寒い夜にお膝抱っこでいちゃつくラギ監ちゃん 月のない夜だった。澄んだ夜空のあちこちに散りばめられた星々が思い思いに光を放ち、風ひとつない静かな夜だった。
今日なら占星術の課題にぴったりだったのにと独り言ちながらラギーはソファに投げだした右手に目を落とす。震えたスマホの通知を開いて短くまとめられた明日の指示を読み、心の中でへぇと感嘆の声を漏らす。あの朴念仁な寮長も久々に申し出た世話係の休みを邪魔をするつもりはないらしい。意外だ。まぁ邪魔をされても今日は従う気など毛頭なかったが。
簡潔に了承の返事を打ち返していると、膝の上のぬくもりがおもむろにもぞりと身じろいだ。
「ん…んぅ……」
「…あれあれ? もうおねむッスか? 監督生くん」
からかい交じりの声をかけ、ごつんと額を突き合わせる。みゃっと子猫のような声をあげた恋人は、半分閉じかかった瞼を懸命に押し上げふるふると首を振った。
「ねむ…く、ないです。だって今日、先輩と会うの、久しぶりなのに…」
後半になるにつれ拗ねた唇が尖る。子供のように頬を膨らませる監督生を見て、思わずふっと笑みがこぼれた。
監督生の言う通り、久しぶりの逢瀬だった。多忙な学生の身に加え、バイトやレオナの世話に明け暮れるラギーにとって、こうしてゆっくり座る時間を作るのは容易なことではない。合間合間に顔を見に来てはいたものの、後の用事に急き立てられずソファに背中を預けられる時間は本当に久しぶりのことだった。
身じろいだせいでずり落ちたブランケットをかけなおしてやる。昨日まで半袖で過ごしていたのに、今日からいきなり冬になったみたいに気温が落ち込んでいた。暖炉の準備はまだいいかとのんびりしていたせいでオンボロ寮の談話室は震えるほど寒く、手っ取り早い暖房器具と言えばお互いの体温しかなかったのである。
向き合ってもたれかかってくる監督生からとくんとくんと穏やかな鼓動が伝わってくる。規則的な振動に眠気を覚えつつ背中を撫でていると、ふと監督生が低い恨み言をこぼした。
「…先輩があったかいのが悪いです」
「は~? 昨日夜更かしして小テストの一夜漬けした方が悪いでしょ」
「ふぎゃっ」
膨らんだ頬を左手で摘まむ。餅のように伸びるそれをふにふにと揉むと、目を細めた監督生が唇を引き結んで「うーっ」と唸った。嫌がりつつも膝の上から逃げないのは、手放しがたい温かさのためか、それとも。
ラギーは監督生を仰向かせ、引き結ばれた唇を塞いだ。一文字に閉じられた柔らかい感触を食みながら、返事を打ち終わり用済みになったスマホをソファの上に伏せる。ようやく空になった右手でブランケットごと監督生を抱き寄せて、全身で久方ぶりの恋人の体温を受け止めた。
「ん、んっ、んんんっ」
口を塞がれた監督生が鼻にかかった抗議の声を上げる。胸板を叩いていた手が次第に弱々しくなり、やがてきゅっと指先でラギーのシャツを握った。
くちづけが深くなる。重ね合った鼓動が徐々に速まり、やっとラギーが唇を解放する頃には、監督生はすっかりラギーの膝の上で震えるだけの子猫のようになっていた。
「……ラギー、先、輩」
「…………ん」
ラギーは黙ってマジカルペンを取り出した。そしてそれを振る前に、もう一度監督生に口づけを落とした。
「…寒い時は、人肌が一番なんスよ」
「…………………」
なんだそれはという監督生の抗議の視線ごと飲み込んで、ラギーは勢いよくマジカルペンを振り、談話室の明かりを消した。