リョ洋ドライブ 知人の駐車場を借りて車のタイヤ交換をした。
愛車が気持ち重くなったのを感じながらアクセルを踏んで冷えたアスファルトの道を進んでいく。明るくはなってきているものの早朝はまだ薄暗い。ライトは頼りなく目の前の道を照らしていた。
間もなくアパートに着くと、寝ていたはずの宮城さんが黒のダウンを着て肩をすくめながら駐車場に立っていた。そばにあるキャリーケースには昨日一緒に荷造りした2人分の着替えが入っている。
「宮城さん、起きてたの」
すぐに横につけてやると、宮城さんは「さみぃさみぃ」と言ってケースを後部座席に置いてから助手席に座り込んだ。全身から冷気が漂っている。
「寝ててもよかったのに」
「早く行きてーし、つか起きたらいなくてビビった」
「タイヤ変えてくるねって言ってたじゃん」
「連れてけよ」
「いや、連れてっても寒いだけだし」
「…………」
「なに」
「見たかったなー、水戸がタイヤ交換してるの」
真っ赤っ赤な鼻先。そこから下は俺のあげた赤いマフラーで埋まっている。しばらくそれを眺めてから、やっと視線を外して出発のアクセルを踏んだ。
神奈川からすこし外れて地方に行けばこんもり雪が積もっているらしい。某有名な温泉にでも行こうと誘われて、それなら今の時期タイヤ交換が必要だなと俺はすぐに冬用タイヤを知り合いから借りた。ついでに敷地も。こういう時無駄に顔の広い自分に感謝したくなる。
「タイヤ自分で交換できるってすげぇよな」
「慣れたら宮城さんもできるよ」
「俺はお前がいるからいーんだって」
「ふ、なにそれ」
車は静かにエンジン音を立てている。最大にしていた暖房の設定数値をさげればさらに車内は静かになった。
「手つないでいい?」
「え~宮城さん今超冷たいでしょ」
「いーじゃん、あっためろよ」
ハンドルに触れていない左手をするりと取られ、指が絡み合った。思った通り指先は氷のように冷たくて俺はそのまま指先を温めるように握り返してしまう。
「はは、水戸くんやさしー」
「解いてもいいんすよ」
「ごめんって」
宮城さんの嬉しそうな声を聞いていると、まあいいかと思ってしまうのだから恋人という立場はおそろしい。
右手に力がこもる。雪が積もってないとはいえ気温は低く、道が凍っていない可能性がないとも限らない。
じんわりと体温が移ったところで、手を離そうかと「宮城さん」と声をかけた。返事がない。視界の端でうつらと茶色のふわふわとした髪の毛が揺れた。起きてすぐセットした割にきちんとしていて、髪の毛からはツンと尖ったワックスの香りがしている。
「…やべ」
「宮城さんねむい?」
「ん~…ねむくない」
声がまどろんでいる。さっきまで寒いところにいたのに、急にあったかくなったから眠くなったんだろう。夜もあまり眠れていないし、太陽はこれから上がろうかというところだった。
「コンビニまだ先だからさ、寝てていいよ」
「やだ」
「駄々こねんなって」
「えー」
眠くなる前宮城さんはよくぐずる。子供じゃないんだからというと、どうやら俺より先に寝たくないんだと付き合った当初教えてくれた。寝かしつけられるより寝かしつけたいらしい。
赤信号。さてと横を見ると、宮城さんは相変わらず赤い鼻と眠そうな目で俺のことを見ながらぽそりとつぶやいた。
「キスしてくれたら寝る」
「………」
そうきたか。バックミラーに車は映っていない。車通りもない。
ブレーキをグッと踏み、口元を覆っていたマフラーをずらしてキスをした。
「…つめた」
「もっかい、エロいやつ」
「運転中だって」
「ここ赤信号なげーじゃん」
いうと、今度は宮城さんがぐっと体をこちらに寄せてきてキスをした。ぬちゅ、と舌先と舌先が触れ合いいつものエロイことをする前みたいなキスをされる。体が勝手に昨日のことを思い出してあつくなり、力が抜けていきそうになるのをハンドルを握りしめて我慢した。あー、運転中じゃなけりゃな。このまま助手席倒してまたがってやるのに。
「ん、……なんかいつもより気持ちいい?」
眠いと気持ちいいの間にいるのだろう、宮城さんの目元がぽやんとしている。
「車の中だから?」
「わかんねーけど」
「…あとで起こすよ」
「もうちょっと、顔見せて」
最後に唇が触れ合うだけのキスをする。青信号になったのを確認して、宮城さんは名残惜しそうに俺から顔を離した。
「…温泉楽しみだな」
「そーだね」
朝日が昇る。車のライトを切ってから、俺はゆっくりとブレーキから足を離し、またゆっくりとアクセルを踏んだ。