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    marmelo_uma2

    @marmelo_uma2

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    梅雨のしっとりメノトレ‪♀‬

    [メノトレ‪♀‬]傘の下のノスタルジア 放課後。トレーナー室へ向かう途中の廊下で、フェノーメノは開いたままのビニール傘が中庭に落ちているのを見た。
     その日は朝から風が強かったから、どこからか飛ばされてきたのだろうと初めはたいして気に留めなかった。しかし視界の端のそれがふいにのそりと動いた気がして、よくよく注視するとビニール傘の中にしゃがみ込んだ人の背中が見えてぎょっと目をむいた。
     なぜあんな場所に──という疑問に対する答えを、フェノーメノは持っていなかった。だって空からは今も細かな雨が降り続いていて、庭仕事をするには不都合でしかない。あるいは探し物をしているのかとも思ったが、それにしてはその背中はじっとして視線をさまよわせる気配すらなかった。
     ──怪しい。もしや、なにか事件の予兆では? とっさに思ったフェノーメノは、すぐさま窓を開けて「そこでなにをしているでありますか!」と声を荒らげた。
     突然の声に肩を跳ね上げた人物がこちらに振り返る。その顔を見て、フェノーメノは再び大きく目を見開いた。
    「──ボス」
     傘の中で縮こまりながらこちらに振り返っていたのは、間違えるはずがない、フェノーメノの担当トレーナーだった。
     視線が合って、声の主がフェノーメノであることを認識したらしいトレーナーの表情がほっとゆるむ。巷では怖いだなんだと評判の自分の顔を見てそんな反応をする相手を他に知らないフェノーメノは、それだけで少しくすぐったい思いがした。
     少し離れた場所にいるトレーナーは、立ち上がったのち大きく息を吸って声を張ろうとする仕草をしたが、途中でやめて大きくこちらに手招きをしてきた。声を発さないまま動く口は「メノ、おいで」と言っているように見える。
     幸い昇降口は近い。フェノーメノは不思議に思いながらも、トレーナーの言う通り中庭に出るために小走りで靴を履き替えに向かった。


    「──ボス! どうなさいましたか。こんな雨の中……風邪をひいてしまいますよ」
    「うん、あのね──あ、待って。傘、一緒に入ろう」
    「え? い、いえ。雨も弱いので、本官は──」
    「だめ。それじゃあメノのほうが風邪をひいちゃうでしょう。──説明する間だけだから」
     雨のレースを思えばこれくらい、と言いかけて、その言い分ではトレーナーも同じような状況だと気づき、ためらいがちに「失礼します」と告げてから傘の下に歩み寄る。「いらっしゃい」と迎え入れてくれたトレーナーは、すぐさま足下の茂みを指差した。
    「見える? ほら、アマガエルがいたの。かわいいでしょう?」
    「──カエル?」
     トレーナーの指先をたどるように視線を下すと、雨に濡れた葉の上に小さなカエルが乗っていた。鮮やかな緑の葉色に擬態するようなこじんまりとした佇まいは、指摘されなければとても気づけなかっただろう。
     フェノーメノが思わず「へぇ」とつぶやくと、隣から「近くで見ても全然逃げないんだよ」と言ってくるのが聞こえる。そのままトレーナーがしゃがみ込む仕草をするので、フェノーメノも続くように膝を折りたたんだ。
    「傘、お持ちします」
    「いいよいいよ。私のだし」
    「いえ、あの──実は先ほどから、傘に耳が当たっておりまして。私のほうが上背うわぜいがありますから、遠慮なさらないでください」
     フェノーメノの言葉を聞いたトレーナーはハッとした顔をして、「ごめんね」と言いながら慌てて傘を持ち上げた。その勢いで傘が傾いて、フェノーメノはそれを支えてやるつもりでトレーナーの手の上から持ち手を掴んだ。
     トレーナーの手は雨のせいか少し冷えていた。これはいけないと、指を広げてトレーナーの手を包み込むように握り直す。トレーナーは「あ」と短くつぶやいて、しかしそれ以上のことはなにも言ってこなかった。
     それきり会話が途切れ、視線はのろのろとカエルのいる目の前の茂みに落ちた。
     とっさに掴んだ手が今さらに気まずい。かといって離してしまうには惜しく、そう思ってしまう自分の心に強く戸惑った。
     本当であれば、少し手をずらして持ち手の端なりシャフトなりを持てばいいのだ。こんなわざわざ手を重ねて、まるで繋ぐようにする必要なんてまったくない。
     だからつまりは、フェノーメノは意図してトレーナーの手を握り続けている。そしてトレーナーも、その意図をわかって咎めることをしないでいる。
    「──子どものころ」
    「は、い」
     ぽつりとつぶやいたトレーナーの声に、とっさに反応が遅れた。弾かれるように見た横顔は変わらず葉の上のカエルに向かっていて、しかしその眼差しはどこか遠くを見ているようでもあった。
    「梅雨の時期は、葉っぱの上のカエルとか、塀をよじ登るカタツムリとか、傘を伝っていく雨の筋を見ながら登下校していたの」
    「──はい」
    「晴れの日は、雲が流れる速さを眺めたり、道端にきれいな石ころを探したり」
    「はい」
    「成長するにしたがって、そういうことってあまりなくなるでしょう。──だからさっき、歩いていてこのカエルを見つけたとき、かわいい子を見つけたって嬉しく思ったとき、私にもまだそういう感性が残っていたんだなって思って」
     その気持ちは、フェノーメノにもわかる気がした。
     子どもは、多くを知らぬ故に自由だ。世間的なしがらみもなく、必要なものだけ取捨選択することもなく、目に映る全てのものをありのまま享受できる。
     学生であるフェノーメノも、勉強にトレーニングにと忙しい日々を送っている。慌ただしい日常の中で、幼かったあの日と同じような物の見方は少しずつできなくなっているのだろう。
     トレーナーは今日、そんなありし日の感覚を自分の中に見つけたのだ。それを喜ばしく思ったのだ。──そしてその思いを、自分に共有してくれたのだ。
     とつとつと語るトレーナーの表情は、無邪気な少女のようにまばゆく、愛らしかった。それを目の当たりにしたフェノーメノは、それを見たのが自分一人きりでよかったと心底から思った。
     この人の一粒のきらめく少女性を、自分のほかに、誰にも知られなくてよかったと思ってしまった。
    「──嬉しいです」
    「え」
    「そのお話を、私にしてくださって。──私だけに、してくださって」
     トレーナーは少し間をあけて、「うん」と頷いてくれた。同時に傘を握る手にきゅっと力が込められたように感じて、フェノーメノもそっと包み込む手の力を強めた。


     体を丸めて寄り添うこのとき、雨音に閉ざされた傘の中の小さな世界は、たしかに二人だけのものだった。
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