異分子の恋身体発表会を終えた性奴隷たちは、性奴隷の洗浄用のシャワールームに運ばれていく。使用人に抱きあげられて搬送されるのだが、至祐だけはスタスタと素足で廊下を歩いていってしまう。
アディダスのジャージを羽織った後ろ姿に、瑞葉(みずは)は舌打ちをした。
「なにあいつ、また自分勝手に行動して……」
ほかの性奴隷よりもちょっと体重の重い至祐のために、体格の良い使用人も迎えに来てくれたのに、気にかけることもない。
瑞葉を抱きかかえてくれた使用人は、苦笑する。
「まぁまぁ、至祐くんは今夜のご奉仕頑張っていたから」
となりで運ばれている淑(しとか)も、至祐に甘かった。
「あいつにしては揉めなかったじゃん。僕たちの50倍くらい時間かかってるけど、あいつなりに性奴隷らしくなってきてるよね」
淑はあくびをこぼし、使用人にもたれかかる。
「でも、あんなにマワされたのに平気で歩けるあいつ変だよ。きもちよかったけどぉ、疲れちゃったー」
「変っていうか、脳筋だから体力が余ってるんでしょ……?」
シャワールームに到着すると、すでに至祐は洗浄を始めてもらっていた。タイルの壁に手をつき、尻を突きだし、使用人にシャワーヘッドを当てられ、腸内にお湯を貯めている。
後からきた瑞葉と淑も、同一の処置を受ける。たっぷりとお湯を貯めると足元に洗面器を置かれ、排泄し、それを何度か繰り返す。
腸内洗浄を終えると、後ろ手に手を組んで洗髪に移る。続いて、その手を後頭部で組み直し、一時的に貞操帯を外されて性器を含めた全身を洗われる。
ちらりと至祐を見ると、そのポーズで瞼を閉じ、おとなしく身体を洗い上げてもらっていた。
いまみたいにちゃんと性奴隷のルールに従ったり、ときには従わなかったり──瑞葉には、至祐の態度はきまぐれに見えてしまう。
「なんで……こんなやつが……」
いらいらする気持ちを、いつものように至祐本人に直接ぶつけた。
「おじさまたちに寵愛されて、踊りの練習もろくにしてないのに完璧にできるの? むかつくんだけど」
本当は、身体発表会には至祐が出される予定ではなかった。他の性奴隷が出るはずだったが、風邪をひいて体調を崩してしまったため、急遽、今夜接客のなかった至祐が出されることになったのだ。
それなのに、演目での淫らな踊りは、本番の前に軽く練習しただけで完璧だった。
「僕すごく練習したのに……! 僕よりうまくできるなんて、なんなの? くやしいよう……!」
洗髪を終えた至祐が、瞼を開けた。
「うるせぇな」
拘束のポーズを解いて、濡れた髪を両手で掻き上げる。
「ヤられてるときもうるせぇし、風呂でもうるせぇ」
瑞葉の方を見ないまま、さっさとシャワールームから出ていってしまう。
「なっ、なにその言いかた! 信じらんない!」
睨んだ背中は、懲罰の折檻の痕だらけだ。気まぐれでわがままで自己中だからあんなに傷だらけになるのだと思う。瑞葉の肌にも、ほかの性奴隷の肌にも、あれほどに凄惨な傷痕は走っていない。
言い争いになる前に、使用人に制止された。
「こらこら、ケンカはやめなさい!」
至祐は使用人に手伝われて肌を拭くと、医療班と美容班による簡易検査を受けている。肛門の粘膜を診てもらったり、軟膏を塗りこんでもらったり、性器に異常はないかなどを確認されるルーティンの処置だ。瑞葉たちより一足早く終えて貞操帯を嵌め直し、自分でドライヤーを使って髪を乾かす。ジャージは洗濯に回し、着替えのパーカーを羽織るとさっさと収容房に歩いて帰っていってしまう。
至祐の切れ長の目は、一度も瑞葉を見なかった。相手にすらされていない気がして、それがよけいに……むかついた。
◆ ◆ ◆
顔じゅうに不満を表して、目の前の至祐を睨む──
せっかく、苑蔵とふたりきりで外食を楽しむはずだったのに……銀座のしゃぶしゃぶ屋の個室に入ると、至祐がスマホをいじっている。モード系のブラックコーデの装いで、髪をセットし、薄く化粧もしている。男娼として接客するときの姿だ。
たまたま3時間ほど、至祐の時間が空いたのだそうで、瑞葉のとなりに腰を下ろしつつ、苑蔵は嬉しそうだ。
至祐はスマホを、かたわらの空席に置いているクラッチバッグにしまう。
「飯食わしてくれるっていうから来た」
成人を迎えてからというもの、至祐はあまりハレムに帰ってこない。うまく予定を調整して顧客と愛人のところを巡り、ハレムで過ごす時間を減らしている。
『男』である至祐にとって、男の娘だらけのハレムは居心地が悪いものなのかもしれない。それは至祐と会うたびにつっかかってしまう自分のせいもあるのかもしれないが、こいつは異分子だから、あの館にふさわしくない。
3人そろったところで、運ばれてくるしゃぶしゃぶのコース。野菜中心だが、希少な銘柄の牛肉も運ばれてくる。美味しそうだとは感じたものの、瑞葉は肉には手をつけない。肥るような気がするし、食べたときの体臭や排泄物の匂いも気になってしまうのだ。
そんな瑞葉に、苑蔵は食べてみるようにと勧めてくる。
「江戸時代の陰間は臭みのあるものは口にしなかったというがね、お肉も美容にいいからね」
至祐はまったく気にすることなく食べ進めていく。脳筋のオスイヌらしいと、瑞葉は心のなかで見下した。
「美味ぇな」
「至祐は、今日はなにを食べたのかな?」
「朝は流動食で、昼はコールドプレスジュースにした」
「至祐は放し飼いでも、自分で食事制限できて偉いね」
「だろ」
箸を動かしながら、至祐は目を細める。どことなく自慢げに見えて、気に入らない。数日ハレムにいなかった至祐から、どんな風に過ごしていたのかを上機嫌で聞いている苑蔵のことも気に入らない。
ご機嫌斜めな瑞葉の視線の先で、至祐はアクを取ってくれる。細かな作業はこいつにやらせとけばいいやと思う。もちろん、苑蔵とふたりきりで来れたなら自分がすべてしてあげるつもりだった。
至祐に気にされたのは、意外だった。
「おい、ちゃんと食ってるか?」
「……食べてるってば……」
「俺ばっかり食ってる気がするだろ」
テーブル会計を済ませたあと、路上に出ると、運転手の待っているベントレーには戻らず、苑蔵は近くの喫茶店の看板を眺めている。
「まだ時間があるだろう、お向かいのカフェーで、お茶でもしようじゃないか」
苑蔵の言いまわしに、至祐は笑った。
「カフェーってなんだ、その言い方」
「モダンな言い方だよ」
苑蔵も頬をゆるめ、その左腕を瑞葉、右腕を至祐に絡める。間近で苑蔵の笑顔を目にして、瑞葉のいらだちはかすかにまぎれた。
「こんなに美しい子たちを連れ歩くことができて、私は日本一の幸せものだ──」
◆ ◆ ◆
あのオスイヌは、脱走できそうなくせに、いまだに脱走しない。
半月ぶりに、至祐は『メンテナンス』のためにハレムに帰ってきていた。美容施術も、投薬も、点滴も、どうせ嫌でしかたがないはずなのに、なぜ受け入れているのだろう。
さっさと出ていけばいいのにと思いながら、至祐にちょっかいをかけるため、自由時間にトレーニングルームに向かった。この施設を自発的に使うのは至祐くらいしかいないし、至祐の要望で揃えられた器具も多い。
瑞葉の予想通り、至祐はここで時間を過ごしていた。
ちょうど、運動を終えて部屋を出るところだったようだ。
トレーニングウェアを着た至祐は、やはり、ハレムの性奴隷にも男娼にも見えなかった。外出の際に見かける外の世界の男に見える。
「至祐ってノンケじゃなかったんだ〜」
目があった瞬間、鼻で笑ってやる。
「それとも、女の子とは恋愛させてもらえないから、代用品なの? 夏南ちゃん、女の子にしか見えないもんね」
言い終わるか、言い終わらないかの瞬間に衝撃を感じ、部屋着の胸ぐらを掴まれたのだと気づいた。
怒りを宿す双眸を間近で見つめ、図星を突けたと嬉しくなったのも束の間、違ったらしい。
「そんなくだらねぇ理由で付き合うわけねぇだろ」
掴まれたまま、壁に押しつけられる。
「あいつのあの見た目は、あれしか知らねぇからしてんだ」
「……く、るしい、はなして、オスイヌ……」
「本当はなにが好きなのか、どんな格好がしたいのかも、まだ知らねぇんだ」
「はなして……ったら……!」
「性別なんてどうでもいい」
至祐はやっと手を離した。
「次に代用とかバカなこと言ったらぶん殴る」
「そ、そんなことしたら罰を受けるのはおまえじゃん……!」
怒りをあらわにしている至祐の前で、瑞葉はずるずると床に崩れ、むせながらも笑った。
「ここにも監視カメラがついてるし、僕に手を出したから、もう、懲罰決定じゃない? あははは……」
「だったらなんなんだ? 関係ねぇだろ──」
至祐の言葉を間近で聞き、自分とは別種の生き物なんだと、ひどく理解した。瑞葉は、性奴隷に堕とされる前も堕とされてからも、なるべく痛い目には遭いたくないし、なるべく嫌われたくないし、むだな苦労もしたくないと思って生きてきたが、それらすべてが、至祐にはどうでもいいことなのだろう。
至祐はさっさとこの場から去ってしまう。
その後、仲間に手を出したという理由で、至祐には地下牢での軽度な懲罰が実行され、瑞葉も口頭で注意を受ける。
むかつく至祐に、言いたいことを言ってやったし、懲罰という形で至祐を痛めつけることができたのに、瑞葉の心はすっきりしない。
◆ ◆ ◆
とある夜、ハレムでは、おなじみの淫らな宴が行われた。
大ホールに敷きつめられたマットレスで、瑞葉は変態紳士たちに輪姦されて、ほかの性奴隷たちもおなじように弄ばれていた。至祐は貞操帯をされた上でペニバンを装着させられ、夏南を抱かされ、観賞されていた。
紳士たちを見送ったあと──疲弊からか、寝落ちしてしまったらしい。いつのまにか、瑞葉の裸身にはブランケットがかけられている。
ぼんやりと天井を眺めている瑞葉に、夏南と至祐の会話が、聞こえてきた。
「至祐、いつか、本当にえっちしようね」
「そうだな」
「約束だよ……でもね……べつにね、一生できなくてもいいんだよ。だって俺、至祐のおちんちんがほしくていっしょにいるわけじゃないもん」
至祐は吹きだして、笑っている。
「はははっ──……なんだそれ」
「至祐の心が、たましいが好きなの。体温も好き。それから、こうしてると心臓の音が聞こえるでしょ」
ふたりは寝そべったまま抱きあっているのだろうか。夏南も、はにかむように笑っている。
「心臓の音も好きだよ」
その声色にこめられた想いは、あまりにも澄んでいた。
「至祐のことを好きでいられるだけで幸せだから……至祐の腕のなかにいられるなんて死んじゃいそうに幸せ。俺と出会ってくれてありがとう」
夏南を抱きしめる至祐は、きっと瑞葉には絶対見せないような笑顔を浮かべているのだろう。
さんざんつっかかって、罵って、敵視してきたはずなのに……いまさら……ハレムの異分子の『オスイヌ』を好きだったんだとこの胸の疼きの理由に気づいたところで、あまりにも遅すぎる。
瑞葉は自分の愚かさに薄笑んだ──