【URC02】umtr♀スタンプラリー企画参加作品テーマ「○○しないと出られない部屋」
相手の好きなところを伝え合わないと出られない部屋
トレセン学園にはサトノグループ提供による「VRウマレーター」が設置されている。もちろんその目的はレース界への貢献――つまりトレーニングへの活用のためであったが、時折サトノグループ側からの依頼で新システムのモニター協力が呼びかけられることがあった。
トレーニングに関することはもちろん、まれに新作ゲームなどアミューズメント関連のものもあり、トレーニングや学業の合間の余暇として生徒からの評判も上々であった。
そんな中舞い込んだ、開発中のVR版脱出ゲームのモニター依頼。新しい物好きやゲーム好きの生徒の間ではすぐさま話題になって、その噂話は普段であればさして興味を抱かないタマモクロスの耳にも届くまでになっていた。
それをふと、ミーティング終わりの雑談の中で話題に挙げた。同級生の間でちょっとしたブームになっていて、賛否両論、様々な意見が飛び交っていた、と。
「なんやよう知らんけど、普通の脱出ゲームとちょっと雰囲気違てんねんて。知り合い同士でやるのが前提いうか、プレイヤー同士の協力プレイが必要な場面が多いらしいねんけど、その代わりに謎解きが比較的簡単なんやて。そのせいで、ガチ勢みたいな連中は物足りひんとか言うとったわ」
「へえ。じゃあ、初心者にはやさしい内容になってるのかな。……それなら、私にもクリアできるかも」
「なんや、アンタ興味あるん?」
「実はちょっとだけ。でも、行ったことのある人の話を聞くとなんだか難しそうだし、今まではなかなか挑戦してみようってならなくて」
思いがけない反応に、タマモクロスは目をしばたかせた。まさかトレーナーが脱出ゲームに興味をもっているとは。
とはいえ、はにかみの中にわくわくとした感情を隠そうともしないトレーナーの様子に、タマモクロスもついつられてしまう。緩んだ頬もそのままに「ほんなら」とつぶやいて、トレーナーの視線がこちらに向かってくるのと同時に歯を見せて笑いかけた。
「その脱出ゲーム、ウチとやってみぃひん?」
「――で、なんやねんこれは」
腕を組み仁王立ちするタマモクロスと、その隣で呆然と立ち尽くすトレーナーの目の前には、大きな扉が立ちはだかっていた。
ゲームはいよいよ終盤。VRということもあって、体感型のある種アスレチックめいた関門と数々の謎を二人で突破してきた、その先。
二人はなぜか、窓一つない真白の部屋に閉じ込められていた。
これまでの展開から察するにこの扉をくぐればついに最後の謎が待ち構えているはずなのだが、これがどうにも固く閉ざされたままびくともしない。現役アスリートウマ娘であるタマモクロスが押しても叩いても蹴飛ばしてもなんの反応もないところを見ると、そもそも物理的な干渉を受けないようなプログラムになっているのかもしれない。
とすると、この扉こそが謎の一つなのでは――と、そんな考えが二人の脳裏をよぎった瞬間、突然部屋の中に人工音声めいたアナウンスが響いた。
『この扉は物理的な力では開けることはできません。必要なのは、貴方がたの絆の力です』
「はあ? 突然なに言うとんねんコイツ」
怪訝そうな顔をしたタマモクロスが音声が聞こえてくる方向を睨みつけると、トレーナーが「まあまあ」となだめるように肩に触れてくる。その手つきが優しくてほんの少し毒気を抜かれている間に、すかさず無機質なアナウンスは言葉を続けてきた。
『これから挑戦していただく最後の謎は、お二人の信頼関係が重要な鍵となります。これまで以上に固い絆が必要であり、それが示されない限りこの扉は開くことはありません』
「――はあ」
で、それとこの部屋とにどんな関係があるというのか。
苛立ちを通り越して呆れた顔をしたタマモクロスとは対称的に、隣のトレーナーは「じゃあ、私たち閉じ込められちゃったってこと」と驚きの声を上げている。
相変わらずの素直すぎる反応に反射的にツッコミを入れかけたところで、ふいに真っ白だった部屋の壁にバラエティ番組で見るようなスロット形式の表示が現れる。次には軽快な音と共にそれがクルクルと回り始めて、二人は思わず目を奪われてしまった。
『お二人には、ランダムに選ばれたテーマに沿って、心からの本音を互いに伝え合っていただきます。その相手を思う言葉をもって、最後の謎に挑むだけの絆の強さを示していただきます』
「え、つまりそれって、腹割って話すっちゅーだけの――」
タマモクロスの言葉の途中で、ピロリンと小気味よい電子音が鳴ってスロットの回転が緩やかになる。そこからじらすようにスロットは一つ一つずれていき――ついに、回転は止まった。
そこに表示されていたのは――
『相手の好きなところを伝え合おう!』
突然アナウンスの音声が可愛らしい女の子の声に切り替わったかと思うと、壁に表示されたトークテーマを大音量で読み上げた。
それを見上げたタマモクロスは目が点になって、その言葉の意味を頭が理解すると同時にぶわっと全身の毛が逆立つような思いがした。
それはそうだ。タマモクロスがトレーナーに抱く好意は、すでに教え子が指導者に抱くべきものからは大きく逸脱している。つまり――恋愛的な意味合いを持ってしまっている。
時が来るまではと思いをひた隠しにしている現状で、"相手の好きなところ"なんて直接的なことを伝えたら、自分の気持ちがどんな方向に向かってしまうかわかったものではない。
(こ、こんなんどないしたらええねん とにかく、うまいことごまかさんと――)
心臓をバクバクいわせながら必死に頭をひねるタマモクロスは、トレーナーの「よかった」という小さなつぶやきにとっさに反応することができなかった。
「どんな難問が出てくるかと思ったけど、これならすぐクリアできそうだね」
「へ、え――なに」
目をぱちくりとさせたタマモクロスに、トレーナーはくすりと笑った。そのまま「私から先に言っちゃうね」とつぶやくと、数歩前に出てくるりとこちらに振り返った。
「タマモの好きなところ。誰より強い気持ちで、トレーニングにもレースにも果敢に挑むところが好き。それから、義理堅くて知り合いの子が困っていると絶対放っておけないところも好き。それから、セール品が買えたとか、良いことがあったときにすごく嬉しそうに話してくれるときの笑顔が大好き。あとは――」
「ちょちょちょ、ちょい、ちょい待っ、待って待って!」
さらに続きそうなトレーナーの言葉を、両手を突き出してさえぎる。
混乱する頭と熱の集まる頬をごまかすためにとっさに顔を伏せて、それでもそのままじっとしているわけにもいかずちらりと視線だけ持ち上げると、目の前のトレーナーはきょとんとした顔をして固まっていた。その表情がすっかり余裕を失っている自分とあまりにかけ離れていて、タマモクロスはジリジリと胸が焦れる思いがした。
「――あ、アンタなんなん そないにつらつらと……ウチを褒め殺す気か」
「えっ、そんな、まだ半分も言えてないのに……」
「は、半分 そんなんこっちの心臓がもたへんわ」
口にして、しまったと思った。これでは、彼女の言葉に胸を高鳴らせていると白状しているようなものではないか。
背中にひやりとしたものを感じて、とっさに顔を上げてトレーナーを見る。彼女はまたきょとんと瞬きをしたあと、少し眉を下げながらはにかんだ。
「――タマモ、褒められるの苦手?」
「は、いや、その……別に、苦手とかではないんやけど……」
「そっか。ふふ。そうだよね。それならいいの」
くすくす笑う声がくすぐったくてたまらない。その笑顔の真意を確かめる勇気はタマモクロスにはなかったが、それでも真っ赤に紅潮した顔を見られた上でこの反応ということは、トレーナーもなにか飲み込んだ言葉があるということなのだろう。
それが今自分が秘めている気持ちと少しでも似ているものであったらいいと、タマモクロスは願わずにいられなかった。
「じゃあ、次はタマモの番、かな」
「ええっ ――い、いや、そらそうやんな。そういう、ルールやし」
「私はたくさん言っちゃったけど、気にしないでちょっとしたことでいいからね。いつもレース前にご飯作ってくれる、とか!」
明らかに動揺しているこちらの様子を見て、ハードルを下げようとしてくれているのだろう。言いつつ微笑むトレーナーの心遣いに、先ほどまでどうやってこの場を切り抜けようかと頭を悩ましていた自分が恥ずかしくなってくる。
彼女はまっすぐに好意を伝えてくれたのだ。であれば、自分も。
タマモクロスは一度大きく息を吸い込んで、そして、トレーナーを見た。
「トレーナーの好きなとこ――って、改めて言うとこっぱずかしいけど。……ウチが一番好きなんは、アンタの性根がまっすぐなとこや。よう知らんような奴でも、気になったらほっとかれへん。声かけて、手ぇさしのべて、そんでガンとばされようがなんやろうが気ぃが済むまで気にかけてまう。そういう、自分の気持ちを曲げられへんまっすぐさが……ええ思う」
そうだ。初めて声をかけてもらったあの日。苛立ちのままはねのけて、それでもまた声をかけてくれたことが心底から嬉しかった。
自分の思いはあそこから始まっていたんだと、改めて実感する。あれから色々なことがあった。そのすべてを、トレーナーは自分の隣で見てくれていた。それでも彼女は、いつまでも、どこまでも、自分と共に駆け抜けることを選んでくれた。――だから。
タマモクロスは、赤く染まった頬を隠すことをやめた。ありのままの自分で、めいっぱいの思いを込めて、彼女を真正面から見据えて、そして歯を見せて笑った。
「せやから――ウチもアンタのこと、大好きや!」
その言葉尻に合わせるように、壁に表示されていた表示が輝きながら回転し、「ミッションクリア」の文字と同時に紙吹雪が吹き出す。部屋中に降りしきる色とりどりの祝福に気を取られているうちに、目の前の扉がゆっくりと開いて、中から光が溢れてきた。
最後の謎に続く扉は開かれた。その安堵感と達成感でタマモクロスが息をつくと、扉に背を向けたままのトレーナーが「タマモ」と声をかけてきた。
「――とっても嬉しい。ありがとう」
目を細めて笑う彼女の笑顔は、降りしきる彩りより、うしろから差し込む光より、よほどまばゆく、なにより輝いて見えた。
最後の謎に至るための関門がAIの誤作動(?)によりカップル向けの内容に差し替わっていたことを二人が知るのは、ゲームクリア後、慌てた様子の係員から声をかけられたあとのことになる。