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    卒業後偶然再会したラギー・ブッチと利害一致の同居から『結婚』に至る話
    ※女監督生 基本ユウ呼び ラギユウ
    ※盛大な未来捏造

    ↓これの続きでっす
    https://poipiku.com/797100/4470245.html

    ##新婚ごっこラギ監

    共同生活 ラギーと生活するにあたって、いくつかルールを定めた。
     一つ、互いの部屋(テリトリー)には勝手に入らないこと。
     一つ、ユウが仕事を探している間、家事はユウ主導で行うこと。
     一つ、譲れない意見や改善してほしい不満は都度きちんと伝えること。相手も最後まで言い分を聞き入れること。
     他にも備蓄品の置き場、掃除の仕方、買い物の方法まで、事前に細かなすり合わせを行った。自分たちの習慣を余すところなく挙げて、二人どちらも生活しやすいような新しいやり方を決めていく。どれも至極当たり前の、改めて口に出すまでもないルールだったけれど、はっきりさせておくことで無用なトラブルは防げる――そう提案したのはラギーの方だった。
     学生時代の寮暮らしでは自分たちよりも先にルールが存在し、ただそれに従っていればよかった。けれどこれからは自分たちがルール。自由でこそあるが、それ故に些細なすれ違いや不満が生活を瓦解させかねない。狭いスラムの家で他者と身を寄せ合って暮らした経験から得た教訓だと、ラギーは語った。
     ユウは特に反論することもなく頷いた。寮暮らしとはいえ、オンボロ寮は所詮グリムと二人暮らし。こと共同生活に関してはラギーに一日の長がある。彼の言い分は納得できるものだったし、逆に学ぶことも多かった。

     学園長にはなんと説明しようかと頭の痛かったユウだが――曲がりなりにも後見人になっている女の子が、元先輩と再会したその日に婚約したなんて言ったら普通は卒倒ものだろう――、素直に「ラギーと住むことになった」と告げると、ディア・クロウリーはあっさりと納得して、むしろホッとしたとでも言わんばかりの満面の笑みで祝福してくれた。
    「ブッチくんが一緒なら安心ですねぇ! 彼なら上手くやるでしょう。あなたも旧知の仲なら扱いやすいのではないですか?」
    「扱いやすいって……確かにラギー先輩はハイエナの獣人属で耳や尻尾が生えてたりしますけど、ペットじゃないんですから」
    「おや、違ったんですか?」
     ユウを猛獣使いと最初に評した彼は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。

     ユウの行く末を心配してくれていたエースやデュース、ジャックたちにも事情はひと通り説明した。偽装とはいえ婚約を交わしたことは伏せ、このあたりに住んでいるという場所まで伝えると
    「え? その辺、ラギー先輩の職場からずいぶん遠くないか?」
    「先輩、通勤は箒だから、離れててもいいんだって」
    「へぇー。いいなぁ」
    「許可がない飛行術の使用は禁止のはずだけど……ブッチ先輩のことだから抜かりなく申請出してるんだろうな」
    「うん。そう言ってた」
    「っつか、監督生も隅に置けねーよな~。いつからなんだよ、もしかして、卒業前から付き合ってたわけ?」
    「え? 付き合ってないよ?」
    「はぁ!?」
     エースが椅子を蹴飛ばしそうな勢いで立ち上がった。ぎょっと目を剥いて後退るエースに訝しげな視線を向け、ユウは言葉を重ねる。
    「言ったじゃん、ただのルームシェア。忙しい先輩の家事を請け負う代わりに、地に足がつくまで住まわしてもらうの」
    「え…うそ……それマジで言ってんの…? だ、だって男女が一緒に住むとか、そういうことじゃねーの!?」
    「エースの下衆」
     ぴしゃりと叩きつけられ、エースはしゅんと項垂れた。未だにぶつぶつこぼしながら椅子に戻るエースを睨みつけ、ユウはふんと鼻を鳴らした。
    「ラギー先輩がどんな人か知ってるでしょ? エースみたいにそういう下心とかないから。家賃節約のためで、利害が一致したから一緒に住むの! ……第一、部屋も違うし、先輩忙しいからそんな暇ないよ」
    「そうだな。今注目の期待の新星、泥棒(シーフ)の称号を欲しいままにする優秀な選手だって、こないだテレビで見たぞ。そんなブッチ先輩に気に入られて一緒に住むなんてすごいじゃないか、監督生」
    「だから、気に入られたとかそんなんじゃないってば!」
     デュースににっこりと微笑まれ、ユウは声を荒げて訂正する。しかしその隣からジャックも身を乗り出して、珍しく淡い笑みさえ浮かべて頷いた。
    「いや、ラギー先輩に認められたのは誇っていいと思うぞ。お前にアスリート生活を任せてもいいと思えるくらいの生活力があるってことだろ。あの先輩にそこまでさせるなんて、すげーな、お前」
    「そ……そうかな」
    「ああ」
     ジャックが力強く頷く。滅多に他人を褒めない彼に真っ直ぐな賛美を向けられるといささか気持ちが浮ついたのも事実で、ユウはふにゃふにゃと口元が緩むのを止められなかった。
     和やかな輪の中、一人納得のいかない顔をしたエースが、ぶすくれた顔でアイスティーを呷った。


    * * *


     ルームシェア生活は滞りなくスタートし、あっという間に一週間が過ぎた。
     この一週間でわかったのは、ラギーが予想以上の多忙を極めている、ということだった。
     朝は日が昇らない内から朝練に精を出し、一日仕事をこなして、夜も自分の練習や試合や、時には観戦や指導も行って、家に戻ってくるのは夕食にも遅い時間だ。これでは確かに家事までこなすのは難しい。
     ユウは毎日ラギーに合わせて寝起きし、お弁当の準備から掃除、洗濯、シャツのアイロン掛けまであらゆる家事を請け負った。聞いていたスケジュールから予測し、初日に三食分の弁当を手渡すと、ラギーは目を丸くして
    「…正直ここまでやってくれるとは思わなかったッス。ありがと。でも朝と晩くらいは家で食べたいんで、明日からは昼飯だけお願いするッス」
    と笑った。
     曲がりなりにも養ってもらっている形になっているのだから当然だろうとユウはなんでもない風に装って見せたが、内心ではガッツポーズを決めていたりした。事前にアスリート向けの食事や生活スタイルを学んだ甲斐あってか戸惑うことも少なく、二人の生活は好スタートを切った。

     家事の合間に仕事も探して回った。この地域の求人は、ネットに載る前にはけてしまうことがほとんどだと言う。だから自分の足で町を練り歩いて探すより他なかった。土地勘のないユウはラギーにきつく言い含められた危険な裏通りに入らないようにだけ気を付けて、探検気分で歩き回るのがひそかな楽しみになっていた。

     そして、夜。
     入浴を済ませ、髪をタオルで拭きながらソファでくつろぐラギーに、ユウは家事の手を止めて、タイミングを見計らって近寄った。
    「先輩、今日もお願いします!」
    「ん」
     差し出されたラギーの手に、大きさもさまざまな紙束を乗せる。今日集めて回った求人情報の紙だった。
     大通りの有名店から路地裏の個人商店まで、いろんな店が名を連ねていた。だが一見堅気の仕事に見えても、実際は職場や仕事内容が危険なものもある。だからこうして、集めて回った求人をラギーに精査してもらっているのだ。
     ラギーの手がペラペラと紙束をめくる。一枚、二枚と、ソファの上に裏返しになった紙が積み上がっていく。ユウはそれを隣に腰掛けて、緊張した面持ちで見守っていた。
     最後までめくり終えたラギーが、ふぅと小さくため息をついて、おもむろに口を開いた。
    「ん-、今日もオススメできる職場はないッスねぇ」
    「……そう、ですか」
     本日も成果なし。しゅんと項垂れるユウを見下ろし、ラギーは苦笑して小さな頭を撫でた。
    「まぁ、気長に探したらいいんじゃないッスか? ユウくん家事ちゃんとやってくれてるし、別に追い出したりしないッスよ」
    「うぅ……」
     追い出したりしない、と、ラギーは事あるごとにそう念を押してくれる。だがしかし、さすがにいつまでも無職ではこちらが落ち着かない。優しい言葉を掛けられる度に、焦りだけが降り積もっていく。
     ラギーとは対等でいたいのだ。代わりに家事をこなしてはいるが、それだけは足りない。いくら多忙とはいえ、ラギーはやろうと思えば家事だって難なくこなしてみせるだろう。それなのに、ユウを家に置いて何くれと目をかけてくれている。その恩にどうしても報いたかった。
     膝の上でぎゅっと拳を握る。そして意を決して、ユウは濡れた髪を拭くラギーの方へずいっと身を乗り出した
    「……先輩、あの!」
    「ん?」
    「…………ま、マッサージとか、どうですかっ?」
     消え入りそうな声を精一杯張り、ユウはラギーの顔を見上げた。突然の申し出に目を瞬かせるラギーが何事かを問う前に、矢継ぎ早に言葉を重ねた。
    「が、学生の時、エースやデュースが運動部だったので、何度かやってあげてて、そのっ……二人にはわりと褒められてたので、結構自信あります! ……先輩はプロチームだから、専属のマッサージ師さんとかいるかもしれません、けど……」
    「いやいや、ただの企業チームにそんなのいるわけないでしょ。助かるなぁ。お願いしてもいいッスか?」
     ラギーがにこにこと破顔して、ユウの顔を覗き込んだ。沈みかけていたユウの表情がぱあっと晴れる。いそいそと紙束をよけたユウはソファの上を指差して言った。
    「えっと、じゃあここに横になってもらってもいいですか?」
    「はぁい」
     ラギーがおとなしくうつ伏せに寝そべる。タオルを被ったままのハイエナ耳がぱたぱたと上下し、短い尻尾がぽてんと足の間に収まる。ユウはラギーの側で膝立ちになり筋の浮いた足首にそっと指を添えて、ぴんと立ち上がった耳に声をかけた。
    「足からやっていきますね。痛かったら言ってください」
    「りょーかい。よろしくお願いするッス」
     ぴるるっと耳も震えて返事をする。ユウは両手でラギーのふくらはぎを挟み込み、ゆっくりと力を入れながら上に滑らせた。
     ラギーは全体的に痩せ型だ。本格的にスポーツの世界に足を踏み入れた一年を経てもその印象は変わらず、背丈こそエースやデュースと同じくらいだが、体格は二人の方がいいのではすら思っていた。でも、こうして実際に触れると、その認識は間違いだったと思い知る。薄い皮膚の下にある筋肉の厚みは、ユウには持ちえない男性特有のものだった。
     速まる鼓動を無視して無心にふくらはぎを解す。血流が良くなってきたらしく熱を持ち始めたそこをぐいと一際強く押すと、不意にラギーの背が仰け反った。
    「あ~……ホントに上手いッスね、ユウくん。気持ちいいッスよ」
    「そ、そうですか! ありがとうございます」
     急に声をかけられてどきりと心臓が跳ねた。気を取り直し、もう片方の足もほぐしていく。溜まった疲れが伝わってくるほど張った筋肉をゆっくりゆっくり指の腹で撫でる。
     太ももに触れるのはさすがに遠慮して、膝裏を流すだけに留めた。足首も回して仕上げをした後、ユウは一旦手を離してラギーの後頭部を見やった。
    「あの……背中とかも、やっていいですか?」
    「いいんスか? じゃ、お願い」
     了承の返事に合わせ、ハイエナ耳がぴこぴこと動いた。心地よさそうにぱたぱたと寝そべるのを見て、押し売りになっていないことに胸を撫で下ろす。ずりずりと膝立ちのまま横に移動して、どこからやろうかと手を添えつつ、ユウは仕方なしに立ち上がった。
    「ちょっと上失礼しますね……っと」
     ひょいとラギーの身体を跨いで、腹のあたりを挟んで膝立ちになる。座面の狭いソファの上でバランスを取って、薄いシャツの下にある凝りを体重をかけた親指で押す。存外広い背中はほぐしがいがあって、ユウは夢中になってラギーの背中をもみほぐしていった。
     ラギーは心地よさそうに目を閉じて、組んだ腕の上で横向きに寝ていた。ふとその瞼がわずかに持ち上がり、眠たげな垂れ目が肩越しにユウを見つめる。マッサージに集中していたユウが視線に気づいて顔をあげると、ぱちりと目が合った青灰色がわずかに細められた。
    「――ん、もういいッスよ。だいぶ楽になったッス。ありがと」
     眠気を帯びた声がそう告げて、ユウはラギーの上から退いた。緩慢に身を起こしたラギーが大きく伸びをして、こきこきと首を鳴らしながら笑った。
    「いや~ホント気持ち良くってうっかり寝ちまうとこだったッス。サンキューユウくん」
    「気に入っていただけて良かったです」
    「また疲れたらお願いしてもいい?」
    「もちろんです!」
    「シシッ、やった。じゃあオレはもう寝るんで、ユウくんも早く寝るんスよ」
     おやすみ、と一言残し、ラギーはひらひらと手を振って自室へ戻っていった。
     ユウは洗い物を片づけにキッチンへ向かいながら手のひらに目を落とす。触れた固い筋肉の感触がまだはっきりと残っていて、心臓がおかしな感じにざわついた気がした。


    * * *


     ルームシェアを始めて十日目の、深夜。
     ユウは重くなる瞼を必死に持ち上げながら、暗い部屋の中で唯一光っているテレビ画面をぼんやりと眺めていた。一向にランプのつく気配のないスマホを取り出しては伏せてを定期的に繰り返しているせいで、内容はまったくもって頭に入ってこなかった。もともと眠らないようにと気休めで流していたものだ。最初からさして真剣に見ているわけでもなかったから、構いはしなかった。
     ソファの上に小さくなって、クッションを抱いた腕にぎゅうと力をこめる。鼻先をうずめると自分じゃない匂いが微かに鼻腔をくすぐって、胸の奥で何かが小さく音を立てた。
     今日は帰りが遅くなるから先に休んでいるようにと、朝家を出る前のラギーに告げられた。夜の練習の後そのまま歓迎会があるらしい。楽しんできてとにこやかに送り出し、いつも通りのルーティンをこなして、落ち着いたのが夕方。普段より幾分か丁寧な掃除と自分だけの簡単な夜ご飯を済ませた後、久々に手持ち無沙汰になった時間を持て余してしまっていた。
     本日の求人探しも空振りに終わったし、明日のお弁当の準備も終わってしまった。普段ならばラギーはこまめに連絡をくれるのだが、今日はそれもない。しんとした部屋に一人でいると、途方もなく寂しい空気に圧し潰されてしまいそうだった。
     たまらずテレビをつけて適当にチャンネルを回した。バラエティ番組の笑い声に少しだけほっとして、クッションを掴んでソファに腰かける。ユウが座るよりもラギーが座っていることの多いソファのクッションからは、ほのかにユウのものではないお日様の香りがした。
     ラギーは優しかった。それこそ、学生時代の小狡い印象を覆すほどに。元々世渡りが上手く敵対していない相手には気を遣える人物だと知ってはいたが、正直ここまでよくしてもらえるとは思っていなかった。働かざるもの食うべからず。ナイトレブンカレッジで嫌というほど思い知ったこの世の理。それに誰よりも忠実だと思っていた先輩は、しかしそれを他者に強要してくることはなかった。
     バラエティ番組が終わり、週末恒例の映画番組が始まる。今日は数年前それなりに流行ったアクション映画らしい。エースが絶賛していたのをよく覚えている。冒頭の激しいカーチェイスに視界がちかちかと明滅する。派手な画面を見つめる空っぽの頭に、急にぷかりと浮いた疑念が滑り込んできた。
     自分は、ここにいてもいいのだろうか。最近ずっと、いや、以前からそんな不安がついて回っていた。自分は元々この世界の住人ではない。そして、ラギーにも学園長にも、ユウを養う義務は無いのだ。今ここにいられるのも彼らの厚意に甘えているだけで、いつまでもこうしてなんていられない。少しでも彼らの役に立って、一人で生きていけるようにならないと。
     テレビの中の場面が切り替わる。『君は何を望む?』と問われた主人公が固く息を呑んで口を開く。その答えが何だったのか、ユウの耳には届かなかった。
     『君は何を望む?』、その言葉だけが頭の中をぐるぐる回る。望み。それは今も変わらずに、元の世界に帰ることだ。けれどそれは叶わず、自分はこうして小さなアパートの一室にいる。同校出身のよしみで手を差し伸べてくれた先輩の厚意に甘え、家事手伝いの身に甘んじて。
     申し訳ないと思った。役に立ちたいと強く願った。けれど焦れば焦るほど時間だけが過ぎていって、不確かな関係がよりいっそう重くのしかかってきた。自分は彼の、ただのルームシェア相手なのだ。恋人でも、家族でもない。期間限定の居候で、本来であれば甘えてはいけない間柄だ。
     眠い目を擦る。頼りきりなのだから、せめて、せめて家主が帰ってくるまで起きていなくては。そう意識の片隅で叫びながら、徐々に徐々に重たい瞼は落ちて、鼓膜を叩く音は遠く、視界の明滅も暗くなっていった。


    * * *


     カチャカチャと金属や陶器が触れ合う音が微かに鼓膜を揺らす。同時にふわりと焼きたてのパンと紅茶の匂いが鼻腔を擽る。目まぐるしい日々の中で懐かしさすら覚える穏やかな朝の音色に、ユウは緩慢に瞼を押し上げた。
     視界の真ん中に、黒くて四角い輪郭が浮かび上がった。とっくに沈黙した黒い画面をぼんやりと眺めながら、硬いひじ掛けから頭を起こす。ぼさついた頭に手をやるとばさりと身体の上から何かが落ちて、それがラギーのブランケットであることに気が付いた瞬間、霞んでいた頭が一気に覚醒した。
    「っ!!???」
    「お、起きたッスか? はよーッス、ユウくん」
     間延びした声に勢いよく振り返る。慣れない場所で就寝したせいで硬くなった身体が悲鳴を上げたがそんなのはお構いなしに、ユウはソファから転がり落ちるように立ち上がった。
    「らっラギー先輩!? ご、ごめんなさい私っ…!」
    「ああいいッスよ。今日オレ休みなんで、たまには朝飯くらい作らせてよ」
     ラギーがにっと笑って手元のフライパンを揺らす。くるんと綺麗に返ったフレンチトーストがじゅうと美味しそうな音を立てた。
    「……悪かったッスね。昨日」
    「え?」
    「起きて待っててくれたんでしょ。もー、遅くなるから先に寝ててって言ったじゃないスか」
    「で、でも……」
     ユウはもごもごと口の中で言い訳をこぼす。抱えている負い目を素直に口にするのは憚られた。そんなことを言えば、ラギーはきっと気にしてしまうだろう。
     俯くユウを不思議そうに眺めて、ラギーは手元のフライパンに視線を戻した。
    「いつも待っててくれるからまさかと思ったけど、ソファで寝てんだもんなぁ。風邪引いてないッスか?」
    「ぜ、全然! 私丈夫なので!」
     隙間風吹きすさぶオンボロ寮で過ごした身だ。もう多少のことでは動じない。昨日は特に過ごしやすい気温だったし、ブランケットも掛けてもらっていた。ユウは両手でブランケットを抱え、ラギーに向かって頭を下げた。
    「あっあの! ブランケット、ありがとうございました…こ、これ」
    「ああ、あとで戻しに行くんで置いといて」
    「いえっ私が使っちゃったんで洗濯しますね! 先輩こそ、昨日は大丈夫でしたか?」
    「あー、結局明け方まで付き合わされたんで、実は帰ってきたのちょっと前なんスよね」
    「えっ」
     ユウは改めてまじまじとラギーの顔を覗き込んだ。そういえば眦がいつもより下がっている気がする。慌ててブランケットを置いたユウは、キッチンに飛び込んでフライパンに手を伸ばした。
    「だ、ダメじゃないですか寝ないと! 先輩は休むのもお仕事なんですよ?」
    「いやぁ逆に目冴えちゃってさぁ。これ食べたらちょっと寝るから、たまにはユウくんと一緒にゆっくり飯食わしてよ」
     ね?と微笑まれ、ユウは行き場のなくなった手をゆっくりとひっこめた。ラギーが平気だというのなら、無理強いをする権利は自分にはない。すごすごとおとなしく後退り、ラギーがトーストを返すのを横目に、食器棚から皿を出し始めることにした。

     いつもよりも豪華な朝食が並ぶテーブルを挟んで、向かい合って腰かける。せっかちなラギーはいつも掻きこむようにして出て行ってしまうから、こうしてゆっくり顔を合わせるのは久々な気がした。
     綺麗な焦げ目のついたフレンチトーストを口に運ぶ。卵と砂糖の染みた優しい甘みが広がって、無意識に頬が緩んだ。
    「一日お休みなんて珍しいですね。いつもはお休みでも練習だって朝早くから出るのに」
    「さすがに昨日の今日ッスからね~。それに、たまにはこうして丸一日休みがねーと、なーんもできないしさ」
     ラギーがにぱっと笑う。ユウは頷いて、自分のサラダを口に運んだ。
    「ユウくんの今日の予定は?」
    「私はいつも通り家事が終わったら街に…ひと通り回ったので次どこにするかは決めてないんですけど」
    「あ、そういや、昨日はなんかいいのあった?」
    「いえ、昨日は一枚も……求人って早々入れ替わったりしませんしね。難しいです」
     ユウはあははと乾いた笑いを漏らす。そのままふぅとため息に変わったそれを見て、ラギーがカチャンとフォークを置いた。
    「…ユウくん、今日、ユウくんもお休みにしてくんないスか?」
    「え?」
    「せっかくオレ一日いるんで、今日は二人でゆっくりしよ」
    「え、で、でも……」
    「ああ、午前中はちょっと寝るけど、その間に家のことお願いしたいッス」
    「そ、それはもちろん」
     ラギーの言葉に頷きながら、でもとユウは言い募る。
     養ってもらっている身で、休みなんていいのだろうか。昨日なかったものも今日はあるかもしれないのに。
     逡巡するユウを眺めながら、ラギーはふっと苦笑して口を開いた。
    「――ユウくん、アンタにぴったりの仕事、教えてやりましょーか?」
    「え、なんですかなんですかっ? 今まで持ってきた中にありました?」
     ぱっと顔を輝かせたユウが身を乗り出す。
     ラギーはもったいぶるようににっこりと笑って、ゆっくりと口を開いた。
    「ユウくん、専業主婦になったらいいんスよ」
    「…………せんぎょー、しゅふ」
     ユウはラギーの言葉を復唱する。
    「……ええっと、つまり?」
    「うーん、まぁ、単刀直入に言うと――ユウくん、オレと本当に結婚してくれる気、ないッスか?」
    「……うぇええええ!?」
     ユウが椅子から転げ落ちそうな勢いでのけ反った。対してラギーはあっけらかんとした様子で、ウインナーを口に放り込んだ。。
    「正直結構助かってるんスよね。洗濯も掃除も完璧だし、食費だって抑えてくれてるし。それに、アンタが働きだしたらオレ分担できる気しないッス」
    「い、いや、分担って言うか、ラギー先輩が忙しいのはわかってるので、家事はこれからも私が全部やるつもりだったんですけど…」
    「そういうわけにはいかないでしょーが」
     むっと眉根を寄せたラギーが、持ち上げたフォークでユウをつつく。サラダを頬張る彼を見つめ、ユウはテーブルの端をぎゅっと握った。
    「で、でも、結婚って……ラギー先輩、私なんかでいいんですか…?」
    「逆に何がダメなんスか」
    「私、魔法も使えないし、仕事も見つからないし、異世界出身だし……本当に、取り柄がないというか、先輩にメリットが」
    「だーかーら、家事やってくれりゃいいって言ってんでしょーが。この世界でも魔法が使えないやつはごまんといるし、仕事が見つかんないのはアンタにおススメできる安全な仕事がないからッスよ」
    「別に安全じゃなくても」
    「まァたそんな。アンタに何かあったら困るんスよ、オレが」
     ドキリと、心臓が跳ねた。不意に発せられた言葉が、胸の内で反響する。ユウが危ない目に遭ったら、どうしてラギーが困るのか。咄嗟に答えが見つからず、ユウの喉がごくりと鳴った。
    「………え、と、何で、先輩が…?」
    「アンタに危ない仕事紹介したって知れたら、学園長や他の連中になんて言われるか…考えただけで恐ろしいッス」
    「あ、そういう……」
     あっさりと明かされた真意に、思わず苦笑いがこぼれた。よかった、ラギーはラギーだった。ほっと胸を撫で下ろし、先ほど感じた予感は勘違いとラベルを貼って、思考の向こう側に放り投げておいた。
    「でも、結婚までしなくても……」
    「専業主婦って肩書があれば、ユウくん無理に仕事探さなくていいじゃないスか。それに、ここには元々そういう条件で住んでるし……ユウくんも覚えてるでしょ、二年以内に結婚しないと追い出されるって規約」
    「もちろんです。だからそれまでに仕事決めて貯金しないとって」
    「結婚しちゃったら出てく必要ないじゃん。会社から手当も出るし、いいこと尽くめッス」
    「…なる、ほど」
     そっちが本命か。口元を吊り上げたラギーの含み笑いを見て、ユウはようやく彼の意図に気がついた。
     これだから、ラギーは信用出来るのだ。単純明快、明朗会計。彼の基準は損得勘定のみで、あやふやな感情が入る余地が一切ない。いっそ清々しいほどにマドルに忠実だ。
    「相手がいるなら無理にとは言わないけど、今いないんスよね? そういう人」
    「幸いなことにいませんね」
    「……オレが言うのもなんだけど、男子校の紅一点なのに寂しい話ッスね」
    「余計なお世話ですっ」
     ぷっと頬を膨らませながら、フレンチトーストの最後のひとつにフォークを突き立てた。かぶりつくユウに「ごめんごめん」と中身のない謝罪を述べ、ラギーは頬杖を付いて表情を緩めた。
    「…ホントはもっと早く言うつもりだったんスけどね。それこそ、最初にこうするって決めた時から。でもいきなり結婚って言ったってユウくんも嫌だろうしって、お試し期間のつもりだったんスよ」
    「……試用期間、結果はいかがでしたか?」
    「そりゃあもう上々ッス! 正直なところ、本当に予想以上だったッスよ」
     手放しに褒められるのは少しこそばゆかったが、ユウは素直に賛辞を受け入れ小さく笑った。ラギーは満足気に掠れた笑い声を漏らして、指先を布巾で拭った。
    「周りに言いふらさなきゃ今までと同じ。嫌になったらリコンしたらいいんスよ。ちょーっとめんどくさい雇用契約って感じじゃないッスか? 契約はアズールくんの領分だけどさ」
     軽く考えすぎな気もするが、ラギーの言い分には納得出来る部分もある。ユウが軽く顎に手を当てるのを見て、ラギーは最後のひと押しとばかりにずいっと身を乗り出した。
    「給料はたくさん出してやれねーけど、衣食住の必要分なら保証してあげるッスよ。どう?」
     ユウの眼前に、ラギーの右手が差し出される。一瞬だけその後の対処を考えて――ユウは迷いなく、その手を握り返した。こちらこそ断る理由がない。願ったり叶ったりな申し出だった。
    「そういうことなら、契約します」
    「『結婚』ッスよ、ユウくん」
    「え、あ、はい、そう…ですね」
     けっこん、と、口の中で呟く。
     自分にはまだ縁遠いものだと思っていた。誰かと恋に落ちたその先に待っているもので、ぼんやりと想像していた結末とはまるで違った。
     でも、これでいいと思えた。ドラマや漫画の中では結婚がゴールだったけれど、現実はこれから始まるのだ。世の中にひとつくらい、こんな結婚があったっていいだろう。
    「不束者ですが、よろしくお願いします」
    「こちらこそ、よろしくユウくん」
     握った右手に力を込める。
     ほんの少しだけ、熱が灯ったような気がした。
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