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    雑魚田(迫田タト)

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    勝手にムリの鞄を開けてお菓子を取り出すトーが書きたかっただけのトームリ

    「……おい。何をしている」
    「何って、菓子食おうとしてんだよ」
     がさごそという雑音と、左肩のベルトと右腰に伝わってくる揺れ。それに乗って右斜め後ろから返ってきた言葉に、ムリナールは小さく溜め息をついた。
    「なぜ人の鞄を勝手に開けている、と言っているんだ」
    「なぜって、ここに菓子があるからな」
    「そんなものを入れた覚えはない」
    「そりゃそうだろ、俺が入れたんだもんよ」
    「……許可した覚えもない」
    「おう、許可も取ってねえからな」
     悪びれる様子もない応答にいい加減うんざりして、ムリナールは構わず歩みを早めた。声の主──トーランドはワンテンポ遅れて、慌ててそれに追随する。
    「おい待て待て! 怒んなよ、ちゃんと分けてやるから」
     ようやく目当てのものを取り出したらしく、トーランドは鞄を閉めてムリナールの隣に戻り、並んで歩き始めた。ちらりと目を遣ると、その手にはしっかり携帯用のチョコバーが握られている。
     ムリナールがトーランドと出くわしたのは、つい一時間ほど前の話だ。ロドスから指示された簡易の現地調査のために、ムリナールは一人で街道を歩いていた。するとそこに、偶然──とは本人の談だが──目的地が同じというトーランドがやってきて、いくつか言葉を交わすうちに、気付けば同行する流れになっていたのだった。
    「ほら。やる」
    「……結構だ」
     ずいと口元に差し出された菓子を、ムリナールは手で断った。
    「まあまあ一口。朝から歩き通しなんだろ?」
    「いらん」
     あくまで断るムリナールに、トーランドは肩をすくめる。
    「体型でも気になるお年頃ってわけかい? お前さんはその辺大丈夫だと思うがねぇ」
    「……単に、歩きながら食べるという習慣がないだけだ」
     埒があかない気がして、ムリナールは正直に答えた。
    「おーっと、そいつぁ仕方ねえ。そんならこいつはお預けだな」
     軽く笑って言いながら、トーランドは半分ほど残った菓子の包みをがさがさと元に戻し始めた。一人で食べてしまえばいいのに、とムリナールは思ったが、それを口に出すとまた無為な応酬が繰り返されるだろうし、何よりそのささやかな気配りが温かいのも事実だったため、あえて黙っていることにした。
    「──で。今回のお仕事はずいぶん気楽そうだな? いくらお前さんを寄越すにしても、一人ってのは珍しい部類じゃねえのかい?」
     またムリナールの鞄を勝手に開けながら、トーランドが尋ねた。ようやく本題に入った──というわけでもなさそうで、単に純粋な興味から聞いているようだった。この様子だと、話半分に聞いていた〝偶然〟という今回の出会いの経緯も、案外嘘ではないのかもしれない。
    「……いくら大規模な組織といっても、湯水のように人員を使えるわけではないからな。専門家の同行が必須でない木っ端仕事なら、単独で遂行することもままある」
    「ほぉ、案外人使いは荒いんだな……まあ、そのくらい雑に回転させないと本命の仕事が進まねえ、ってとこかね。あんな馬鹿でかい理念抱えてちゃあな」
     閉じた鞄のフタをぽんと軽く叩いてから、トーランドはまたムリナールの隣に戻ってきた。
    「何にせよ、黒ずくめの不審な同行者を咎める奴がいないのは助かるってもんだ」
    「……自覚があるのなら、さっさと帰ってくれると助かるんだが」
    「またまたぁ、それはそれで寂しいんだろ? 皆まで言うな、俺はもちろん分かってるぜムリナールくん」
     トーランドはうんうんとわざとらしく頷きながら、ムリナールの肩にぽんと片手を置いた。払い除けるのも言い返すのも面倒になって、ムリナールは溜め息ひとつでそれに答えた。
     トーランドは笑いながらぐっと伸びをして、頭の後ろで手を組んで楽しそうに空を仰いだ。
    「当然お前さんはまだ疑ってるだろうがな、今回ばかりは本当に偶然なんだよ。だからまあ、一日くらい付き合ってくれや。何だかんだで俺も嬉しいのさ」
     ムリナールはちらりとトーランドの顔を横目で見遣った。トーランドがぱちりと気障にウィンクを返す。ムリナールはうんざりした顔でまた溜め息をつき、視線を前に戻した。
    「……勝手にしろ」
     素っ気ない返事とは裏腹に、ムリナールの口角は小さく上がっていた。



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    雑魚田(迫田タト)

    DONE仕方なく晩餐会の招待を受けた遊侠時代のムリと、それに同行することになったトーのトームリ
    まだ身分差や種族差を噛み砕ききれてない、若造感が強いふたりの話
     椅子からこぼれ落ちた金色の尾が、ゆらゆらと不規則に揺れている。その毛先が箒のように床を擦っている様を、トーランドはもどかしい気持ちで眺めていた。
     せっかく綺麗に整えられた金の毛束が、このままでは埃まみれになってしまう。すぐにでも手を伸ばして毛先を拾い上げたかったが、今そうするわけにはいかなかった。
     今はムリナールがついている席の隣で、小綺麗な服装に身を包み、ただただ会話の脇役に徹することこそが、トーランドに与えられた役目なのだ──


     遡ること、約二ヶ月。
     ムリナールがトーランドと出会ってからいくらか時は経ち、仲間と共に行動することにも慣れてきた頃の、とある夜のことだ。
     特に定めたわけではないものの、何となく拠点のようになっていた森の一角で、彼らはその日も野営をしていた。テントを張り火を焚き、それを囲んで狩ってきたばかりの獲物に食らいつく。ずいぶんと肌に馴染んできたそんな日常を享受しつつ、ハンターたちの会話の中で勃発した些細な口喧嘩の様子を眺めていたムリナールの頭の耳が、不意にぴくりと跳ねて外を向いた。
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