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    おすし(半額)

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    おすし(半額)

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    いつもの設定。短文。
    雪の降る街で息子が父に言いたいことを言うだけの話。
    イメージは逆雪見イベ。

    いつかの遠日点の君へ「───年」
     さくり、と厚手のブーツの踵が埋まるほどに積もった粉雪を踏みしめる音が止まって、クラトスに背を向けるようにして佇んでいる青年は、ただ一言、されど一言の数字を透明な声色でつぶやいた。
    「さっき宿でカレンダーを見かけて、ふと思ったんだ。もちろん、ちゃんと自分でも覚えてたけど。もうそれだけ経ったよ」
     ロイドは振り向かなかった。街灯の明かりを通した黒い夜空に向かって、まるで独り言のように言葉を続ける姿を、クラトスはじっと見つめてしまった。

     雪国の美しいとされている街並みが一望できる高台で、その景色には目もくれず、ロイドはただ空を眺めているようだ。普段の旅装とは異なり市井に紛れるような厚手の外套の上、首元を彩る彼らしい赤いマフラーが目につく背姿だった。クラトスの目の前にいるのは、世界を救った英雄ではなく────ただの一人息子だ。
     相槌すらも忘れてその声に聴き入っているうちに、その背中と、数歩遅れたところで佇んでいる己との間に白い雪がちらついて、クラトスは誘われるように隣まで歩を進めるに至った。
     ロイドが手袋をした指先で、氷のように冷たい欄干をそっと撫でる。
    「…………それだけ経ったんだ」
     凍りついた石の欄干からぱらぱらと雪がこぼれ落ちていって、音もなく地面に落ちるのと同時に、ロイドの口からは先ほどと同じ言葉が繰り返された。だが、その声色は決して透明ではない。
     クラトスは咄嗟に隣の青年の表情を窺おうとして、やめた。そうするべきではないという予感がした、といえば聞こえはいいが、その実、ロイドの声がほんのわずかに震えていることに気がついてしまい、身動きがとれずに立ち竦んでいただけなのかもしれなかった。

    「前に、父さんが聞いただろ。俺があれからどうしてたのかって。……ずっと、答えられなくて悪かった。ただ、今まで言葉にすることなかったから、どう言えばいいのか悩んでたんだ。わざわざ話すような相手も居なかったから…………ノイシュはずっと一緒だったけど、ほら、俺、未だにあいつの言葉分かんないし」
     だが、そう冗談めかして笑う声を聞いて、いよいよ放っておくことができなくなった。
    「……無理に話してほしいとは思っていない。私は……、お前からはもう十分すぎるほどのものを受け取っている」
    「わかってるよ。ただ俺が言いたくなったんだ。聞いてくれよ、な」

     宿を出てからというもの、ようやくクラトスが初めて声を発したのに比べると、昔よりは落ち着きはあるがやはりロイドは饒舌だ。その贈られる言葉のひとつひとつが、クラトスにとっては救いでもある。これ以上都合の良いことなどどうして望めようか。
     それでもいつもその境界を飛び越えてくるのが、このロイドという青年だった。
     真の意味で世界を救うために己の背を追いかけさせた時とは立場がまるで逆だ、と自嘲する己の影の声に耳を閉ざして、わかった、と一言頷き、クラトスはまた口を閉ざした。

    「結局、わがままを諦めきれなかっただけなんだ」
     ほう、と深呼吸をするように白い息を大きく吐き出してから、ロイドは語り始めた。もう声は震えていない。

    「一人で世界中走り回りながら、事あるごとに考えてた。あんたにもう一度会って、ちゃんと約束を果たした時のこと、俺がもっと強くなったことも、新しい街ができたことも、少しずつだけど普通に暮らしているハーフエルフを見かけるようになったことも、そんな何でもない話がしたかった、ずっと…………ずっと、夜が来るたびにそんなことを思ってた」

     昔よりも目線が近くなった青年は、背筋を伸ばして前を向いたままなお語り続ける。その前髪に雪の粉が乗っていても、クラトスは手を伸ばせずにいる。
    「ずっと、そんな日ばっかりだった。ひとつエクスフィアを回収して、また情報を集めに旅に出て。戦うことも多かったけど……それは苦じゃなかった」
     ここまでロイドの口から語られた内容は、クラトスにとっても想像に易いものだった。決して平坦ではない道を青年が歩んできたであろうことくらいは容易に想像がつく。だが、クラトスが本当に知るべきなのは、それに伴うロイドの心だ。
    「それよりも、より良い世界にするためだって思ってても、俺は全員の味方になれるわけじゃない。俺のことを悪く言われるだけならまだいいさ、恨まれて…………戦う力のない人に本気で殺意を向けられた時が、一番堪えたかな。そうやって全然上手くいかないことも何度もあって、やるせなくて、そのたびに泣きたくなって」
     ロイドの指にぐっと力がこもって、欄干の上に指の跡を残した。
    「そういう日に、星を眺めながら考えるんだ。きっと父さんも同じようなことを数えきれないぐらい経験してきたんだろうって。そのたびにもっと泣きたくなって、でも、結局やめられなかった。俺は自分で思ってるより我儘だったのかもな」

     ロイドの語る“告白”、その隙間に漏れる憧憬に、真綿で首を絞められているような錯覚を得る。
     クラトスの親心は決してこのような道を歩んでほしいと願っていたわけではない。もう己の背を追う必要はなかったはずだった。それでも──この青年は選んでしまったのだ。クラトスにそれを止める権利などあろうはずもなかった。
     あのとき彼を置いて行ったクラトスには。

    「たまに会って話すような知り合いも、ほとんど居なくなって…………一人じゃ、自分がやってることが正しいのかどうか、間違えてないのかどうかも確かめられない。エクスフィアの回収が終わってからだってたくさん考えた。考えても進むしかないんだ」
     クラトスはずっとロイドの手元を見ていたが、言葉が途切れてから不意にその手が滑り落ちて、力なく垂れ下がっていた己の手を取った。青年の手のひらが、おおよそ繋ぐとは言い難いかたちでクラトスの手の甲に覆い被さる。手袋越しにその温度はわからないが、きっと冷え切っていた。
    「俺よりもずっと長生きしてる父さんはすごいよ。俺はその半分も過ごしてないのに、俺は、………………寂しかった」
     そう言って上目がちに笑いかけられたとき、この夜クラトスは初めてロイドの目を見ることになった。その瞳に反射して映っている男は、今ここにいる男は、本当にこの子の父親と呼べるだろうか。クラトスには手を握り返すことしかできない。
    「ずっと声に出したことなかったんだ。なんとなくダメな気がしてさ。でも最近になってようやく素直に認められる気がした。だからかな、聞いてほしくなったのは」
     それでも、この青年が己のことを父と呼ぶ限りは、きっとそうなのだろう。

     ロイドの告白を胸に刻み込んでいたクラトスの沈黙をどう思ったのか、ロイドは瞬きを数度挟んでから拗ねたように唇を尖らせて、
    「言っとくけど、別にあんたに文句を言ってるわけじゃないからな。……このままあの時みたいに俺を置いてさっさとどっか行くなら話は別だけど。なんかさ、思い出すよな、どうしても」
    「……そのようなことをする理由もする気も今は無い。だが……そうだな」
    どこか揶揄うように昔の痛いところを蒸し返されるのを、クラトスはただ甘んじて受け止めるほかなかった。それに、胸を突き刺されるような痛みがあるわけでもない。──なぜなら、今ロイドは笑っているのだから。


     言いたいことを言って満足したのか、あっさりと手が解かれて、肩を並べたままロイドがようやく街並みに目を向ける。街並みではなくその晴れやかな横顔をほんの少し上から見下ろしたクラトスは、なんとなく、────本当になんとなく手が伸びて、彼の頭にわずかに乗った雪を払った。
     何気ない接触にロイドの肩がぴくりと動いて、それからクラトスが用の済んだ左手を下ろしかけたところで、彼はほんの少しだけ首をこちらに傾けて動きを止めた。何か意図を感じる行動にクラトスが咄嗟に考えを巡らせて、……ああ、これは、と思い至った瞬間、クラトスの手を跳ね除けんとする勢いでロイドが振り向いた。
    「い、いや、その、今のは……うわっ」
     しどろもどろになりながら弁明をしようとする青年はさておき、クラトスは先ほどとは違う意図をもって一度は頭を垂れた青年の髪をわしゃわしゃと大きくかき混ぜてやった。なんだよ、と手のひらの下から漏れる抗議の声には、もう先ほどの凍えるような感情の色はない。
     それを認めたとき、クラトスはようやく望んでいた答えを得たのかもしれなかった。
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