ポカぐだ♀ ハロウィンジェリービーンズにマドレーヌ。
キャンディとビスケット。
ハロウィン当日、その早朝。
わたしはテーブルいっぱいにお菓子を広げ、それらを小分け袋に詰めていた。
ナーサリーやジャック、太歳星君やボイジャーといった、幼い姿をとるサーヴァントたちのためのお菓子セットを作っているのだ。
彼らは毎年やってくるけれど、カルデア初期にくらべて人数も増えた。急いでじゅうぶんな数を準備しなければならなかった。
なんとか20はできたらかな?というくらい。
ようやく半分ができたくらいのタイミングで部屋の外が騒がしくなった。
バタバタと落ち着かない足音が外から聞こえてくる。その音はだんだんと大きくなって、わたしの部屋の前で止まった。
どうやらせっかちな子がもう来たようだ。
幸い足音はひとりぶん。
数が足りずケンカになることもない。
わたしは椅子から立ち上がり、やってきた子を迎え入れるために扉を開けた。
扉の前。
そこに立っていたのは恐竜王の姿をしたテスカトリポカだった。
「え?恐竜王くん?」
なぜ?彼とはミクトランで出会ったきりで、召喚に応じてもらっていない。
パチパチと目を瞬かせるわたしを見上げ、彼は目を細め舌打ちをした。なぜか機嫌が悪い。
「……パスは繋がってるだろ?」
そう言われて令呪へと目を走らせた。からだの奥、わたしの細い魔力の道を辿っていくと、たしかに目の前の彼とパスが繋がっているのを感じる。
いつもの姿ではないけれど、わたしが召喚したわたしのテスカトリポカで間違いないようだ。
さて。なぜ彼はこの姿でわたしの前に現れたのだろう?
霊基の異常?にしては落ち着いている。もしかして。
「あっ。あなたもお菓子欲しいの?」
「ちげぇよ!」
甘いのはきらいじゃないらしいし、ハロウィンなんだもの。一理あるかななんて思ったけれど、言い終わるか否かのはやさで否定されてしまった。
首を傾げるわたしを前に彼はますます眉間の皺を深くした。
「だー、もう!」
テスカトリポカはそう叫んだかと思うとわたしの手首をがしりと掴んだ。
何?と思うよりはやく、乱暴に引っ張られる。
空色の瞳がわたしの眼前に迫った。
ギラリと瞳が光る。
青の奥に炎が燃えているような、不機嫌さに怒りをも滲ませた瞳だ。
息がかかる距離で彼は言った。
「おまえさんは、こっちだろ?」
「こっち、って……ちょっ!」
唐突な言葉の意味がわからず頭を捻るわたしのことなんて気にせず、テスカトリポカが強い力でわたしの腕を引っ張った。
そのまま駆けてしまうものだから、思わず転びそうになる。
タタラを踏んでなんとか体勢を立て直すが、彼は止まってはくれない。
そのまま彼に引かれるまま、カルデアの廊下を駆けて行った。
「えぇっ?なん……」
「まずは鳥の精の部屋へ行くぞ!思いっきり暴れて、目当てのものを強奪する!」
わたしの問いかけを遮って、テスカトリポカが前を向いたまま叫んだ。
さっきまでの不機嫌なんてどこかへ行ってしまったような、弾んだ声だ。
鳥の精……とは、ミス・クレーンのことだろう。
彼女のアトリエは美しい布地や色とりどりのボタンたちでいっぱいだ。暴れるなんてしたら、それらが散乱して大変なことになってしまうのではないだろうか?
眉間に力が入ったのを見越してか、伝わったのか。テスカトリポカが顔だけをこちらに向けてきた。
目が悪戯っぽく細められている。やっぱり機嫌がよさそうだ。
「今日はおまえさんが一番大暴れするんだよ。
オレが付き合ってやる。めいっぱい暴れて、たんまりお宝を掠め取ってこい」
掠め取るって……乱暴な物言いに思わず口元が歪む。
テスカトリポカはそれもわかっていたみたいで、口を大きく開けて笑い出した。
「なんだ?まだわかんねぇの?
……まぁいい。目的地に着いたことだしな」
気がつくと既にミス・クレーンのアトリエの前だった。
わたしたちは二人並んで扉横の壁に張り付いた。
テスカトリポカは首を伸ばし、薄く開いた扉から部屋の中を伺った。それから小さく首肯をし、声を潜めてわたしに言った。
「最初が肝心だからな。ここはオレがやる。
…….ま、これもこの姿をとってる理由のひとつなんだがな」
ポカンと呆けてしまうわたしを見上げ、彼は目を細めて笑った。
「次からはおまえさんがリーダーだ。うまくやるためにようく見ておけよ?」
なんだかわからないけれど、ちゃんと見ないで次とやらで下手をするとエライ目に遭いそうだ。
彼を見つめたままコクコクと小さく頷いた。真剣に、彼の仕事を見届けることにした。
テスカトリポカはわたしの様子に満足したのか、口元を吊り上げてにんまりと笑った。
小さなからだが沈み込んだ。膝を落とし屈み込み、すぐに飛び出せる体勢をとる。
「ようし、行くぜ!」
威勢のいい声と共に彼は勢いよく扉を開け放った。
部屋の中へと駆け込んでゆく。彼の背中を追ってわたしも部屋の中へと駆けた。
部屋の中には、たくさんの布地に美しい曲線を描くトルソー。
そして蕩けそうな笑顔を浮かべるミス・クレーンと、にやにやしているハベトロット。
……え?どういうこと?
恐怖に震えるどころか待ってましたと言わんばかりのふたりに呆然とする。
呆気にとられるわたしの耳にテスカトリポカの腹から出したような叫び声が響いた。
「トリック・オア・トリート!!
ただし、仮装の衣装でも許してやる!!」