夏の甘味はドブの色「ベール! 次はあれ食おう!」
「ああ。」
魔界の夏祭り。色違いの甚平(レヴィが作ってくれた)に着替えたオレ達はガッツリ屋台を楽しんでいた。怨リンゴ飴や積乱雲キャンディ、ヘルマウンテン焼きそばみたいな定番からブフォタマミルクティー、コカトリスケバブとかのB級グルメまでズラーッと並んでいる様は人間界の祭りと同じくらいワクワクする光景だ。
目に付いた屋台を片っ端から楽しんでいたオレは次の屋台に向かって人混みの間を通り抜けていく。人が多いだけで目的地まで距離は無かったのかすぐに目指していた屋台たどり着けた。ぬるい風に揺れるのぼりには「レインボー氷山スイーツ」と筆で書いたみたいな文字が載っている。
その名の通り氷山みたいな高さのかき氷みたいだ。高さに合わせて七色のシロップがかけられていてブフォタマやフルーツとかのトッピングもできるらしい。
「レインボー氷山スイーツ、俺とMCの分で2つ。トッピングは零れる限界まで盛ってくれ」
「…限界まで盛ってやるから、ここの在庫食い潰すのはやめてくれよ。」
「おかわりができないのは残念だけど、仕方ないな。わかった。その代わり沢山盛ってくれ」
気づけばオレに続いて屋台に辿り着いたベールが当然のように二人分の注文を済ませていた。あわてて首から下げていたデビ猫のがま口サイフを掲げる。
「ベール! オレちゃんと自分で払えるって!!」
「いいんだ、さっきMCはデビルソースたこ焼き買ってくれただろ。俺も美味しいものをMCに買ってやりたかったんだ。だから、遠慮しなくていい」
口元を緩めて笑みを返すベールにそこまで言われたら甘えないのは逆に失礼ってもんだろう。
「へへっ、サンキュ! ごちそうになるぜ!」
「ああ。」
道中買っていた屋台飯をつまみ食いしながら、オレ達はかき氷の完成を待つのであった。
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「おお…! すっげー!」
限界も限界まで盛られたレインボー氷山スイーツは屋台の屋根に届くギリギリの高さになりシロップもたっぷり何重にも重ねがけしてトッピングは根元を埋めるほどに盛られている。こぼれそうでこぼれないバランスはもはや芸術かもしれない。
「MCの『もう一声!』のおかげだな。」
「へへっ、屋台のおっちゃん最後にはノリノリになってくれてたな! 在庫は『ギリ』枯らしてないからウィンウィンだろ!」
やけくそ涙目になってた気もするけどまあ多分大丈夫だ!
ただ、バランスを崩さないようにするために両手がふさがってしまったので一旦食うのに集中しようと、祭りのために点在している簡易テーブルまでやってきた。立ち食い用なのかイスはなくてほぼ板みたいなテーブルなのがまた祭りっぽくてテンションが上がる。二人で並んでテーブルに置いたレインボー氷山スイーツからひんやりした空気が顔に流れてきて気持ちいい。
「じゃあ…」
「「いただきます!」」
声をそろえて言った直後、二人で大口を開けて氷山にかぶりつく。口いっぱいにほおばったシロップたっぷりの氷はあまずっぱくて冷たい。重ねがけしてもらった成果が出ている。シャリシャリ音を立てて噛んでは飲み下すとお決まりの「キーンッ」とした感覚が頭に響く。
「くぅーーーっ!」
「っ…やっぱり、この感覚は慣れないな。」
「醍醐味だから慣れなくていーんだよ」
「それもそうか。今のは完熟ヘビイチゴ味だったな、すごく甘くて美味い。」
「はぐっ…んんんっ!! 青いシロップは常闇オーシャン味だ! ほんのり塩味が効いてて最高! 赤青シロップだけでも無限にイケちゃう奴だぜこれ」
「トッピングも一緒に頬張ると噛みごたえ食いごたえが増えて好きだ。」
二人でトッピングとの食い合わせやシロップの味を教え合いながらスイーツを食べ進めていく。途中で溶けないか心配だったけど食うスピードの方が速かったのか、キンキンのまま味わうことが出来た。気づけばスイーツの容器に残ったのは混ざって凄まじい色になったシロップが少しだけ。
「すげー色だな。…これ、オレ達の舌も同じ色になってんのか?」
「かもしれないな。」
「えっ、ちょっと見せ合おうぜ!」
「そんなに気になるか?」
首を傾げながらもお互いの舌をべ、と出し合う。大きく垂らされたベールの舌はものの見事に濁った沼みたいな色になっていて、同じものを食ったオレも多分同じ色になってるんだろう。
「すっげぇ色だな!」
そう伝えようと少しだけ上げた顎を掴まれた。なんだ? と聞く間もなく目の前に祭りの灯りに照らされた夕闇色が広がっていく。瞳は真っ直ぐオレを見つめ返したまま、大きく開いていた口が閉じていくのがゆっくりに見えた。
「んでぇっ!」
同時に舌にギリっ、とした痛みが走って思わず声を上げる。噛み付かれた、とわかるのはベールがハッとした表情で離れた後だった。
「あ…ごめん。MC、美味しそうに見えてつい噛み付いてしまった」
「ドブ色なのにか?」
「どんな色だって関係ない。MCだから美味そうだって思うんだ」
最大級の褒め言葉のように感じて悪くなく感じてしまうから、それはずるいと思う。
「…ベール、舌出せ。」
「? ほおは?」
ちょいちょい、と離れた分一歩踏み出して手招きをすると少しだけ身を屈めたベールが不思議そうな表情でドブ色の大きな舌を晒してくれる。両頬をしっかりと掴んでさっきオレがされたみたいにベールの瞳を真っ直ぐ見つめながら…舌に思い切り噛み付いてやった。
「ぐっ…」
びくり、とベールの身体が一瞬だけ震えて漏れた声にニヤリと笑って口を離してやった。
「へっへーん! これでおあいこ、な!」
口元を抑えていたベールは驚いて丸くしていた目が落ち着くと今度はあちらから一歩踏み出してくる。
「なあ、MC。…キスしていいか。」
鼻がくっつきそうな近さまで来て聞くのかよ。先程のさらなる仕返しを食らった気分になって、少しだけ悔しくなる。だからちょっとだけイジワルをかえしてやろう。
「…噛まないならいいぜ。」
「ああ、気をつける。」
ちゅ、と音を立ててキスをする。もうなんのフレーバーか分からないけど甘いシロップの味にほんのり汗と鉄の匂いが香る。
あつくてあまくてつめたい。頭がクラクラする。
ゆっくり離れて、同時に喉がなる。だって、まだ全然足りないんだ。
「…あっちぃ、もう一口」