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    辛いものを食べる⚔️🐯🕒。

    辛いものが好き!その日、サンジは朝から機嫌が良かった。
    長く滞在予定の島。この島の特産品は唐辛子だった。種類の豊富さに、つい時間を忘れて買い物をしてしまった程。
    そして今日は、一人で船番の日。一人残すのも、と気を使う仲間達に、丁重に断りを入れ勝ち取ったもの。

    「ひっさしぶりに、辛いもの尽くしが出来る……!」

    腕を捲ったサンジは早速大量に買った唐辛子を洗い始めた。
    鷹の爪、ハラペーニョ、セラノペッパーなどなど。
    洗いながら、これはパスタに使おう、とか、これはスープにしよう、とか、様々な料理を思い浮かべていく。辛いところくらいしか共通点がないが、食べるのは自分だけだ。問題ない。

    「あ~、はやく食いてえ」

    サンジはにこりと笑った。
    サンジは辛いものが大好きなのだ。

    チョッパーが加入する前は、少し辛みの効いたものも出していたと思う。しかしチョッパー加入後は、辛みの効いたものは出さないようになった。匂いだけでも辛いとつらそうにする子供をみるのは忍びない。
    しかしサンジは辛いものが大好きで。
    たまに食べたくなった日なんかは、島に降りて食べたりもするが……正直なところ物足りないのだ。ハバネロで辛くするにも限界があるし。

    手袋をはめ、口笛を吹く。

    まず仕込むのはヤンニョムチキンだ。本来は甘辛く味付けしたものだが、サンジは甘さはほどほどに、辛みを強めたものが好きだ。頻繁ではなかったが、たまにコック達の中で辛い料理を作りあい、騒ぎながら食べていたのは良い思い出である。

    次にとりかかったのは酸辣湯だ。辛いものと酸っぱいものはとてもよくマッチする。こんなものを作った日には、チョッパーだけでなくジンベエも鼻をおさえそうだと思いつつ、だからこそ遠慮なくお酢と唐辛子をぶちこんだ。浮かぶ赤い油が愛おしい。

    そして最後に作ったのは、サンジの一番の好物である、辛口の海鮮パスタ。辛口というか、今日に限っては激辛だろうが、これが美味しい。トマトベースにするか悩んだが、赤いものばかりになるため、今日はペペロンチーノをベースに作ることにした。ニンニクの匂いもきいていて非常に美味しそうだ。

    出来上がった食事を並べ、とっておきの白ワインを取り出す。
    上機嫌でコルクを空け、サンジは食卓についた。

    「ふう、腹減ったな。いっただっきまー、……」

    す、と言う前に、サンジはピシリと固まった。

    ゴトン、ゴトンという重い足音。
    片方に寄った重心。

    嫌な予感に震えながら、そのままの姿勢で、首だけ動かした。見つめる先はダイニングの入り口。

    来るな、来るな。
    そんな願いもむなしく。


    「邪魔するぞ」
    「コック、飯」


    無愛想な顔が二つ、やってきてしまった。






    入ってきた二人、ゾロとローは、サンジの返事を待たずにズカズカと中へ入り、サンジの向かいの席を陣取った。
    え、え、とろくに返事も出来ないほど戸惑うサンジをよそに、目の前に座った二人はあーだこーだと、聞いてもいない言い訳を始める。

    「街がねえと思いながら歩いてたらトラ男に会った。海軍にうろついてるのがバレたんだと。飯食う前に戻れなくなったっつーから連れてきてやったんだ。今日の船番はてめえだったし、どうせ多めに作ってんだろ?」
    「状況は間違ってねえが、おれがこの迷子をここまで送り届けてやったんだ。礼として飯を食ってやっても良い」
    「ほらな、腹減ってんだよ」
    「腹は減ってる」

    そうか、腹が、減ってるのか。
    ならば何か作ってやらねばと思うが、生憎買い出し前日の夜。余っているものは全て酸辣湯にぶちこんでしまった。だからといってこの料理を出すのも……と、珍しくサンジがオロオロしていると、そこでやっと、二人がサンジの様子に気がついた。

    「……んだよ。余分なのはねえって?」
    「いや、二人分くらいはあるけど」
    「同じので構わねえが」
    「お、同じの」

    そろり、手元へ目線を下ろす。フォークに突き刺さったヤンニョムチキンをぱくりと食べると、二人から「あっ!」という声が上がったが、別にサンジは独り占めするために食べたのではない。
    味わい、思う。めちゃくちゃ辛い。当たり前だ、めちゃくちゃ辛いものが食べたくて、この一人のタイミングに作ったのだから。

    「……同じので構わねえんだな……?二人とも……」
    「ああ」
    「良いっつってんだろ、はやくしろよ。腹減ってんだ」
    「…………」

    ゾロの態度に青筋がたつが、まあいい。
    食べさせてもらう側だというのにふんぞり返っているローの態度にも目をつぶろう。

    「ふっ……残すんじゃねえぞ……」

    顔を見合わせた二人の前に、サンジは温め直した酸辣湯を、前菜として置いてやった。






    「かっっっれえ!!んだこれ!!」
    「~~っっっっ!!」

    案の定、サンジの出した酸辣湯をすすった男たちは、すぐさま添えられた水をがぶ飲みした。
    サンジはなんとなく胸のすくような気持ちになりながら、ゆったりと自分もスープを味わう。うん、辛くて酸っぱくてうまい。

    「同じので良いっつったのはてめえらだろ。文句言わずに食え」

    ふん、と鼻を鳴らしつつ、サンジはパスタにも手をつけた。ガーリックオイルと鷹の爪が絡まる麺。普通に店で食べるよりも赤いものが多いそれ。
    ぱくりと口に運び、ビリビリくる刺激につい、笑顔になった。ああ、久しぶりの辛いもの。

    ゾロはそんな様子のサンジをじっと見つめ、恐る恐る自分もパスタへ手をつけた。そして目を見開く。

    「お……これは食えるな、辛いが。うめえ。辛えけど」
    「本当か!?良いよなぁ、ペペロンチーノ!たまに極限まで辛いの食いたくなるんだよ」
    「……ああ、だからか」

    納得したように頷くゾロに、サンジは同意を表すように頷いて見せた。
    夜、本当にたまにだが、二人は一緒に酒を飲むことがある。サンジから誘っているのではなく、ゾロから誘われるのでもなく。サンジがたまに酒を飲もうと準備をすると、我が物顔で居座るのだ。最初にはちあった時から、サンジの酒盛りに同席すると美味しいものが出てくると、ゾロの中にインプットされてしまったらしい。
    そこで話したことがある。たまに辛いものが食べたくなるのだと。出せば良いじゃないかと言われ、その場は適当に流しておいた。首をかしげていたゾロだったが、今日その「辛いもの」を口にして、納得したようだ。

    「こりゃあ仲間には出せねえな。チョッパーは泣きわめく」
    「だろぉ?だからさ、今夜は正真正銘一人だから、堪能できると思ったんだよ……」
    「……そこにおれとゾロ屋が来た、と」
    「そういうこと。まあ、一人分にしちゃ作りすぎてたし、良いっちゃ良いんだけど」

    それはそれとして、辛いものというのは、食べられるかどうかの適性があるわけで。

    ローはパスタを口に運び、「辛え」と呟くと、しかしパクパクと食べ進めた。ゾロ程ではないが、鷹の爪の辛さは平気なようだ。
    そして次に、恐る恐るといった様子で、はじめにサンジが口にしたヤンニョムチキンに手を伸ばした。口に放り込み、お、と目を見張る。

    「この辛さはいける。うめえな」
    「まじか!それはな、カプサイシンパウダーで辛みを足してるんだ。ほんのり甘くてうめえだろ!」
    「ああ。甘辛い味付けは好みだ、米が食いてえ」
    「米か~、もう食いきってて無いんだよな」

    残念だ、と呟くローに、また今度な、と笑う。

    なんだ、この二人。
    辛いの食べれるんじゃないか。

    機嫌よくワインを煽ったサンジは、もし次、この二人だけに料理を作ってやるタイミングがあれば、また辛いものを出してやろうと心に決めた。辛さと酸っぱさの組み合わせは苦手なようだから、次のスープはユッケジャンスープとかにして。

    一人きりの晩餐会が思わぬものになった。
    これはこれで良い日だった。






    さてそんな上機嫌なサンジをよそに、男達、ゾロとローは冷や汗を大量にかいていた。普通の汗も大量にかきはじめていた。
    これは食べれる、この辛さはいけると口にしたものの、それは初めの一口だけ。二口目からは辛さが口内全てを覆い、舌と喉を焼いている。
    同じものを食べているはずのサンジは涼しい顔で、いや少しばかり頬を染めているが、あれは酒が入っているからだろう。機嫌良くパカパカと飲み進めている。

    まずい。非常にまずい。
    二人は横目で互いを睨み付けた。

    発端は林のなかでさ迷うゾロに、海軍から逃げおおせたローがはちあった時だ。
    腹をすかせたローがゾロに食べ物は無いかと聞いた。持たされていた弁当に手をつけていなかったゾロは、いくらかの金銭と引き換えに半分渡すことを提案した。ローはそれを却下し、船まで連れていってやることを条件に出した。ゾロは仕方なく頷いた。
    そうしてサンジ特製海賊弁当を半分にわけ食べたところで、ローがぽつりともらした。

    ―お前達は恵まれてる。

    ゾロはふんぞり返って頷いた。
    ローは鬱陶しそうにその様子を見やり、すぐに鼻で笑う。

    ―四六時中一緒にいて進展のねえ奴に威張られてもな。
    ―ああ?

    カチン、ときたのはゾロで。応戦するように笑みを引っ込めたのはローだった。
    というのも、ゾロとローは、麦わらの一味の料理人、サンジに、同じ想いを抱いている。

    その後は競うようにサニー号へと向かった。成人男性が弁当ひとつをシェアした程度で満足する筈がないのだ。
    おれは本気だしてないだけだ、そんなの言い訳だろ、お前だって意識もされてねえくせに、おれは船が違うんだから仕方ねえ、なんて言い合いながら船へ近づき、息を整えてからダイニングへ足を踏み入れ。

    そうしてありついたサンジとの時間が、今、で。
    つまるところ二人はサンジとの関係を先に進展させようとここまで来たのだが。

    「おかわりいるか?もうちょっとあるぜ」
    「……貰う。寄越せ。ナメんな」
    「おれも貰う。負けてたまるか」
    「ナメてはねえし、勝負でもねえけど……?」

    大食いか?なんて首をかしげつつ、サンジが一時離席する。そのすきに二人は補充されている水を一気飲みした。
    辛い。辛すぎる。汗が止まらないし鼻水も出る。
    ローが取り寄せたティッシュで二人同時に鼻をかんだ。
    ゾロは外装を肩からはずし、上半身を腹巻きだけにした。腹巻きも外したいが置き場がないため我慢だ。
    ローも帽子を外し、額の汗をぬぐった。着ていたコートを脱ぎ、シャツの腕をまくる。熱すぎて耐えられない。

    「お、本気モードだな。水いるか?ラッシーも作れるぜ」
    「いる、よくわかんねえがいる」
    「アイスがあるならアイスもほしい」
    「アイスも?いいけど……辛いもんにはラッシーだよなぁ。これ、食い終わった時のデザート用のアイスだったんだぜ」

    余程辛いものを食べられるこの状況と、辛いものを食べてくれる人間がいるのが嬉しいのだろう。汗だくの二人にタオルを持ってきつつ、おかわりやラッシーやアイスを出しつつ、ずっと上機嫌だ。
    かわいい、と思わなくもないが、それより目の前の旨くとも凶悪な料理を食べきらねばならない。残すだなんて男が廃る。

    「汗が止まらねえ」
    「おれそんなに汗かかねえんだよな。お前ら代謝良いなぁ」
    「っ、はぁ、あっちぃ……!」
    「ローそれ、シャツも脱いじまったらどうだ?どうせ男しかいねえんだし」
    「……そうだな」

    腕まくりで足りるわけもなく、ローはシャツを脱ぎ捨てた。タンクトップ一枚でチキンを食べ終える。その横で、ゾロはパスタを食べきったところだ。
    サンジといえばやはり汗ひとつ流さず、涼しい顔で「辛いもんうめぇ~」なんて酸辣湯を飲み干している。熱くて辛くて酸っぱいあの凶器のようなスープを、だ。レベルが違いすぎる。
    とはいえ辛みは感じているらしく、普段さくら色の唇は真っ赤だった。平素であればキスのひとつでもしたくなるところだが、いまはまずい。キスの刺激で死にそうである。

    邪念を払うように無心で手を動かす男達。サンジはその様子をソワソワと眺め、伺うような目を向けた。

    「ちょっと……辛みがききすぎてるか?次作るとしたら弱めた方が良いか……?」
    「「…………」」

    次、とは。
    ゾロとローは動きを止める。
    固まった二人に、サンジは頬をかきながら、言い訳のように言葉を続けた。

    「辛いのおれくらいしか食わねえと思ってたんだけど、お前らも食えるなら次、三人になったときとか、また作ってやろうかな、的な……いらねえ……?」
    「いる」
    「お、おい……」

    返事をためらったゾロだが、ローは二つ返事で頷いた。顔をタオルで拭き、それでも吹き出る汗を鬱陶しそうに払いながら、サンジを見つめる。

    「おれの船でも辛いもんは早々食わねえ。たまに食うとうまいからな、また食いてえ」
    「そ、そうか!わかった、また合流したときな!ヤンニョムチキンの辛さが好きならヤンニョムケジャンとかもいけると思うんだ!」
    「よくわからねえが調べとく」
    「おう!楽しみにしとけ!」

    うれしさ全開で笑ってしまったことがあとから恥ずかしくなったのか、食べ終わったし一服してくる、とサンジが席を立った隙に、ゾロはローへ少しだけ体を寄せた。嫌そうな顔をされるが汗だくなのはお互い様だ。

    「おい。お前耐えられんのかよ。あのアホ、張り切って大量に作るぞ」

    ローはゾロをちらりと見やると、箸を置き、ラッシーを手に取った。中身を飲み、顔に当てる。熱くて仕方がないのだろう。

    「辛いもんは食って慣れねえとどうしようもねえ。回数を重ねねえと……将来のことを考えるなら、今から食えるようになっておいた方がいい」
    「あ!?」

    将来、とは。アレと暮らすということか?
    一瞬にして青筋を破裂させたゾロは、酸辣湯の器を掴み、一気に飲み干した。喉を焼く辛さに肩が強ばるが、味はとてつもなく良いのだ。飲み込むことは苦痛じゃない。
    飲み干したスープの皿をテーブルに叩きつけ、汗と一緒に顎を伝うスープをぬぐう。

    「んなこと気にしなくていい、その役目はおれのだ」
    「はっ、言ってろ」
    「てめえこそ」

    汗だくで、鼻水も止まらなくて、ろくに服も着てなくて。
    そんな状態であるが、二人は至って真面目であった。真面目に一人の激辛好きの男を取り合っていた。

    「悔しいならゾロ屋も、辛いものを食ってやると言えばいいだろう」
    「おれはてめえと違って毎日あいつの飯食ってんだぞ!」
    「自慢か?」
    「ちげえ!起こりうる頻度の問題だ!」

    隙あらば二人で飲む時間を確保しようとしているのだ。その度辛いものを出されてはかなわない。いや、修行にはなるかもしれないが。

    「ふん……」

    ローは顔をしかめるゾロを鼻で笑う。

    「おれは毎日でも食える」
    「……っ!おれだって食える!!」


    「えっ……!」

    「「……あ?」」


    明るく跳ねた声。
    開いた扉。
    青い目をキラキラ輝かせる男が一人。

    「そ、そんなに気に入ってくれたのか……!」
    「「………………………」」

    お前ら……!と感動するサンジにバレぬよう、互いの脇腹を小突きあう。訂正するなら今だろう。大口を叩いたと認めるなら今しかない。
    しかしゾロもローも、自分から言い出すのは癪だった。少しでも見栄を張りたい。実は辛くて毎日は食べられません、なんて言うわけにはいかない。
    せめて先に相手がカミングアウトするまでは。

    「今な、そこでベポとナミさんと会ってさ。海流がおかしいから、しばらく様子見してえって話で」
    「そう、か。で……?」
    「一週間くらいはこの島に停泊することになったんだ。ローのところもそうした方が良いだろうってナミさんが言ってたぜ」

    他のやつらにはベポが伝えに行ったよ、と笑う。

    「毎日でも食いたいって言うほど嵌まったんだな!お前ら!」
    「いや……んんっ……」
    「まだ使ってねえ唐辛子があるんだ!明日は宿で食うのはどうだ?いろいろ試作もしてみたくて……!」
    「…………良いと思うぞ……」

    言えない。
    今さら、こんなにうれしそうな相手に、しばらく食べたくないだなんて口に出来ない。



    その後、ゾロとローは、残った食事を平らげ、大量のバニラアイスを流し込んだ。
    サンジはその間にこにこと上機嫌だった。

    翌日、激辛料理により痛む胃腸を薬と気合いで誤魔化しながら、二人はまた、目の前に並べられた真っ赤な食事と格闘することになる。
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