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    あおたに。

    十二国記(臥英)メイン。現パロなんかも書いてます。

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    あおたに。

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    8月14日は英章さまの日!ということで、小話です。

    ##臥英

    20220814 ――あら。どうも。おはようございます。これまた随分と珍しいお客様がいらっしゃいましたね。そういえば、前々に聞いておりましたが、そうですか。貴方ですか。ああ、いいえ。これはこちらのお話です。すみませんね、どうぞお気になさらずに。楽にしてください。それで? 今日はいったいどういったご用でしょう? え……? 英章? 英章ですか? それはまたえらく物好きな……って、いえいえこちらの話ですよ。ええ、ええ、そうですね、英章ですね。それならばいくらでも――って、ん? 一つだけでいい? それは惜しい。……ちなみに確認なんですが、これはあとで英章に……、あ、見せない。それならよろしゅうございました。ええ、それで、英章ですね。彼はそう――とても真黒な男です。ええ。黒っていうのは、他の色と混ぜてもずっと黒いままでしょう? 英章はそれはそれは強烈な黒です。いろんな色を取り込んでも、結局、自分の色を守っている。そういう、真黒な男なんですよ。

     ――やあ、おはよう。こうして会うのは久しぶりだな。今日はどうした……って、ん?なんだって? 英章……? 英章のことが知りたいのか? んー、そうだなぁ……。英章は馬にとても詳しいんだ。勿論、馬に乗るのもとても上手だな。普段は騎獣に乗っているが、彼の領地は馬の産地だから、たまに馬で出掛けているのも知っている。ちょうどこの前も子馬を見てきたと言っていたぞ。……ん? 馬を近くで見たがことがない? ならば今度、頼んでみたらどうだ? 英章はあれで優しい男だから、きっと話せば見せてくれるんじゃないだろうか。だめならその時は、私が一緒に頼んでやろう。……ふふ、楽しみだって? うん、そうだな。それでは約束だ。――私も楽しみにしているよ。

     ――おはよう。今日は朝から珍しいお客が来ているのだと下官たちが話していたけれど。どうやら君のことだったんだな。……ん? ああ、緊張しなくていい。お茶でも飲むか? お菓子もあるぞ。王宮は広いから疲れただろう? で――なになに? 英章? ああ、英章について知りたいのか? それは私より――って、ん? ああ、そうか。そういうことなら、うーん……そうだなあ。なにがいいかな? ――ああ、そうだ。英章はとても厳しい男なんだ。人にも自分にも厳しくて、よく周りから誤解されている。でも、本当はとても優しいんだ。優しいから、ついつい厳しくしてしまう……って、少し難しかったかな? ……ん? 大丈夫? まるでお母さんみたいだって? ――っ、いや、なんでもない。なんでもないが……。そのことは絶対、英章には言わない方がいいと思うぞ。え? なんでって? そりゃあ……って、こら、友尚笑うな! そういうお前こそ、英章についてどう思ってるんだ? 

     ――いきなり俺を巻き込んだな。……まあいいが。英章なあ。英章はな、確かにすごく厳しいな。その上すごくきれい好きだ。部屋が汚いとすごーく怒る。怒って怒って――俺は一回、服をはぎ取られたことがある。――え? いったいどれだけ汚したんだって? そうだなぁ。確かにずっと洗ってなかったものだったから……って、なに? やっぱりお母さんみたいだって? お前、それは絶対、英章本人にいっちゃあだめだぞ。なんでって? そりゃあ……おじさんたちも長生きしたいと思っているからさ。

     お礼を言って、走廊に出る。さて、これからどちらに向かえばいいのか、きょろきょろと辺りを見まわしていると、突然背後から声をかけられた。
     ――ああ、いたいた。
     振り向くとにこにこと笑って駆けてくる人がいる。
     ――そろそろ迷子になっているかもしれないからって、台輔に言われて迎えにやって来たんですよ。
     優しく言われて、ほっと息を吐く。確かに言われた道順を辿ってきたが、似たような建物が多すぎて、迷子になりそうになっていたのだ。
     ――ふふ。それで、いい話はたくさん聞けましたか。……ん? 私も英章を知っているかって? ええ、勿論。私も英章を知っていますよ。彼は私の友人ですからね。いいところも悪いところも、たくさん知ってるし、知られていますよ。……え? 聞きたい? んー……そうですねぇ。どんなお話がいいでしょうか。あ、貴方、口元にお菓子が付いていますよ。……ああ、霜元のところで食べてきたんですね。そういえば英章も、ああ見えて甘いものが好きなんですよ。疲れた時に饅頭の一つでも持って行ってやると、文句を言いつつもぺろっと食べてしまいますから。たぶんあれは、頭を使いすぎて糖分がたりてないんでしょうねぇ。……ん? ああ、人は頭を使うと甘いものが食べたくなるんですよ。英章は頭がいい分、いつもいろいろ考えちゃうんでしょうねぇ。だから、彼の書卓の引き出しには、砂糖菓子がこっそり隠されているんですよ……って、え? なんでそんなこと知っているかって? それは――秘密です。英章にも言っちゃだめですよ。私が彼の書卓を覗きこんでいたってばれちゃいますからね。
     クスクスと笑う男が優しく手を引いてくれる。
     ――英章は、そういう、ちょっとしたところがかわいいんですけど。彼はそういうのを隠そうとするんですよねぇ。まあ、多分、仲間内にはばれてるんですけど。
     そういうところも可愛いのだ、と男は言ってまた笑った。
     長い走廊を進んでいき、ひとつ、ふたつと角を曲がって、ようやく見たことのある建物の前にやってくる。――と、そこに。
     ――やあ、お前たち。
     先程まで話題にしていた人物が腰に手を当て立っていた。
     ――あ。
     小さく息を呑めば、つかつかと歩いて近づいてくる。
     ――あら、英章。貴方、どこにもいないと思ったらこんなところにいたんですか。
     ――煩いよ。朝から何やら私のことを嗅ぎまわっている者がいると聞きつけてね。調べていたら、このざまだ。お蔭で朝から仕事にならない。
     つい、と冷たい視線が上から落ちてくる。ひゃ、と思わず首をすくめれば、栗、と優しく名を呼ばれた。恐る恐る目をあければ、ちょうど自分の目の前に、英章様のお顔があった。
    「お前、一体何を聞きまわっていたんだい。知りたいことがあるのなら私に直接聞けばいいだろう」 
     膝をつかれた英章様が優しく頭を撫でてくる。それにきゅうっとこぶしを握ると、手の中で紙がくしゃりと音を立てた。
    「おや、何か書きつけてきたのかい」
     見せてごらん、と言われて慌てて首を振る。
    「見せられないの」
    「どうして?」
    「字――書けないから」
     え、と隣に立つ男が声をあげる。
    「なら、その筆と紙はなんなんです?」
    「台輔が、渡して下さったのだけど……」
     説明する声は徐々に小さくなっていく。
    「僕、六歳になったでしょう? 六歳になったら『一年生』なんだって、台輔が僕に仰って……それで、『夏休みの宿題』だよって、紙と筆を渡されたんです」
     ――それで、貴方の知りたいことを調べてきてください。
     そう言われて、分からぬままに、項梁の上司である英章について調べようと思ったのだという。
    「だって項梁――父さまは、いつも英章様のことを褒めてらっしゃるから……」 
     素晴らしい方だ、自慢の主人だと聞かされて、どんな方かを知りたくなった。勿論、何度か顔を合わせたこともある。話をしてもらったこともある。けれど、だからこそ。
    「もっと、たくさん、英章様のことが知りたかったんだ……」
     素直に告げれば、隣の男が小さく笑った。英章様もため息交じりに淡く笑ってくれている。そういうことか、と微笑まれて、「なら、今日は一日、私の側にいるといいよ」と告げられた。
    「そんなに私が知りたいのなら、お前が直接見ればいい。所詮、他人の評などその者が見ているものにすぎないのだから」
     ――栗は栗の目で、私がどんな人間なのか確かめるのがいいだろう。
    「それ私の近くには項梁がいるからね。父様の働きぶりも観察できるぞ」
     にこりと笑う英章様に、隣の男が何故かひゅっと息を呑んだ。
    「ああ、そうだ。ついでに文字も教えてやろう。どんなことを聞いてきたのか、書いて台輔にお見せするんだろう?」 
    「うん!」 
    「ならば、教えてくれないか? 誰とどんな話をしたのか――それを聞いて、私が見本を書いてやろう」
    「わあ! 英章様、ありがとう!」
     嬉しくなって頭を下げれば、隣の男が「じゃあ、私はこのへんで!」と慌てて走廊を駆けていく。それを見ていると、英章様が、あはは、と楽しげに声をたてた。
     そうして二人で来た道をゆるゆると歩いて行く。
     繋いだ手のひらは、とても優しく、あたたかかった。
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