うかうかしてられねえ道の傍で汗を流しながら熱心にぽつぽつと歩き去る通行人に声を掛ける青年。
坊やは少し、数秒の間その青年を見て、自分の手元を見た。
そんな様子を見てアタシは、疲労困憊の青年に「大口のお客様だぞ」なんて冗句を言いながら三段重ねのアイスを買ったんだったかしら。
「……またちょっと開いて来やがったか」
喉の奥が生臭い、傷は深そうだ。
ぎちぎちと縛る包帯の感触と、じんじんと熱を持つ痛み。誤魔化す為にアルコールを飲み込んでもなお、鼻につくぬめった香りが離れない。
「…ッ、…くそ、」
むかむかと胃に上がってくる不快感はまだまだ慣れない。
「ハハ、でも、無事だった。生き抜いた」
「それだけでいい」
ぜえ、と肺から息を絞り出して這いずるような心地で与えられた自分の部屋へと向かう。
向かう折、廊下の奥に小さい影を見た。
「あぁ…そうだ。坊ちゃん…坊ちゃんは今日は一人だっけ」
傾いた日に横顔を焼かれながら、少し曲がった姿勢をしゃきりと伸ばす。
不思議と気丈に振る舞えるのだから、この少年に与えられた心の余裕というのは計り知れない。
「…坊ちゃん、どうしたの?ごめんね、帰るのが遅くて……」
「…一人で寂しかったかしら」
近くにしゃがみ込んで、小さい頭にぽんと手を置く。
子供らしからぬ凛とした目つきがこちらを見て、不安そうに細められる。
「…クライド、怪我したの?」
子供だからと侮る気はさらさらなく、この子は随分賢い子だと思う。
幼いながら、何処へ行って来たかも、どういう事があったのも、何となく理解しているような面持ちだ。
「……大丈夫よ、ちょっとした擦り傷。すぐ治る」
その言葉を受けて、子供の口はあ、と開けられてすぐきゅっと結ばれてしまった。
本当に、賢い子。
「ちょっと滲みるくらいよ、大丈夫だから」
「……本当に、心配しないで」
泣き出しそうな小さな震えを堪える姿に、思わず背中を摩ってやりそうになる。
でもそれは、きっと正しくはない。
「ありがとうね、坊ちゃん」
余裕を示すようにひらひらと手を振って、自分の部屋のドアをゆっくりと開けて、ゆっくりと閉めた。
「…はァ……」
「本当に、…聡い子よね」
ゆっくりと、寝台の上に腰掛ける。
きっと、自分はあの子の前では嘘は上手につけないのだ。
もしくは、あの子が自分の嘘を見抜くのがいっとう上手いか。
「…もしくは両方か」
どう、と寝台に体を倒してそのまま目を瞑る。
ちゃんと周りが見える、有望な少年だ。
「いつかあの子のこと、ドンって呼ぶ時が来るのかしら」
「……ふふ、はは」
「じゃあ、こんなとこで燻ってるのは違うわね」
身体を締め付ける包帯をぎゅ、と引っ張って、傷をより強く圧迫する。
「少なくとも、そういう日が来るまでは。」