檸檬の記憶 隣に住んでいるガーデニングが好きなジョンお爺さん。ただ一人。一人だけだった。僕のレモネードスタンドでレモネードを買ってくれたのは。
夏休みに社会授業の一貫として僕は自宅の前でレモネードスタンドを設けた。パパの教えだった。湖水地方のウィンダミアにある自宅の前は人通りが少なく、僕のお店の前を通過したのはまだら模様の野良猫だけだった。
鋭い日差しの下で僕と同じくらいにレモネードが入ったピッチャーは汗をかいていた。ママが用意してくれた氷が溶けてレモネードは嵩を増していき、さらに僕を焦らせた。僕はレモネードスタンドのテーブルの上でお爺さんからもらった一枚のコインをくるくる回していた。ウィンダミアがある湖水地方は観光ツアーでマグルがよく訪れる場所なのにその日に限ってまったく人の姿を見なかった。じっと見ていた地面に黒い影が見えて、僕は顔を起こした。黒い髪の同い年くらいの少年がいた。僕の目が合うと逃げようとする彼を慌てて止めた。
「待って!レモネードいらない?」
僕が声をかけると彼は足を止めた。見たことがない子だった。観光客だろうか。
「こんな暑い日なんだもの。君だって喉渇いてるよね?」
「たしかに喉は渇いてるけど」
彼はまだ訝しげな顔をしながら僕の方に戻ってきた。僕はコップにレモネードを注ぎ差し出した。ようやく二人目のお客さんだった。レモネードを飲む前にまじまじと僕の顔を見つめた。太陽の下で新緑のような色をした彼の瞳は美しかった。
「なあに?」
「人間じゃないかと思った」
彼の言葉に胸がぎゅっとしめつけられた。
ウィンダミアに住んでいる魔法使いの子どもは僕しかいなくていつもマグルの子達から変わっていると嗤われてきた。彼もそういいたいのだろうか。
「なにに見えたの?」
「レモンの妖精」
「ええ?」
身構えていた僕は予想外の言葉に吹き出してしまった。彼はレモンの妖精がレモネードを売ってるのか思ったのだろうか。僕は笑いが止まらなくなってしまう。
「君面白いね。僕、君のこと好きになっちゃった」
僕がそういうと男の子は顔を真っ赤にして一気にレモネードを飲み干した。それからポケットの中をまさぐった。彼のポケットからでてきたのはお菓子の包み紙と魔法界の通貨だった。
「ああ、魔法界のお金でもいいよ」
「……きみも魔法使いなの?」
「レモンの妖精かと思った?」
僕が笑うと彼も笑った。彼のことをもっと知りたかったし、まだもうしばらく彼とお喋りをしたかった。しかし僕の家から出てきた男性が少年を呼んだ。よく本や新聞でみる顔だった。彼は男性をパパと呼んだ。
「君のパパはハリーポッターなの!?すごい!」
「うん、まあね」
彼の顔は誇らしげだった。そしてハリーポッターは彼の息子を連れて去っていった。いつのまにか玄関ポーチにパパの姿があった。バパがハリーポッターとまさか知り合いなんて僕はそれまで知らなかった。
「パパ、あの子何て言うの?」
「アルバス・ポッター。お前と同い年だ」
「……ホグワーツに入ったらあの子と友達になれるかな」
「そうだな。なれるといいな」
パパは複雑な表情で笑った。その意味を理解できないまま僕はホグワーツの学園生活にただ胸を膨らませた。