食事の途中で不意にぴたりと止まったトーランドの手を、ムリナールはちらりと目の端で見遣った。
ここ最近、トーランドがこうしてふと動きを止め、何か聞き入るような様子を見せることがしばしばある。たいていの場合はすぐに普段通りになるため、ムリナールは気になりつつもそのまま流していた。それが彼の種族──サルカズの血に起因するものであることは分かっていたからだ。
しかし今回ばかりは、どうにも様子が違っていた。
いつも以上に彼の表情は複雑に揺れ動き、そしてついには、止まった手に持っていたカトラリーをそっとテーブルに置いたのだ。
歴史を紐解けば、サルカズが神民や先民とはルーツを異にすることは確かな事実だという。ロドスに籍を置く以上、そのあたりの情報はムリナールがあえて求めずとも自然と耳に入ってくる。ヴィクトリアでの動乱に臨み、サルカズのオペレーターたちが〝声〟を聞く姿を目にしたこともある。
そう──まさに今、目の前でトーランドが見せているような姿だ。
こういった部分ばかりは、サルカズ以外の者にはどうあがいても理解できない。それに、実を言うと理解したいともムリナールには思えないのだ。もしかするとそれは、こちらも同じように、彼らと争い続けた祖先の血というものが本能的に忌避感を抱かせているがゆえのものなのかもしれない。
「……なあ、ムリナール」
しばらくしてようやく声を出したトーランドに、ムリナールは視線だけで応じようとした。
しかし当のトーランドは、どこを見るともなく、ただただ遠い目をしているだけだった。
「お前たちはさ。死んだら、どこに行くんだ?」
一人のサルカズの口から放たれた疑問は静かに宙を漂い、一人のクランタの元へ辿り着く。
受け取ったムリナールはそっとカトラリーを置き、答えを言おうと口を薄く開き──それからまた、すぐにそれを閉じた。
今トーランドが聞きたいのは、ムリナールが死後の世界をどう捉えているかというミクロな答えではないのだ。
目の前のサルカズが求めているのは、クランタという先民、ひいてはペガサスという神民が広く抱く、死に対する共通概念についての答えだ。
「……地域や文化圏にもよるが……我々は、『あの世』と表現することが多い」
ムリナールは言葉を探す中で、あえて〝我々〟という一人称を選んだ。それこそが、今のトーランドからの問いに最も相応しい自称だと彼は思った。
「なるほどな」
トーランドは遠い目をしたままそれだけ言って、また口を噤んだ。
それからしばらくの間、沈黙が流れた。
トーランドが溢れかえる感情の着地点を定め終えるまで、ムリナールはただ黙って待っていた。
「……案外、同じところに行けるかもしれねぇな」
不意にぽつりとそう呟いて、トーランドは小さく笑った。それは静かで凪いだ哀しみと、その上を晴れやかに駆け抜けていく慶びとが複雑に重なり合った笑みだった。
トーランドはその身で受け止めた複雑な感情を、複雑なまま、大切に仕舞い込むことに決めたようだった。
この瞬間、彼らは大きな何かを喪い、また同時に、とてつもなく大きなかけがえのない何かを手に入れた──
ムリナールにはそれしか分からなかったが、それだけで十分だった。不思議と、そんな彼らを心から祝福したい気持ちになったからだ。
そんなことは、これまでの先民としての人生のなかで初めてだと思った。
「……そうか」
短く答えて、ムリナールは置いていたカトラリーを手に取った。かたりと小さく音が鳴る。
この上なく現実のものであるその音が、トーランドの視線をようやく、ここではない世界から目の前のムリナールの方へと向かわせた。
ぱちりと目があったトーランドは、ここまでの自分がらしくないとでも思ったのか、照れ隠しのようにわざとらしくムリナールにウィンクを投げかけた。
ムリナールはそれを手で払いのけるようにして、ほとんど冷めてしまった食事の残りに手をつけはじめた。
彼らの関係は、この世界がどんな態度を取ろうとも、この先も変わらず続いていくのだろう。
それでも少しだけ、その先が明るくなったのだけは確かだ。
了