住人が一人死んだ ■■が死んだ。自殺だった。ダイニングの床に仰向けに横たわる彼の首元は血で濡れていて、すぐ横にカッターナイフが落ちていた。
第一発見者の大瀬が悲鳴を上げなければ死体が二つになっていただろう。
どうして■■さんが死ななきゃいけないんだ。嗚咽し震えながら泣く大瀬を色をなくした理解が私室まで連れて行った。
共用スペースにいつまでも血濡れた死体を置いておくわけにもいかない。血液に触れないように処置をしてから天彦が■■を■■の私室に運び込んだ。テラも静かに後を着いていった。
「■■さん、失礼しますね」
「絶対ご家族に知らせるからね」
誰も■■の家族の連絡先を知らない。財布、手帳……個人情報が記されたものを二人は懸命に探した。しかしどれだけ探しても身分証明書どころかスマートフォンすらも見つからなかった。
依央利は血のこびりついた床を拭いていた。
「すっごい、負荷……」
暗い瞳からぱたぱたと涙が落ちた。
そんな住人達を猿川はただ見ていた。理解ができない。気味が悪い。そんな目をしていた。
そのさなか玄関ドアが開く音がした。聞きつけた六人はばたばたと玄関まで走る。
ふみやさん! ふみやくん!
口々に名を呼ばれたふみやはこてんと首を傾げた。
「おお、ただいま。いくら何日か家を出ていたからって、どうしたんだお前たち」
「どうしたもこうしたも……っ!」
理解が初めて動揺を見せた。
「■■さんが、自殺、して……」
「■■?」
青年は眉根を寄せた。
「僕とテラさんで■■さんのご家族への連絡手段を探していたのですが、身分証すら見つけられなくて……ふみやさんでしたら何かしらご存じでは?」
天彦から問われてもふみやは黙ったままだった。ただ怪訝そうに住人一人一人の顔を見ていく。
自分と同じものを感じたのだろう。視線は猿川に留められた。
「……そうだ。こいつら妙なんだよ」
猿川の絞り出すような声に一つ頷き、ふみやは六人を見まわした。
「落ち着いて聞いてほしい。
このシェアハウスに■■なんて住人はいない」
刹那、耳が痛くなるほどの沈黙が駆け巡った。
三秒後か三時間後か。分からなくなるほどの時間の後に理解が乾いた笑みを漏らした。
「な、なにをおっしゃるんですふみやさん。私たちはずっと……」
「うん。俺たち、ずっと七人だった」
「そんな、はずは……」
猿川とふみやを残した五人は駆け出していた。
理解が何度数えても洗面所に置かれた歯ブラシは七本で、靴箱の靴も(ふみやが今まさに靴を履いていることを考慮すると)六足しかなかった。
大瀬は未完成の絵にかけていた布を外した。描かれていたのは描きかけの自分と、■■を除く六人だけだった。
依央利がどれだけ這いつくばって床を見ても、拭きかけだった血溜まりはどこにもなかった。使用していたはずの掃除道具は未使用の状態で道具入れにしまわれていた。
天彦とテラは呆然と廊下に立ち尽くしていた。先ほどまで確かに■■の私室にいたのに、それがどの部屋なのかがわからなくなっていた。駄目元で部屋を一つ一つ見て回ったが、七人の私室と物置以外は何も物がない空き部屋だった。
ふみやはキッチンの戸棚からクッキーの入った瓶を見つけ出し「そういう不思議な勘違いをする日もあるよな」と機嫌よさそうに笑った。
猿川は応えなかった。
次の日にふみやは「そう言えば、■■ってどんな奴だったの。一応教えてよ」と五人に聞いて回った。
しかし■■とは誰なのかと聞き返されるばかりだった。