月と犬二十一時のサイレンがひびく。風に乗って耳触り良くたゆたう、多情な音だと思った。
このところ一気に残暑が遠のいて、木立はあたたかく色づき始めた。柔らかい日差しが降り注ぐ日中は、季節の盛りを感じるけれど、日の入りと共に下がっていく気温は滑り落ちるようだ。
肌寒さを感じて鼻を啜ると、言葉もなく、身体に腕が回された。肌の出ているところ同士が触れ合うといやに温かくて、私の身体が冷えているのだと気付く。
「風邪ひいた?」
覗き込むようにじっと見つめられる。涼しく研がれた輪郭を暗がりに溶かしながら、その中に浮かぶ深い湖のような目が私を探ろうとしている。
「ひいてないと思います」
リンクは私から視線を外さないまま、唇を左右に薄く引き伸ばした。作り笑いのような表情のちぐはぐさを見て、差し込まれるように、好きだと思う。
わずかな面積で触れ合ったままのところが熱い。思えば、この肌が熱を含んでいなかったことはなかった。脳裏によぎったものと連繋するように、指先が私の上を這い、裾から滑り込んでくる。
「リンク、」
「……なんですか」
「だめですよ」
眉根を下げて困ったように笑うと、途端に幼い印象になる。つむじに鼻先が押し付けられ、腰を引き寄せていた腕が下ろされた。
「……明るすぎるのも困る」
色ガラスを散らしたような電灯の明滅が、地平をまばらに繋いでいる。遥かに高いところから静かに降り注ぐ月光は、それよりもずっと明るい。鉱物的で清潔で、くまなく私たちを照らしていた。
本当に。聞き分けが良いのも困る、と思う。