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    お腹をすかせるzとお腹をすかせるsのゾロサン。

    ソレは多分、特別な名前がついているなぜソレを見せられたのかはわからない。
    ただ見た時のゾロは、ソレに喜びを感じた。



    雨が続き、フランキーが芝の心配をし始めた頃、ゾロは不寝番の合間に飲み物を取りにキッチンへ向かった。まだ灯りはついていて、キッチンをテリトリーにしているサンジがまだそこにいることをアピールしてくる。

    サンジがいると、好きに酒をかっぱらうことが出来ない。数が限られているのだから計算して飲めとうるさいのだ。ちまちま飲むより飲みたいときに飲む方がうまいというのに、とことん気の合わないあの男は、全く話を聞き入れやしない。
    一瞬、この雨の中喧嘩をすると気が滅入りそうだと思ったが、知ったことかと扉を開けた。勝てば良いだけだからだ。もっとも、ろくな勝敗がついたためしはないが。
    どうせあの男はキッチンに立っているだろう。文句を言われる前に酒のラックへ向かい、文句を聞き流しながら立ち去れば良い。去り際に飲み物をねだっておけば後でボトルごと持ってくるはず。

    しかし、扉を開けたそこにあったのは、テーブルにうつ伏せになっているサンジの姿だった。

    「……何してんだ」
    「考え事してんだよ……」

    見ればわかるだろうと言われるが、ゾロはてっきり、体調でも悪いのかと思った。というのも、連日の雨に、ナミやロビンが頭痛を訴えているからだ。なんでも、天気につられて具合が悪くなることがあるのだとか。お陰でチョッパーはこの雨の中、特にやることもないからと、連日痛み止めの調合にいそしんでいる。

    酒をかっぱらって立ち去る予定だったゾロだが、なんとなく、酒を1本ラックから抜いたその足で、サンジが頬をつけるテーブルの横にもたれ掛かった。サンジの周辺に散らばるノートが気にかかったからだ。

    「なんだこれ、在庫か?」
    「そ。買ったもんと、使ったもん。全部ここに書いて管理してんだ。こうすると使い忘れも防げるからな」
    「へえ、マメだな」

    てっきり脳内でやっているかと思った。そして、ある程度は出来るのだろうが、確実なものにするために、こうして紙を使っているのだろうなとも思った。サンジはゾロやルフィと異なり、仲間の命を直接握っているようなものだ。適当な仕事はしないだろう。
    手を伸ばし、ノートをめくる。前のページに書かれているもののほとんどに線が引かれ、一番新しいページのものも、ほとんど線が引かれていた。
    これは、つまり。

    「……足りねえのか」
    「……そう。どう計算してもな。ナミさんからさ、あと何日で着くか聞いたか?」
    「いいや」
    「あと3日から5日だと。……5日かぁ~……」

    サンジが額をテーブルに擦り付ける。ノートを見たところであとどのくらいの航海を耐えられるのかはわからないが、サンジの様子からして、大分厳しいのだと伝わってくる。
    ゾロが唸ると、サンジはふと顔を上げ、「ここじゃアレだな」と呟き、ダイニングの扉に向かった。ゾロも追いかけ、ああと思い出す。

    「待て。ドリンクが無くなったの忘れてた」
    「あ?それなら冷蔵庫に作り置きがあるな……持ってくか」

    サンジが方向を変え、手作りのスポーツドリンクのボトルを取って戻ってくる。飲み物を取りに来ただけだが、どうやらサンジも一緒に展望室へ向かうらしい。
    妙なことになったと思いつつ、ゾロも、ダイニングを出ていくサンジの後を追った。



    「新世界に入ってからはなんか、余計読めねえな。釣りもうまくかからねえし。魚の知能も違うのかもしれねえ」

    サンジは腕立て伏せをするゾロを横目に、片膝を抱えながらポツポツと語りだした。

    東の海はよかった。最悪海に潜れば何かしらはいた。
    グランドラインに入ってすぐもたいした苦労はなかった。数日ひもじい思いをしてもなんとかなるような気がしていた。
    しかし新世界はどうだ。今までとは比べ物にならない強敵がうじゃうじゃいる。腹が減っていて全力を出せずに死にました、なんてことになったら。それは流石にサンジの責任と言えるだろう。
    自分はルフィを海賊王にしたいのであって、ダーウィン賞を受賞させたい訳じゃない。

    そこでゾロは腕立て伏せを途中で止めた。ダーウィン賞ってなんだ。口に出す前に、サンジから「アホな死に方をした奴らに贈られる、皮肉たっぷりな賞だよ」と答えが飛んできた。
    なるほど確かに、死因が空腹故のパワー不足はアホだ。

    「この雨も厄介でよぉ。食品の劣化をはやめる。湿度でカビちまうんだ。お陰でいくつかのジャガイモがダメになった。ウソップにやって植え直してもらったけど、この雨じゃあ育つもんも育たねえとさ。せめて雨さえ明けりゃあ良いんだ、雨さえ……そうしたら湿気っちまった穀物をまた乾燥させて、味は劣るが数日持たせられる」
    「ほっといたら、そいつらもカビるのか」
    「ああ。だから明日食い尽くすしかねえ」

    そしてそれが、この船に残る最後の穀物だという。無くなった後の事は想像に容易い。腹持ちの良い食材が無くなるということだからだ。ダーウィン賞が近づいてきている。

    「天気はどうしようもならねえ。島と島の距離も、どうしようもねえ」
    「誰の責任でもねえな」
    「天気と距離は、そうだな。でも食材の管理はおれの領分で、それが全うできなきゃ、おれはおれを許せねえだろ」
    「……そりゃそうだ」

    腕立てをやめ、ドリンクを口にする。出港してしばらくはレモンとミントが浮かんでいたが、今はミントだけになっている。ゾロとしてはなんでも良いのだが、レモンが入っている方が旨いことだけはわかる。旨いから、サンジはレモンを入れたいのだと。
    ドリンクを飲み終わったゾロを、サンジがぼんやりと見つめた。何か言いたいことがあるのだろうと察し、ゾロもサンジを見る。

    「なあ、ゾロ」
    「なんだ、コック」

    ゾロもサンジも、ろくに相手の名前を呼ばない。だからこそ、名前を呼ぶ、もしくはその役職を茶化さずに呼ぶ時は、必要な話をする合図だ。

    「おれは明日から、最悪の場合……7日後に島に到着することを前提に、食料の節約をする」

    7日。ナミの話では3日から5日という話だったが……そうかと思う。何かトラブルがあり、予定どおりに行かなかった時の想定なのだろう。

    「おれは自分の分の飯を作るのをやめる。単純計算、21食分は確保できる。夜食とおやつを含めたらもうちっとは増える」
    「そうか」
    「だから」

    サンジがゾロを見つめたまま、小さく笑った。

    「お前の飯、半分よこせよ」

    ゾロは自分の口角があがったことに気がついていた。



    席を立ったゾロは、自分の分の皿を持ち、そのまま、キッチンで洗い物をするサンジの手元に置いた。

    「もう良いのか」
    「ああ。酒でふくれた」
    「そうかよ」

    仕方ねえな、勿体ねえからおれが食うか、なんてわざとらしく言いながら、サンジがゾロの使っていた箸を手に取る。

    普段なら「おれにくれ!」と騒ぐルフィ達は、まるで気づいていないかのように、テーブルの上の食事だけを食べた。普段なら「サンジくんも座って食べて!」と怒るナミ達は、ちらりと視線だけ寄越すものの、ゾロと目が合い顔ごとそらした。
    皆気がついている。
    この雨で食材が減っていることも、魚がつれず食材の補充が出来ていないことも。
    そして、サンジが自分の分の食事を作っていないことも。

    ゾロはそのままダイニングを出て、展望室へと向かった。雨だろうと晴れだろうとやることは変わらない。トレーニングをし、夜に備えて寝ておくこと。
    途中チョッパーがやってきて、小さな声で「ごめんな」と呟いていったが、ゾロは寝たフリをし続けた。腹に乗せられた飴は、バレないよう、チョッパーの隠し持っている瓶に戻しておいた。



    ゾロとサンジが、あわせて一人前しか食べなくなってから、3日後の事だ。

    「明後日、明後日には着くと思うわ」

    切羽詰まった様子でナミが言った。ベストは3日だった。しかし今日、そして明日は到着する見込みがないのだろう。雨の海域も抜けない。穀物はもう、全て食べきってしまった。
    小さく懺悔する航海士の背中をロビンとウソップが宥める。この懺悔が向けられているのはゾロとサンジだろう。しかしサンジは話が始まる前に立ち去ってしまった。食材を確認してくると言い置いて。お陰でゾロのみが、この懺悔を向けられてしまっている。

    ゾロは天井を見上げるルフィを見た。ルフィはゾロに見られていることに気がつくと、眉を下げて頬をかく。

    「腹減らねえのか?ゾロ」
    「空腹なんつうのは修行が足りてねえんだ」
    「うへぇ、おれは無理だ。修行しても無理だ」
    「だろうな」

    そんなことはわかっている。わかっているからこそ、支えるべき自分達が補填をしている。
    言わずとも伝わっただろう。ルフィは眉を下げるだけで、ごめんもありがとうも言わなかった。それで良いし、それが良い。繰り返しになるが、誰かのせいではないのだから。

    「私のご飯も減らしてもらうよう、サンジくんに……」
    「ナミ。駄目よ」
    「でも見てらんないわよ……!私より食べてた二人が、あんなちょっとで足りるわけないでしょ!?あと2日もあるのにっ」
    「……ナミ」

    涙目になっているナミの気持ちは、わからないでもない。彼女一人にふりかかるプレッシャーも相当なものだろう。
    しかし自分達はナミを信じている。3日から5日と言った予報は外れないし、明後日と言ったなら明後日到着するのだ。だから、彼女が気にすることはないし、ドンと構えていれば良い。……ということを、本来であれば、あの料理人が言うべきなのだが、涙を見ていられないのだろう。早々に逃げた相手に、つい、舌打ちを投げつけたくなった。

    「おい、ナミ」

    ぶっきらぼうにナミを呼ぶ。ナミはうるうると光る瞳でゾロを見た。ゾロとて、女の涙が得意なわけではないのだが、これもひとつの甘えなのだと思うことにする。

    「島に着いたら旨い飯と旨い酒を出す店に連れてけ。十分だ」
    「……うん、わかった」

    ぐじ、と涙を拭き、ナミが無理やり口の端を上げて笑う。

    「奮発してあげる!」
    「やったー!飯だー!」
    「馬鹿!ゾロとサンジくんだけに決まってるでしょ!あたしたちはいつもの価格帯の店よ、破産するわ!」
    「ええー!?」

    どんちゃんどんちゃん。やっといつもの仲間達らしくなってきたダイニングを出る。

    足が向いたのは図書室で、そこには、予想通りサンジがいた。食材の確認など毎日毎晩しているので、日中にする必要なんてない。つまりはやはり、逃げるための方便だったのだ。後でナミに謝らせようと心に決める。
    サンジはゾロに目もくれず、魚の図鑑を開き、俯いていた。

    「明後日には着くんだと」

    声をかけると、パッと顔を上げた。目にかかる眼鏡を外し、ワイシャツの胸ポケットに差し込む。

    「そうか……やっとか。さすがナミさん、予想通りだな」
    「ああ」

    近づき、サンジが見ていたページを覗き込む。そこには大きな海獣の絵が書かれていた。

    「それが釣れたら腹一杯になんのにな」

    それは何とはなしに口にした言葉だった。サンジはピクリと肩を揺らし、イラストをなぞる。

    「……この海獣の生息地は丁度ここらへんらしい。朝ナミさんに聞いたから確実だ。この海獣は、雨の降る夜、海の中を回游するんだと」
    「へえ……」

    ここらへんにいる海獣。雨の降る夜。
    ゾロがサンジへ視線を向けると、サンジも、ゾロを見つめていた。

    「たった数日食わなかったくれえで、剣豪サマはへばってねえだろうな」
    「当たり前だ」
    「そうかよ。じゃあ」

    サンジが立ち上がり、誰もいないというのに、内緒話をするようにゾロの耳へ顔を寄せた。

    「今夜ヤるぞ。ゾロ」

    ゾクリとしたのは……いや。
    ここでは割愛しよう。



    雨の日の夜、海に飛び込んだゾロとサンジは、見事に仲間達に絞られた。
    しかし釣果として持って帰った海獣は仲間達の腹を十分に満たした。勿論、ゾロとサンジの腹も。

    楽しそうに料理を振る舞うサンジを、雨だというのに宴状態になった甲板で見つめる。肩の荷が下りたのだろう、ナミが涙目でサンジに抱きつきヘラヘラしている。よかったと思う。互いにのし掛かる責務が、手遅れにならなくて。
    するとそこに、レインコートを着たロビンがやってきた。視線も向けずにいるゾロをとがめることなく、ロビンはくすりと笑う。

    「ありがとう、ゾロ。これでナミも安心できたはずよ」
    「そうかよ。そりゃよかった」
    「でも、ちょっとズルいわ」
    「ズルい?」

    ゾロは濡れることも構わず芝生に座り込んでいるが、ロビンはその隣にしゃがんだ。そのまま、ブルックの隣で肉を頬張るサンジを見やる。

    「食事は全員のを少しずつ減らせばよかったのに。海獣を捕まえるのだって、声をかけてくれたら……」
    「駄目だ」

    ロビンの言葉を遮り、ゾロはきっぱりと言った。

    「駄目なの?」
    「駄目だ」
    「どうして?」
    「おれんだからだ」
    「ズルいわ」
    「ズルくねえ」
    「ズルい。独り占めする気なのね」

    む、と頬を膨らましたロビンを鼻で笑う。独り占め、確かにそうかもしれない。

    しかしコレだけは譲れないと思った。あの男が遠慮をせず、他人の皿に手を伸ばすのであれば、それは自分の皿であるべきだ。取り分を減らすのなら、それは自分を巻き込むべきだし、狩りをするなら声をかけられて然るべきなのだ。

    この一件で見せられたソレに、なんていう名前がつくかはわからない。ゾロの中で形になっていないし、おそらくサンジの中でもそうだろう。
    自分達は曖昧なまま、しかし確かな特別を向けられたし、向けたのだ。
    そしてゾロはソレが自分だけに向けられたことに、何物にもかえがたい達成感を獲た。端的に言えば嬉しかったのだ。あの男に巻き込まれたことが、心から喜ばしかった。

    「ああそうだ、独り占めだ」

    ゾロは立ち上がり、真っ直ぐにサンジへ向かって歩いた。近づいてくるゾロに気がついたサンジが、珍しく上機嫌なまま声を上げる。

    「よおマリモ!ちゃんと食ってるかよ!」

    言われなくても、とか。アホ面、とか。マリモじゃねえ、とか。そんな言葉はさておいて。

    ゾロは目の前の金髪を鷲掴むと、

    「これから食う」

    とだけ告げ、今一番食べたいものにかぶりついた。



    がぶり。



    明後日、狩りじゃないことをヤろうと誘った時、この男が頷けば良いなと思った。
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