夢の話夢の話
知らない人とセックスをする夢を見た。柔らかい髪に滑らかな肌、冷たい首すじに熱い吐息。生娘みたいにあどけない姿をしているのに、溢れる矯正は耽美で魅惑的だった。
けれど顔だけはどれだけ見つめてもわからない。夢に見ているその瞬間には、泣いているとか笑っているとかわかるのに、一度でも目を覚ましてしまうと蝋燭の火を消すようにパッと虚空へ溶けて、何も思い出せなくなってしまう。掠れた記憶の中で俺に向けて声をかけてくれていたその人は、確かに綺麗な微笑をたたえていたはずなのに。
どんな会話をしたかは覚えている。けれどどれも他愛のないもので、いっそ自分にとって都合の良いものでしかないような気すらする。「好きだ」も「愛している」も、やはり夢は夢。そして知らない人の告白などが心に響くことなどなく、それが真実なのかどうかも判別できない。
そのはずなのに、夢の中にいる俺は、その人のことを愛してしまっているように窺えた。酷く滑稽な話にしか聞こえないかもしれないけれど、俺はその見知らぬ自分の恋人に確かに恋をしていた。
指先をほんの少し肌の上へ滑らせただけで幸福な気持ちになれた。伝わる体温の全てが心地よかった。何よりも、俺の名前を呼んでくれる恋人の声が、狂おしいほど愛おしく感じられた。
夢の中の恋人は、俺のことを愛してくれていたからだろう。俺のことを求めてくれていたからだろう。赦してくれていたからだろう。なにもかも。
首筋に噛み付くことも、指の間に舌を這わせることも、手の平全体で恥骨を撫でることも、全て許してくれた。俺を愛してくれていたから。
くすぐったそうに笑う声。恥ずかしそうに秘部を隠す仕草。感じてしまった時の反応の癖。
細くしなやかなふくらはぎ。指が吸い付くほど柔らかい太腿。暑く濡れそぼった性感帯。淫靡な香り。
指を入れて、舌を入れて、硬い先端が熱の間に惹き込まれて、包まれて、吐精して。
好きだ好きだと何度も耳元で囁きながら、肌を重ねて毎夜の如く愛を確かめあっていた。
俺は確かに、あの人のことを求めている。
今も、まさに。
「愛しているぞ、エッジ」
夢の中の自分が言っていた言葉を繰り返し、虚しく瞼を落とす。
あぁ、確かに心と体は彼に感じた熱情を覚えている。
名前を唱えるだけで胸の奥に想いが溢れて、涙すら出そうになる。
それなのに、実感だけが無いのである。
彼が確かに生きていて、俺の隣で眠りについて、目覚めた朝に「おはよう」と言ってくれる……そんな些細なできごとの全てが一人芝居の幻想にすぎず、俺が愛したその人との記憶なんて全部夢物語にすぎないのだとしか思えない。
そんな人はどこにもいない。
出会っていない。
愛などない。
喪っていない。
だから、悲しまなくたっていいのだと、優しく囁く。
空白だらけの記憶の中に、「好きだ」という短い言葉だけがふわりふわりと浮かんでいた。
誰よりも美しかったことだけはハッキリと覚えている。