場地と千冬が武道に尻を叩かれるだけの話学校が終わって帰宅しようと歩いていたときだった。
「たけみち!!」
聞き覚えのある迫力ある声に恐る恐ると後ろを振り返る。
今日は集会もなく、アッくん達と遊ぶ予定も無いから久しぶりに寄り道せずに帰宅しようと思っていた俺にとっては最悪とも言えた。
(いったい何の用だろう?)
何かしただろうかと武道が聞くよりも早く、手を握られた。
「え」
「行くぞ」
呆然としている間に俺に理由も告げずに引きずって行かれる。
着いた場所は寂れた団地だった。
子供達が母親に見守られながら公園で砂場遊びしていたり、ブランコに乗ったりして笑顔いっぱいで遊んでいる。
場地くんは俺の手を掴んだまま、公園を通り過ぎてその先にある団地の階段をゆっくりと上がっていく。
一番端の寂れたドア。
隣には『場地』と書かれていた。
ガチャリとドアが開いたかと思うと掴まれていた腕を再び引っ張られる。
部屋に入ったとたんに怖い形相をした場地くんに尻を叩けと言われて一瞬、耳を疑った。
「つべこべ言わずに尻を叩け!じゃねえとボコんぞ!!」
「やります!!やらせていただきます!!」
俺は半ば脅されるかたちでベッドに俯せになった場地くんの尻を叩くことになった。
そろりと壊れものに触れるかのように場地くんの尻に触れる。
何が悲しくて、男の尻を触らないといけないのか、俺は泣きたくなってしまった。
そんな俺の本心など知るはずもない場地くんからもっと強く叩くようにと怒鳴られる。
だんだんとムカムカしてきた俺はさっきよりも勢い良く、手を振り下ろした。
「良いぞ!!その調子だ」
もっとやれと急かしてくる場地の言葉に釣られるように尻を叩く。
だんだんと呼吸が荒くなる場地くん。
一旦ストップを掛けられたかと思うと、場地くんはおもむろにズボンと下着を脱ぎ始めた。
生まれたままの姿になった場地くんの姿を呆然と眺めていると再び尻を叩くように命令される。
「早くやれ」
そうは言われても、さすがにじかに男の尻に触れるのは抵抗がある。
「無理です」
断る俺に場地くんが胸倉を掴んで凄みを利かせて睨み付けてくる。
「やれっていってんだよ」
喉が圧迫されて呼吸が苦しい。
このままだと、殺されかねない。
「わかったか?」
こくこくと頷くとようやく苦しさから開放される。
「ほら、さっさとやれ」
「はい!!」
俺は半ば自棄になって、今度はじかに場地くんの尻に手を振り下ろした。
意外と男の尻って固くないんだな。
くだらないことを考えながら、もう一度手を振り下ろそうとしたとき、ガラリと襖が開く音が聞こえた。
「何してんの、二人とも」
「ははははは」
もはや、笑うしかなかない。
千冬もここの団地に住んでたらしく、良く場地くんの家に遊びに来ているらしい。
だけど、今日はさすがにタイミングが悪すぎる。
ベッドに尻丸出しの場地くんとその尻目掛けて手を振り下ろそうとしている格好の俺。
完全に変態じゃないか!!
どんな罵倒が飛んでくるかびくびくする。
「場地さん、ずるいッスよ!!俺もタケミっちに尻叩かれたい!!」
「お邪魔します」と一言言うと千冬がベッドに手を付いて場地くんと同じく尻を突き出す格好をする。
俺はと言えば、もう何が何だか分からなくなってきてしまった。
カアカアとカラスの鳴き声が聞こえてくる。
良いなぁ、俺もカラスになりてぇ。
「タケミっち!!」
「タケミチ!!」
「はい!!ただいま!!」
再び、部屋の中には尻を叩く音が響き渡った。
翌日、集会が終わり今日こそはまっすぐ帰宅するんだと早々に武蔵神社を後にしようとした武道。
「タケミチ!!」
「タケミっち!!相棒!!」
どうやら、今日も俺に安寧の日々は訪れないらしい。
俺を取り囲むように眼前に立っているため、逃げたくても逃げられない。
俺は項垂れて諦めの意を示した。
逃げる素振りを見せないと分かった途端、千冬が右肩に腕を回してきた。
「いきなりなんだよ」
嫌な予感がした。
千冬が耳元に顔を近づけてくる。
「今日もさ、アレ頼むよ」
「アレって?」
言わなくても理解しろよと頭を軽く叩かれた。
頭を押さえていると場地くんが腕を掴んできた。
「へ」
「ゴキ乗れ。千冬の家行くぞ」
今日は千冬の家が留守らしい。
ヘルメットを渡されて逃げ場が無いことに重い溜め息を吐いたときだった。
「待てよ、場地。たけみっちは俺と帰るんだよ」
まるで、アニメのガキ大将のような登場の仕方でマイキーくんが俺の腕からヘルメットを取り、後ろに放る。
「あぶねえよ、マイキー!!きちんと周り見てから物は投げろよ!!」
放り投げられたヘルメットを驚きもせずに見事にキャッチ出来る三ツ谷くんに俺は感心してしまった。
俺だったら絶対に大げさなリアクションして顔面でヘルメット受け止めてるよ。
「わりいな。たけみっち」
謝罪とともにヘルメットを手渡される。
「三ツ谷、邪魔すんなよ」
「邪魔してんのはどっちだよ。たけみっちは場地達と帰るって言ってんだろ!!なあ、たけみっち」
「はい!!」
完全に千冬の家に行く羽目になってしまったけどなんとか上手くこの場を去るには三ツ谷くんからの質問に頷くしかなかった。
「分かったか?マイキー」
「だったら俺も一緒に帰る!!」
子供のような我が儘を言うマイキーくんに三ツ谷くんが呆れたような顔をする。
そのとき、それまでバイクに跨がったまま、無言を貫いていた場地くんが口を開いた。
「お前、テレビゲームとか好きじゃねえだろ」
「たけみっち一緒なら平気だもん」
何がなんでも譲らないマイキーくんに場地くんが溜め息を吐いて、ゆっくりとバイクから降りて、がしりとマイキーくんの肩に腕を回す。
俺達三人から少し離れた距離へとマイキーくんを連れて行ってしまった。
(何話してんだろ?)
数分もしないうちに戻ってきたかと思うと、マイキーくんが真剣な顔を俺に向けてきた。
「たけみっち」
「は、はい!!」
集会のときのようなハリのある声で俺を呼ぶマイキーくんにまるで兵隊のように規則正しくピシッと背筋が伸びてしまう。
「場地話は聞いたぜ」
「はい」
「俺もたけみっちに尻叩かれ・・もごもご・・」
慌ててマイキーくんの口を腕で押さえる。
振り返ると先程まで一緒に居た三ツ谷くんの姿が無かった。ですが
なんとか三ツ谷くんには聞かれないですんだけど、いつの間にか、目の前にマイキーくんであるバブに跨がったマイキーくんに助手席に乗るように促してくる。
ここで断わったら、何を口走られるか分かったもんじゃない。
「たけみっち?」
俺はマイキーくんからヘルメットを受けとり、彼の背中に腕を回した。
「よし、行くか」
「ウッス!!」
それぞれがエンジン音を吹かす。
マイキーくんが前屈みになり、俺は振り落とされないように必死に彼の腰に腕を回した。
場地くんを筆頭にして、それぞれがバイクを目的地へ向けて走らせた。