ポカぐだ♀ / FGOフェス2025 / 英霊召喚フォトスタジオカーテンで仕切られた小部屋でテスカトリポカとふたりきり。録音されたマシュのアナウンスに従って正面のタッチパネルを叩く。画面に夢中のわたしの横でテスカトリポカは呆れ口調で言った。
「写真撮影って、この前もしたよな? 他のヤツと撮ればいいじゃねぇか」
とは言うけれど、『一緒に写真撮ってもらってもいい?』というわたしのお願いを突っぱねるでもなく、こうしてフォトスタジオまでついて来てくれている。そして撮影の準備をこうして隣に立って待っていてくれているのである。とても律儀だ。
「この前の写真、すごい引き攣った顔して映っちゃったんだもん。リベンジさせてよ、リベンジ」
肩越しに見上げた彼の顔にははっきりと興味がないと書いてある。「まぁいい。好きにしろよ」と、答えもすげない。
たぶん、そんなに気にすることか? とか思ってるんだろうなぁ。
えぇもう。めちゃくちゃ気にしてますとも。
絶対にもう一回撮りたかったの!!
前回写真を撮ったときはまだ片想いで気持ちも隠していた時で。面倒くさいとか不敬だとか、怒られちゃうかなぁとは思ったのだけれど、一緒に映った写真がほしくて決死の覚悟でお願いしたんだ。
答えはなんと、『いいぜ』という快諾で。
狭い部屋の中を興味深そうにきょろきょろと見渡していたかと思ったら、今度はタッチパネルを叩くわたしの手元を覗き込んできて『へぇ』と弾んだ声をあげて。
ずいと顔を寄せ揺れた金の髪がわたしの肩にかかるものだから、思わず手元が狂いそうになっちゃったのはしかたないと思う。心臓が口から出てきそうなほどにどきどきしたけど、気持ちがバレちゃいけないと思ってなんとか平静を装って写真を撮った。つもりだったんだけど……。
そんな状態だったから、にっこり微笑んだつもりだったのに仕上がった写真のわたしは口元をかなり引き攣らせていて。好きなひととのツーショットはうれしいのだけれど、隣の美しい微笑と並ぶ自分が不格好過ぎて見ているとつらくなるのだ。
恋する女の子にはとても深刻で、かなしいことなのです。
さっきはリベンジってテスカトリポカには言ったけれど、理由はもうひとつある。
実はこの前、テスカトリポカに『好きです』と伝えたのだ!
ただ気持ちを知っておいてもらえたらうれしいな、好きでいさせてくれたらありがたいな。と思っての告白だったんだけど、なんでそうなったのかイマイチよくわからないけれど、なんとなんと、彼はわたしのコイビトになってくれたのです!!
こうなったらさ、撮りたいじゃない? 恋人とのツーショット!!!
あとから見返してにまにましちゃうような写真撮りたいじゃない!?
ガッチガチに緊張してる片想いの時の写真と、らぶらぶ恋人同士の写真を並べたらすっごいエモいと思うのよ!!
しかしこれには問題があった。
きっと彼のことだから、肩に手を置いて密着した感じでってお願いしたらその通りにポーズをつけてくれると思う。
……告白してからやたらと距離が近いし、スキンシップ多いし。なんかすぐほっぺたや額にキ……キスしてくるし。
でもそういう、それらしいコトには未だに慣れなくて。すぐ硬直して顔を真っ赤にして『ぎゃっ』と奇声を発してしまうから、肩組むだけでも絶対にまたガッチガチになって引き攣った顔が残ってしまいかねないのだ。というか絶対そうなる。
『いや慣れろよ』って呆れられちゃうんだけどさー? でもでも、あんなカッコいいひとが……大好きなひとが近くにいて、どきどきしないワケにはいかないじゃない?
それでもらぶらぶツーショがほしいへっぽこ恋愛初心者のわたしが思いついた作戦はこうだ。
枠におさまらないからと言って距離詰めてもらって少し屈んでもらって、シャッターが押されるタイミングで急いで隣を向いて、不意を突いて彼の頬にちゅっとくちづけするのだ。
されるとなると緊張しちゃうなら、自分からすればいいのよ! って、閃いたってワケ!
らぶらぶキス写真は手に入るし、もしかしたら普段見られないような、無防備な顔が残るかもしれないし?
ふっふっふ……と心の中でニタリと笑う。
わたしから積極的にキスするとかまだしたことないから、彼は絶対に予想しないハズだ。
ダ・ヴィンチちゃんから『今年のお祭りでもフォトスタジオやるよー☆』と聞いてから今日のために密かに計画を練っていたのだ。人類最後のマスターとして、この世紀のミッションはなんとしても完遂しなければならない。
わたしはギッと眉に力を込めた。
撮影スタートの文字をポンと叩く。
正面のモニターがわたしたちを映し出した。実際はグリーンバックだけれど、モニターに映るわたしたちの背後にはファンシーなバルーンが浮かび紙吹雪が舞っている。
その中に佇むのは、ドレスは着ているけれどどこにでもいそうな普通の女の子と、ライダースにファー付きロングコートを肩にかけた見た目怖めの超絶イケメンさん。
うーん、なんだかどこもかしこもちぐはぐだ。
『撮影まであと10秒です』
マシュの音声に慌てて我に返った。いっけない。怖じ気づいている場合じゃないのだ。
「あ、もうちょっと寄って寄って? フレームにおさまらないから。……そうそうそんな感じ」
わたしからもちょっと彼にからだを寄せて、彼もわたしの腕がトンと彼の胸につくくらい寄ってくれた。腰に手を当てて少し屈んでくれている。わたしの視界の右側にさらさらの金の髪がぼやけて見える。モニターに映るふたりの顔はほぼ並んでいる。すこしテスカトリポカの方が上にあるくらい。
ひえ、近い……。
モニターのわたしの顔がひくりと引き攣った。
『準備はいいですか? 3、』
マシュのカウントダウンが始まった。
やばっ! どうしよう!
『2』
カウントは待ってくれない。
どうしよう……じゃないって! めちゃくちゃ強い敵とだって戦ってきたじゃない! 覚悟決めろ!
そう自分に言い聞かせる。ふんすと気合いをいれた。
『1』
キスするぞっ! と決意を固めテスカトリポカを振り仰ごうとする瞬間。モニターに映るテスカトリポカの目が細まった。口元に、ニヤリと笑みが浮かぶ。
あれ? 笑った。とは思ったけれど、振り仰げ! と脳から命じられたからだは止まらない。
テスカトリポカへと顔を振りあげた。と、同時に。なんと彼もわたしの方へと顔を向けてきた。
え。
ふに。
はぇ?
呆然としているところに無機質なシャッター音が響いた。
くちびるには今もやわらかい感触が。
目の前にはサングラス越しにまんまるに見開いた三白眼が見える。
え、なに? あの、これって、あの、その……。
頭が働かずずっと目の前の瞳を見つめることしかできない。
微動だにせず(できないんだけど)ただ見つめるだけのわたしを見下ろし、まんまるだった目がスッと細く笑みを描いた。
なんだろう? と考える間もなく頭をがしっと掴まれる。と、同時に目の前の瞳が目蓋に隠れ、急にくちびるにかかる圧が強くなった。
べろりと肉厚な舌で舐められる。ビクリとからだが跳ねた。
「っ!?」
身を引こうとするもそんなことわかっていたみたいで、強引に腰を引っ張られた。テスカトリポカのからだに押しつけられるかたちになる。
頭も上半身も拘束され、身動きがとれない。
……あ。睫毛長いなぁ……。
って、そうじゃない!!
慌てふためくわたしのことなどお構いなしにリップ音を響かせ角度を変えて、くちづけが何度も降ってきた。ふにふにとくちびるでくちびるを食み、分厚い舌を捻じ込んでこようとする。
くちびる同士を合わせるキスだってまだそんなしたことないのに突然なんなのよーっ!?
叫びたいけれど、叫んだら最後、きっと大変なことになる。それは本能的に察知して、わたしはくちびるに力を入れてなんとか舌の侵入を阻んだ。
「ん! ンン!? ンむーーーーーーっ!!」
口を引き結んだまま唸るけれど、彼はまったく気にするそぶりを見せない。
からだを引き剥がそうと自由になる手で肩を押すけれど、びくともしない。
宥めるように腰をするりと撫でられた。腰から背中にかけて、ぞわりと肌が粟立つ。反射的に口からか細い声が漏れた。
「ふぁ……」
テスカトリポカの猛攻はその一瞬を見逃さなかった。うっすら開いた隙間に分厚い舌をねじ込み、くちびるをこじ開けられる。次いで頭を押さえつけていた手がいつの間にかわたしの顎を掴んでいて、おとがいを押して強引に口を開かされた。自由に動けるようになった舌がわたしの口腔内を駆ける。隠れるように縮こまっていたわたしの舌はすぐに探り当てられ、敏感な舌先をすりすりと撫でられた。
腰にゾクゾクと痺れが走る。
「んんっ、あ……」
なに、これ……? キス、気持ちいい……。
膝からがくりと力が抜けた。すぐさま腰を強く引き寄せられ、倒れ込むことは回避された。
からだをくたりとテスカトリポカに預け、それからはもう、されるがままだ。引き剥がそうと躍起になっていたわたしの手は今や縋るように彼の胸元を掴んでいる。
口の中が自分のものじゃない舌でいっぱいになって、舌を突かれ撫でられ、歯茎も口蓋にぬるりと舐められる。そのたびに腰や肩がビクビクと勝手に跳ねるた。
頭は高熱を出したときみたいにぼーっとして、今どこにいるとか何してたとか、何も考えられなくなって。気持ちいいってこと以外もうよくわからない。
わたしはテスカトリポカに好き勝手翻弄されて、くちづけの合間にくぐもった声をあげるしか出来なかった。
『お疲れ様でした。出来上がった写真はモニター下の取り出し口に……』
「んっ、ふ……ふあ……」
録音されたマシュのかわいらしい声が繰り返される中、くちゅくちゅと唾液がたてる粘着質な音と、わたしの弱々しい声が小部屋に響いていた。
「なんっ、は……なんれ……ッ!」
ぜぇはぁと息も絶え絶え床にへたり込んだわたしを見下ろし、わたしをこうした犯人は機嫌良さそうに笑った。
「頬にくちづけのひとつでもしてやろうかと思ったんだが、まさか色事にサッパリ慣れないおまえさんが同じことを考えていたとはね。
おまえさんのクソ度胸が運命を切り開いたってワケだ」
「せっかく後で見返してにまにましようと思ってたのに……!」
視線を手元に移す。そこあるのはバルーンと紙吹雪が舞う中、くちびるの端と端とが微かに触れるだけのキスをしているふたりを映す写真だ。
ふたりの靡く髪がお互いに振り向きざまであることを物語っている。ふたりの目は大きく見開かれていて、主人公と片想いのカレが事故ちゅーしてる少女マンガのワンシーンみたいだ。
計画通りとはいかなかったけれど、これはこれで最高ならぶらぶツーショットなのに!
後で見返して、触れたくちびるのやわらかさとか、視界いっぱいの彼の顔とか、まんまるのきれいな瞳を思い出して、きゃああっていいながらベッドの上で転がるつもりだったのに!
頭の中に浮かぶのはびっしり生えた長い睫毛とか、我が物顔で口の中を占拠する分厚い舌とか、わたしを押さえつける大きな手とか、そんなのばっかりで。
なんかもう、こう、エ……
「この直後に濃厚なヤツをしたんだって、見るたびにムラムラするだろ?」
「わあーーっ!!」
突然耳元で低い声がして、びっくりして飛び上がらんばかりに肩が跳ねた。
いつの間にかテスカトリポカがわたしの隣にしゃがみこんでいて、わたしの反応を見て「お、図星か」なんて言ってニヤニヤしている。
もうなんなんだ。この神様、やたらとご機嫌麗しいぞ?
じとりとテスカトリポカを睨みつける。視線に気づたテスカトリポカはにんまりと目を細め、自分のくちびるを見せつけるようにべろりと舐めた。
顔にぼふんと熱が集まる。
ひわっ……卑猥……ッ!
「おっ。やっぱするのか」
今度はぱっちりと目を瞬かせ、じっとわたしの顔を覗き込んでくる。
しないって言ったら、その、ウソになっちゃうし? ウソ言うのはイヤだし。
でもそうですって言うのは恥ずかしすぎてイヤだし。っていうか言ったら身の危険を感じるし!
あーっ、もう!
「も、もう知らないーーっ!!」
やけくそになって叫ぶ。
テスカトリポカはわたしの思考なんてすっかりお見通しみたいで、ご機嫌よろしくケラケラと笑うのだった。
uploaded on 2025/08/12