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    kurokawappp

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    kurokawappp

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    少し未来の三人のお話
    THE虎牙道は家族だと思っている人間が書いています

    家路「ここは俺の家だ。家主の決めたルールには従ってもらう」
    「チッ……ああそーかよ!」
     きっかけすら思い出せないような、いつもの言い争いだったと思う。家へと我が物顔で上がり込んだ漣の態度を、タケルがたしなめて、漣が応戦して。結局うやむやになって夜が明ける、全くいつも通りのやりとり。けれど今日は、余程機嫌が悪かったらしい。言い争うことすら不快で仕方がないといった様子で乱暴に靴を引っ掛けると、漣は大きな音を立てて玄関の扉を閉め出ていった。建て付けの悪くなった安アパートのドアが、悲痛な音を立てて揺れる。タケルは苛立ちを長い息に乗せて吐き出すと、どっと疲れを覚えて敷きっぱなしの布団に倒れ込んだ。
     いつものこと、そう、いつものことだ。どうせまた数日も経てば何事もなかったように家の敷居を跨ぐのだろうし、むしろ出ていって清々した、はずだ。
     ごろりと寝返りを打つ。一人きりの部屋は心地よい静けさで、けれど初冬の空気が、少しだけ肌寒い。

     二週間が経った。あれ以来、漣は一度も家にやって来ていない。偶然にも単独の仕事ばかり続いていたため事務所やレッスンで会うこともなく、実に平和なものだった。大方、道流のところにでも転がり込んでいるのだろう。彼は漣の横柄な態度にもにこにこ笑って、何も言わずに家へ招き入れるから。けれど事務所でたまたま行き合った道流によると、彼の家にも来ていないという。漣がタケルの家を飛び出したあの日から、一度も。二人して首を傾げたところで、連絡用の端末すら持たない漣の行方など分かるはずもない。プロデューサーによれば単独の仕事はしっかりこなしていて、心配する必要もないらしい。そう言い切られてしまっては、食い下がるのもはばかられた。そもそも漣だって一応は立派な成人であり、自分の面倒くらいはみれる、はずだ。心配してやる義理などない。そもそも、心配などしてはいない。そんな思考を幾度か巡らせているうちに更に一週間ほどが経ち、久々に、三人で合わせ稽古をする日がやってきた。
     ほぼ一ヶ月振りの漣は相変わらずの横柄な態度で、何かとタケルに突っかかってくる。それを軽くあしらい、道流が止めに入り……あまりにも見知った流れだった。もしかしたら言い争ったこと自体、忘れているのかもしれない。拍子抜けするほどの日常を感じ、そこで初めて、自分の肩に幾分か力が入っていたのを自覚した。ひっそり息を吐き、気持ちを切り替える。何を気負う必要などないはずだ。そうして己のパフォーマンスを磨くことにのみ集中していれば、時間はあっという間に過ぎていった。
     レッスンスタジオから出ると、日はすっかり暮れていた。体には心地よい疲労感が積もっている。やはりTHE虎牙道揃っての稽古はいい。無理して相手に合わせる必要もなく、言葉を交わさずともやりたいことが伝わってくる感覚もまた、一ヶ月ぶりのものであった。THE虎牙道というユニットで活動してはいるものの、三人とも他分野で注目され、別々の仕事を請け負う機会が増えてきている。ありがたいことだとは思いつつも、やはりどこか、ぎこちなさのようなわずかな不自由さは心の片隅にわだかまっていたらしい。道流もまた、三人で集まる機会が減ったことに寂しさを感じている様子だった。本人がそう言ったわけではないが、三人で顔を合わせた時の嬉しそうな笑顔を見れば明白だ。タケルもまた、この帰路が少しでも長く続いてほしいと思うほどには、三人でいる安心感のようなものは感じている。もちろん、彼らに直接言ったことはない。
    「タケルも漣もお疲れ様、この後はラーメン食ってくか?」
    「帰る」
     普段なら当然のように男道ラーメンへ向かうはずの漣は、しかし短くそう言うと、雑踏へと歩を進める。そうして立ち止まったままの二人を振り返り、顔を顰めてみせた。
    「おい、さっさと来やがれ」
    「オマエな……!」
     漣のあまりにふてぶてしい態度に、タケルは反射的に声を荒げた。人の家に泊まろうというのだから、もっと何かあってもいいだろう。そもそも一ヶ月前に喧嘩別れしたままでよくそんな態度が取れるな、と、漣への苛立ちがふつふつと湧き上がる。前のめりになったタケルの肩を、道流が慣れた様子で抑えた。
    「まあまあ、自分の家なら大歓迎だぞ。タケルも明日は休みだったよな、よければ」
     けれど道流の助け舟を小さな舌打ちで遮り、漣はそのまま駅の方向へと向かっていった。取り残された二人は顔を見合わせ、わずかに首を傾げる。これではどちらの家に泊まるつもりなのかも分からない。普段なら「さっさとしやがれチビ」だの「オレ様のラーメンは大盛りにしろ」だの、彼なりに意思表示をしてくるはずなのだが。詳しく聞き出そうにも、への字に曲がった漣の口から物事を説明させるのは、たいていの場合、非常に骨の折れる作業だ。漣はもう一度振り返り、ついてこいと言わんばかりに二人を睨む。これは問い詰めるより、素直について行った方が手っ取り早いだろう。とても癪ではあるが。顔を見合わせたまま小さく頷き、二人は漣の背中を追った。
     その後も漣は、二人の予想をことごとく裏切りながらずんずんと進んでいった。駅に入るのかと思いきや素通りし、事務所が近いからそちらに向かうのかと思いきや、どうも方角が違う。かといって、タケルや道流の家にも向かう気配はなかった。そのまま駅の賑わっている側と反対、住宅の立ち並ぶエリアへと進んでいく彼に迷っている様子はなく、何か確信を持って足を動かしているらしい。いい加減に痺れを切らして、タケルが声をかけようとした時。漣はようやく、ぴたりと足を止めた。建てられてさほど時間の経っていなさそうな、白を基調とした小綺麗なマンション。どう考えても牙崎漣という男に似つかわしくないそこに、しかし彼は我が物顔で足を踏み入れた。道流とタケルはギョッとして、思わず建物の前に立ち尽くす。事務所と自分たちの家以外にも泊まるあてがあったのかという驚きと、まさか他人を脅して居座っているのではないかという不安。示し合わせずとも二人の内に膨れ上がった感情は共通していた。被害者がいるのならユニットメンバーである自分たちが止めなければと、ある種の使命感を帯びて漣の背中へ近付く。しかし当の本人は素知らぬ顔で、エントランス内に設置されたパネルへ数桁の番号を入力しているのだった。あの漣が、人の家のセキュリティ番号を覚え、使いこなすことがあるのだろうか。呆気に取られる二人を前に、やはり難なくポストを開錠し小さな鍵を取り出すと、エレベーターへと乗り込む。早く乗れと言わんばかりにこちらを睨む漣に、二人は気圧されたまま着いて行くしかなかった。
     エレベーターはぐんぐんと上昇し、やがて中ほどの階でぴたりと動きを止める。何かを訊ねる間もないまま、漣はまっすぐな通路を進み立ち並ぶドアの一つへ鍵を差し込んだ。そうしてガチャリと開いた扉の中で、ようやく口を開き、堂々と言い放つ。
    「見ろ! オレ様の家だ」
     何も置かれていない玄関と、リビングへ続いているのであろう真っ白な廊下。それらを背にした漣は今日初めての、勝ち誇ったような笑みを見せた。
    「オマエの」
    「家」
     理解の追いつかないタケルと道流は、馬鹿正直に彼の言葉を繰り返すことしかできない。呆然としつつもひとまず扉をくぐった二人に、漣はふふんと得意気に鼻を鳴らして言葉を続けた。
    「チビの家よりラーメン屋の家よりデケェしキレーだろ、この家ではオレ様のルールに従ってもらうぜ! なんせ、オレ様の家だからな!」
    「……オマエ、まだ根に持ってたのか」
     そこでやっと合点がいった。つまりタケルが「俺の家では俺のルールに従ってもらう」と言った一ヶ月前から、ずっとどうやって鼻を明かしてやろうか考えていたらしい。そうして出した答えが、自分の家を手に入れて、自分のルールに従わせるという手段だったわけだ。細かい事情は知らないが、漣はずっと居を構えることを避けているのだと思っていた。だからこそ時折家に押しかけられても、文句は言うが追い出しはしなかったというのに。まさかあんな些細な喧嘩で、こうもあっさりと住処を手に入れるとは。タケルは呆れてものも言えないとばかりに、大仰にため息を吐いた。
    「どうやって借りたんだこんなところ……家賃だって、結構するんじゃないのか」
     彼に続いて入ったリビングは広く、最低限ではあるが真新しい家具まで揃っている。システムキッチンのシンクは染み一つなく、リビングの先には別室まで備え付けられているようだった。タケルの住む築数十年の安アパートよりずっと高い賃料であることは、想像に難くない。けれど漣はソファにどかりと腰を下ろすと、事もなげに返した。
    「借りてねー、買った」
    「え!?」
     道流と二人、思わず声を重ねる。漣はガシガシと頭を掻き、面倒そうに言った。
    「だから! 下僕にオレ様の金で買える家を探させたんだよ、オレ様がヤチンなんかちまちま払うワケねーだろバァーカ!」
     そういえば漣の収入は全てプロデューサーが管理していたのだった。タケルのように家賃や光熱費を支払う必要も、道流のようにビルを買い取る貯金の必要もない漣の貯蓄は、そこそこの額になっていたのだろう。プロデューサーが一枚噛んでいたのであれば、事務所にほど近いこの立地にも納得がいく。ただ、人への嫌がらせのためにポンと家を購入する向こう見ずなバカの行動には、もう少し慎重になってほしかった。
    「にしても、どうすんだ洗濯とか、掃除とか」
     そもそも、自宅で家事をこなす漣、という光景が全く想像できない。現に、タケルの家でも道流の家でも、電子レンジで弁当を温める以上の高度な家事など、する素振りすら見せなかった。
    「知らねェよ、下僕が勝手にやんだろ」
    「プロデューサーにそこまで頼るわけにはいかないだろ。オマエ、一生家事すらできないで生きていくつもりか?」
    「あぁ!? じゃあテメェがやりやがれ!」
     一触即発といった様子で額を突き合わせる二人の間に、お決まりのように道流が割って入る。
    「まあまあ二人とも! とはいえ、多忙な師匠に家事をしに来てもらうのが難しいのは間違いないし、そこは自分がなんとかしよう」
     その声はどことなく、いつもより弾んでいるように感じられた。いくら自分たちに頼られると嬉しいと公言しているとはいえ、さすがに道流の負担が大きすぎるのではないだろうか。
    「円城寺さん、あまりコイツを甘やかさないでくれ。余計につけ上がるのが目に見えてる」
    「いや、実はそこの調理器具がずっと使ってみたかったやつでな。家でも本格的な調理ができるんだって、前に師匠にも話して……」
     苦言を呈したタケルにワクワクした表情で返す道流だったが、やがてハッとして、片手で顔を覆って小さくうめき始めた。
    「そういえば先月、師匠に台所や厨房にこだわりはあるかと聞かれたな……そうか、あれは、そういうことか……」
    「そーいや、オマエラのチンタイのコーシンが近いって下僕が言ってたぞ」
     参ったとばかりに項垂れる道流に、漣の自覚のない追い討ちが刺さる。その流れ弾を喰らって、タケルもぎくりと身をこわばらせた。以前から「アイドルなのだからもっとセキュリティのしっかりしたところに住んでほしい」とは言われていたが、まさかここまで本気だったとは……。引越しをお膳立てされていることに気付かないままこの部屋に足を踏み入れたのは、どうにも負けたような気がして、少し悔しかった。
    「くはは! 分かったらオレ様のメシを作りやがれ!」
    「うう、どうして黙ってたんスか師匠……こんないい鍋まで、冷蔵庫に食材まで用意して……」
     けれど得意げな漣と、動揺しつつも嬉しそうな道流を眺めるうち、心の奥底にはどこか、温かな気持ちが溢れてきていた。プロデューサーの思惑通りなのはいささか引っかかるが、この二人の待つ家に帰るのも、そう悪くはない気がしてくる。
     ひとまずは、この家までの道筋を覚えるところから始めてみようか。
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    kurokawappp

    DONE互いの思いがすれ違って、ギスギスしてしまう信玄さんと龍くんのお話です。書きたいところだけ書き殴ったのでとても投げっぱなし。
    信玄さんがナーバス気味で頑固なのでご注意ください
    いつか笑って話せるようになる話「えっ、俺をアクション映画の主演にって!?」
    「はい! こちらが資料になります」
     机を挟んでプロデューサーから差し出された紙束を、龍はまじまじと見つめる。誠司と英雄も両側から、印字された文字を覗き込んだ。
    「お、この監督知ってるぜ。ちょっと前にアクション映画でヒットしてたよな」
    「そうなんです! こちらの監督は本格アクション映画にこだわっていまして、今回もスタント無しの映画制作にあたって、木村さんの身体能力や前職に目をつけてくださったんですよ」
    「へぇ、爆発テロが起きた火災現場から要救護者と脱出するストーリーなんだ。ロープ登攀のシーンもあるみたいだし、確かに俺にぴったりかも!」
     プロデューサーはいつになく気合いが入っていて、この仕事に相当の手応えを感じているらしい。それもそのはずだ。有名監督の作品の主演、しかも火災現場が舞台とあれば、一日署長になるという龍の夢に近付くことは間違いないだろう。けれど喜ぶ三人とは対照的に紙面を見つめる誠司の顔だけは、じわりじわりと翳りを見せていく。誠司のギュッと握られた拳に英雄が気が付いたのと彼が口を開いたのは、ほとんど同時だった。
    1991

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