駄話をしに来たのか? トーランド。医療班に見つかる前にさっさと戻るのが得策だと思うがな」
     散々叱られたことが効いているのか、ムリナールは珍しく慎重な発言をした。さすがの騎士様も泣き落としには弱いと見え、頭上の耳もいつもより心なしかしょんぼりしている。
    「心配ご無用、その医療班からしっかり了解を取って来たってわけよ」
     自信満々に腕組みをするトーランドを横目に見て、ムリナールは片方の眉をちらりと上げた。一体どんな悪どい手を使ってあの医療班を言いくるめたのかと訝しんだのだが、実際のところは、非常に真っ当な経緯で真っ当に得た了解なのだった。
    「その腕じゃきついだろうと思ってよ、剣の手入れしに来てやったんだ。軽く血拭うぐらいしかできてないだろ? 戦線もあらかた片付いて、あとははぐれの雑兵処理だけだから戦力にも余裕あるしな……ああ、俺がかなり前まで出て安全確認してきたから、そこに関しては信用してくれや」
     立て板に水の如く喋り続けながらトーランドは近くにあった適当な台と椅子を持ち上げ、ムリナールの横にがたがたと雑にセッティングし始めた。自分のポケットから布を出して台にばさりと広げ、また別のポケットから必要な道具を取り出して並べ、最後に自分自身が椅子に腰掛ける。そうしてトーランドはムリナールに向かってわざとらしいほどにっこり笑い、眼前にずいと手を差し出した。
    「ほら、剣」
     ここまで有無を言わさず一気に話を進めたトーランドの強引さにムリナールは閉口したが、実際のところ手入れに手が着かなかったのは事実だ。何もかも見透かされているようで非常に複雑だが、ムリナールは大人しくその厚意を受けることにした。
    「……頼む」
     ムリナールは腰の剣帯から片手で鞘ごと剣を抜き、トーランドにそれを差し出した。トーランドは両手でしっかりその剣を受け取ると、上から下まで改めてその装飾をじっくり眺め、そして控えめに感嘆の息を吐いた。
    「言ったはいいものの毎回緊張するんだよな、お前の剣触るの」
    「何故だ」
    「値段が違えんだ値段がよ。ここで万が一落として使い物にならなくしちまったら、こちとら内臓売るぐらいしか弁償する手立てがないんだぜ」
     言いながらトーランドはムリナールの剣の柄をそっと握り、鞘からすらりと抜き出した。細部に彫刻が施された美しい剣身には、その場で拭い切れなかったであろう血の跡が薄く広範囲に広がっていて、本来あるべき輝きをひどく曇らせてしまっている。
    「……もしそうなれば、お前の馴染みの職人でも紹介してくれればそれでいい。形ある以上はいつか壊れる。単にそれがその時だったというだけだ」
     トーランドに託した剣を横目に見ながら、ムリナールは静かに言った。もちろん、自分の剣に愛着が無いわけではない。だが、砕け散る剣の姿も戦場で沢山見てきた。自分の剣だけがその未来から逃れられる方法など、考えてもきっと意味はない。
     一方のトーランドは先程から黙り込み、滅多に見ないような真剣な顔で、慎重に刃を布で拭っている。血が丁寧に拭き取られ、刃の曇りが取れていく様は、やっている本人にとってもやはり気持ちがいいものだ。時折満足そうに口元を緩めては慌ててまた引き締めるトーランドの横顔を、ムリナールは熱で少しぼやけた視界で何となく眺めていた。
     一通り拭い終えたトーランドは、ふうと一息吐いてからそっと剣を台に置き、手入れ用のオイルを布に取りながら会話を再開させた。
    「俺のなんざ、無名の鍛冶屋が趣味で作ってるような安い剣だぜ? 確かに切れ味にゃ文句ないけどよ……騎士様には似合わねえって」
     自分の飾り気のない剣を携えたムリナールを想像し、その妙なアンバランスさに笑いながらトーランドは言った。ムリナールがこの剣を振るうことがこの先あるとすれば、それは彼が戦場で武器を失った時か、もしくは──何か重大な局面で、彼に対する信頼ごと、この剣と共に決断を託すべき時ぐらいだろう。
    「私が求めるのは粘りが強くよく切れる剣であって、高価な剣ではない。高い値がついていても、見た目を取り繕っただけのなまくらというのは山ほどあるものだ。……尤もそれは、そんなものを有り難がる貴族がそれだけ居る、ということの証左にもなるんだがな」
     ムリナールは特に表情を変えるでもなく、淡々と言った。その瞳には、わずかに諦観の色が見て取れた。
     ムリナールが貴族というものについて個人的に言及するのを、トーランドは初めて耳にしたような気がした。トーランドたちにとって貴族階級は概して距離のある存在であり、その中の貴重な例外の一人がムリナールということになるのだが──そのムリナール自身は日頃トーランドたちと同じように砂埃にまみれて駆け回っているため、彼が貴族社会に身を置く立場から個人的に何かを語る機会というのは、非常に少ないのだ。
    「……色々あるんだな、貴族のお歴々にも」
     トーランドは、それだけを言うに留めた。熱で潤んでいるせいか普段と少し印象が違うムリナールの瞳が、ここではない遠い場所の、とてつもなく大きな物を見ているような気がしたからだ。
    「……すまない、愚痴のようになってしまった。忘れてくれ」
     トーランドが自分の方をじっと見ていることに気付いたムリナールは、切り替えるように軽く頭を振った。トーランドは苦笑する。
    「その程度は愚痴にも入らねえだろうよ。完全に出来上がった酔っ払い共の愚痴に比べりゃ可愛いもんだ……っていうかお前さん、だいぶ熱上がってないか? 顔真っ赤だぜ。なーんかいつになく饒舌だとは思ったけどよ……」
     ずっと見ていたせいで気付くのが遅れたが、ムリナールの熱はどう見てもよろしくない温度まで上がっている。ろくに麻酔も無い中での荒っぽい縫合だ。いくらクランタの体が丈夫な方とは言え、耐え凌げる限度というものはある。
    「お前の気のせいだろう。頭もはっきりしている、大丈夫だ」
    「酔っ払いみたいなこと言うんじゃねえ、大丈夫じゃない奴ほどそういうこと言うんだよ。あいつらがせっかく丁寧に寝床まで整えてくれてんだ、早いとこ寝ろ寝ろ。剣はちゃんとやっとくから」
    「…………」
     ムリナールは難しい顔で黙り込んだ。彼には彼の中の基準があるのだ。一段落したとはいえ、まだ完全に交戦が終了したわけではない。そんな最中に休むのは、体よりも気のほうが休まらないのだ。
     こうなるとムリナールは梃子でも動かない。であれば──まったく別の、予想もできない方向から攻めるしかない。
     トーランドはふうと息を吐き、道具を置くとおもむろに椅子から立ち上がった。置いた剣に気を付けながら台を回り込み、ムリナールの正面まで来ると、トーランドは片膝を立てて跪き、ムリナールの無事な方の手をそっと取った。
     見事に予想の上を行かれたムリナールは、完全に虚を突かれた顔で目を見開いて固まった。
    「こうした方がお前さんにはちゃんと伝わるんじゃないかって思ってよ。悪いが一度やってみたかっただけで作法なんかは全然知らねえから、変なことしてても許してくれよ」
     照れ笑いのようにはにかみながら、トーランドは言った。その顔を見ているうち、ムリナールは、いつの間にか狭くなっていた視界が少しずつ開けていくのを感じた。
    「……なぁ、ムリナール。事実として、お前一人に任せるしかない局面ってのはどうしてもある。だからこそ皆、そこ以外の部分ではお前の力になりたいんだよ。怪我したときくらいゆっくり休ませてやりたい、だからいつも以上に人数増やして念入りに偵察に回って、万が一にもお前さんの出番が回って来ないようにする……ってな風にな。だから、とりあえず今日に関しては皆を信用して休んじゃくれないか。なんだかんだ言って皆、お前さんのことが好きなんだ。心底惚れ込んじまってるから、ここまで来てる。……ならたまにはこっちだって、良いとこ見せる機会が欲しいじゃねえか。な?」
     ムリナールは、しばらくの間黙って俯いていた。ずっと触れているトーランドの手が冷たく思えるのは、それだけムリナールの体温が高いということになるのだろう。
     ムリナールはトーランドの言葉を、熱でぼやけた頭で何度も何度も反芻した。そのうち、ずっと無意識に力を入れて固くなっていた手足が、じわりと溶けるように弛んでいくのを感じた。
    「……皆に感謝を、伝えておいてくれ」
     それだけ言うとムリナールは添えられた手から自分の手を離し、その手でトーランドの頬を一度だけ、優しくそっと叩いた。それが古い時代の叙任儀礼アコレードに倣ったものであることは、口にしなかった。そもそもトーランドたちはおろか、自分すら騎士の身分にはない。トーランドたちを下に見るつもりもないし、まして主従関係など以ての外だ。だが、膝をついてまで一心に捧げられた自分への敬意に応える方法が、今のムリナールには咄嗟にこれ位しか思いつかなかったのだ。
     当然そんな裏など知る由もないトーランドは、ぽかんとした顔のまま、ムリナールがふらりと立ち上がってから寝床に大人しく寝転がるまでの動きを、ずっと目で追うことしかできなかった。よく知らずに適当なことをしたのをトーランドは今更後悔しかけたが、ムリナールの表情を見ている限り、先程の突然の理不尽な平手は少なくとも悪い意味ではないようだ。そう判断したトーランドはひとまずほっと胸をなで下ろし、頬を弛ませながら再び椅子に戻った。そして台から剣を取り上げて、途中になっていた作業を再開させた。

    「……トーランド……」
     ムリナールが小さく呟いた声で、トーランドは手元から顔を上げてそちらを見た。傷の都合で仰向けに体を横たえたムリナールは難しい顔でじっと真上を見つめているが、頬が火照っているせいもあってか、その顔は普段の印象に比べるとどこか幼く感じられる。
     そういえば上に兄弟が居るんだよな、と、トーランドはその事をなぜかふと思い出した。
    「連絡役か? 居た方がよけりゃ起きるまでこの辺に居るぜ」
     何となく一人が心細いということは察したが、あえてトーランドはいつもと同じ調子で返した。ここで変に情を込めるのは、きっとムリナールの誇りを傷つける行為になるだろう。それに折角苦労して寝かしつけたというのに、ここでまた起き上がられでもしたらたまったものではない。
     ムリナールは、瞬きをする間ほどのほんの一瞬だけ、安心したようにほっと表情を緩めた。
    「……恩に着る」
     それだけ言うとムリナールはまたいつも通りきっちり眉間に皺を寄せ、それから少しして大人しく瞼を閉じた。

     トーランドはそのまましばらくの間手を止め、ムリナールの顔をじっと見つめていた。
     俺たちの騎士様。俺たちのニアール。言う方は気楽なものだが、言われる側にとってその言葉は、どれほどの重さを持つのだろう。それが軽ければいいと思うが──きっと、そうではないのだろう。
     それを分かっていても、やはり自分たちは、この美しい金色の騎士様に光を見出さずにはいられないのだ。
    「……そうあるための手助けぐらいは、させてもらうからよ」
     ぼそりと呟いた言葉は誰の耳に届くわけでもなく、静かな空気に溶けて消えていった。



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