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    血圧/memo

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    血圧/memo

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    真珠採り3

    2023.7.23 やっぱり定時には帰れないよなー。知ってたー。
     と降谷が半眼無心でパソコンに向かっていたら後ろから珍しい声がした。
    「それはこちらで処理しておく」
    「赤井」
     珍しい。警視庁内に用意された公安とFBIのスペースはフロアが別になっていて、赤井がこちらへ来ることは殆どなかった。先程の黒あめ騒ぎを窺っていたのだってレアケースである。
     仮に赤井が貸し借りとか良心の呵責を感じているとしたら、赤井ならば返すのもまた任務上だろう。今じゃない。まさか本気でキスが不愉快だったと抗議するのだろうか。
     赤井は降谷が向かうパソコンのモニタを指差している。
    「こちらにデータを送ってくれ」
    「いいんですか」
    「ああ」
     公安でもFBIでもどちらが処理しても構わない内容のものだった。殆どの情報は日本語英語と両方用意されていて、降谷は、ならばとFBIへとデータを転送させた。
     わざわざ赤井から降谷に声を掛けること自体が珍事だ。避けられてはいないけれど関わらないようにしているだろうことは明確だった。赤井との距離は遠い。殺されそうになったあの瞬間がこれまでで一番近かった。降谷は初めて、剥き出しの赤井秀一に触れた。
    「で?」
    「何だ」
    「僕は何をすればいいですか?」
    「帰ればいいだろう」
    「は」
    「もうすぐ定時だ」
     てっきり、この作業と引き換えに他の仕事を寄越すと思っていたのに。帰れと言われた。
     意味が分からない。
     降谷はチェアに座ったまま傍らの赤井を見上げた。赤井は相変わらず不機嫌そうだった。だからなんで不機嫌なのにわざわざ降谷に声を掛けるんだ。
    「送ろう」
    「は」
    「その腕じゃ運転出来ないだろう」
    「まあ。タクシー使ってます」
    「送る」
    「赤井が?」
    「ああ」
    「僕を?」
    「ああ」
    「いや、結構です。赤井は業務に戻ってください」
    「何故」
    「何故って、さっき転送した仕事するんでしょ」
    「キャメルがやる」
    「人にやらせるのかよ」
    「あいつらがやると言っているんだ」
    「は」
    「君は詫びも礼も受け取らないだろう。雑用くらいこちらに回せ。でなければ君の家にヘルパーとして押しかけ兼ねないぞ」
    「……困ったなあ」
     休憩時間ごとに出入口から覗くFBIの面々にはほとほと困り果てている。降谷の部下が話して帰してくれてはいるが(流石に赤井は帰せなかったらしい)一時間おきに誰かが来ては覗くとか、学生時代の休憩時間を思い出してしまった。
    「もう差し入れは結構だと言っておいてくださいよ。こんなに増えてどうするんですか」
     言いながら降谷はデスクを指差した。ペットボトルや栄養ドリンク、ゼリー飲料に菓子の類。どれも日持ちがするし降谷が残業の際に口にするものだけれど、既にデスクから溢れかえる量だった。
     彼らが完全に善意だから、降谷は強く拒めない。
    「簡単だ。君が詫びと礼を受け取ればいい」
    「十分受け取りましたよ」
    「受け取り拒否の結果がこれじゃないのか」
    「えええ……気遣われるほうが困るんですけど。不慮の事故でしょう、こんなの」
     赤井は無言になった。
     見上げると、赤井は極悪非道の面だった。
    「こっわ」
    「は?」
    「何で赤井が怒ってるんですか」
    「別に怒ってない」
    「顔が凶悪なんですけど」
    「元からだ」
     赤井は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
    「支度が済んだら声を掛けてくれ。休憩スペースで待ってる」
    「え、ちょっと赤井、」
     言うだけ言うと赤井は部屋を出て行った。このフロアの休憩スペースで待ってるらしい、が、赤井秀一にそんなのされたら降谷の可愛い部下たちがまともに休憩出来ないっつーの。既に公安の面々は情けない面持ちで降谷に助けを求めていた。だから迫力過多なんだよおまえは。
     諦めて支度をしながら、降谷は風見裕也に告げる。風見は眉を下げて憂わしげだ。
    「送らなくてもいいみたいですね」
    「送ってくれるつもりだったのか」
    「勿論ですよ。退院の時だって私たちが迎えに行く予定だったのに降谷さん、一人でさっさと帰ってるんですもの」
    「ただでさえ忙しいんだ。君たちに手間をかけさせるつもりはないよ」
    「何言ってるんですか。それくらいさせてください」
    「十分して貰ってるさ」
     利き手が使えない降谷が困難な仕事を部下たちに振り分けている。仕事を増やして申し訳ないと頭を下げる降谷に、彼らは誰一人嫌な顔をしなかった。有難かった。
    「仕事じゃなくて私生活ですよ」
     呆れた物言いの風見にも降谷は困ってしまう。
     確かに利き手が使えないのは不便だ。しかし降谷は怪我に慣れているし元来の器用さで不便を補えている。運転が出来なければタクシーを使えばいい。料理が出来なければコンビニで調達すればいい。風呂やトイレは時間がかかるだけで出来ない訳じゃない。
     正直、本当に別に困っていなかった。
     気遣われるほうが困る。
    「無理は禁物ですよ。他に世話する人がいないなら、精々赤井捜査官を使ってくださいね」
    「言うようになったなあ、風見」
     他に世話する人がいないなら。降谷が独り身で恋人も居ないことを揶揄している。挙句にあの赤井秀一を代わりに使えだなんて、なかなか風見も逞しくなったものだ。風見は苦笑していた。
    「尋問されましたからね、私は」
    「誰に」
    「赤井捜査官に」
    「何で」
    「今日降谷さん、遅れて来たでしょう」
    「病院から家に寄って来たからな」
    「赤井捜査官は先に来ていたので、その時に。降谷さんの容体を事細かに訊かれました」
    「……めんどくせえなあ」
     正直に吐露した降谷に風見は苦笑いするだけだった。
     これは、降谷が思うよりずっと、赤井秀一に何らかの影響を与えてしまったのかもしれない。
     予想外だった。
     有難く定時で上がった降谷は休憩スペースへ急いだ。案の定何人かが入り口で回れ右をしていて可哀想ったらない。憐れな彼らにおつかれ、と声を掛けつつ、自販機横の壁に寄り掛かる赤井を呼んだ。
    「お待たせしました」
    「ああ」
     佇んでいるだけで絵になる男だ。整った容姿に王者の風格。しかし迫力があり過ぎる。これで愛想はないし容赦もないし口も目付きも態度も悪いのだから、余程赤井と親しい者でなければ耐えられないだろう。
     それでも人を惹き付けて離さない赤井秀一という男は、全く性質が悪かった。連れ立って歩いていても周囲の視線を感じる。特に女性は赤井を見るなり舞い上がった。誰もが赤井の懐の対象になりたいと焦がれている。近寄りたい。近付けない。罪な男だ。
    「やっぱり赤井は目立ちますね」
     降谷が言うと赤井は訝し気だ。
    「エレベーターホールから駐車場までの短い時間、まるでレッドカーペットでも歩いている気分でしたよ」
    「目立つのは君だろう」
     赤井に促され助手席に乗り込む。こんな形で赤井秀一の車に乗ることになろうとは。いつもは運転席の位置だから変な心地だ。
    「瞼のガーゼが取れればマシなんですけど」
    「そっちじゃない」
    「どっちだよ」
    「君は鏡を見たことがないのか」
     一拍、考える。
    「そっちの意味?」
    「自覚がない訳ではあるまい」
    「はあ。僕だってそこそこ目立つ自覚はありますけど。赤井とはまるきり違った次元でしょ」
     どうやら赤井は、降谷の満身創痍ではなく降谷の容姿が整っていると指摘したようだ。何故か赤井はムスリとしていた。だからなんで以下略。
     なんだか変な気分だなあ。
     降谷と赤井にしては平和な雑談をしている。一年前の黒あめ以来だ。
    「寄るところはあるか」
    「本当に僕の家まで送る気ですか」
    「ああ」
     やれやれ。降谷は左手を伸ばすとカーナビに住所を入力した。赤井が目を瞠った。
    「ナビ入れるんじゃないんですか?」
    「君が素直に自宅を明かすとはな」
    「はあ。別に今更、家を知られたって構わないですし」
    「……」
     だからなんで以下略。
    「あ。コンビニ寄ってください。何処でもいいんで」
    「食事か」
    「ええ」
     赤井の運転は酷く丁寧だった。元から丁寧なのかどうかは分からない。
    「スーパーでもいいか」
    「この時間は混んでるでしょう。人混みは避けたいんですよね」
    「君は車で待っていてくれ」
    「はあ」
    「リクエストはあるか」
    「あー、スーパーなら総菜のほうがいいかな……」
    「あまり凝ったものは作れんが」
    「はあ。……はあ?」
     恐ろしいことを言わなかったかこいつ。
    「まさか赤井」
    「俺が作る」
    「はあ?」
    「好き嫌いやアレルギーはあるか」
     降谷は頭を抱えた。赤井がヘルパーに押しかける気なのか。赤井秀一を使えと言った風見の苦笑いを思い出した。もしやこうなることを予想してたなアノヤロウ。
     降谷は頭を抱えた。
    「いや、まさかでしょ?」
    「君ほどの腕前ではないが、そこそこ出来る」
    「あー、工藤家で培った?」
    「そっちじゃない」
    「どっちだよ」
    「日常的に料理をするようになったのは正式滞在し始めてからだ」
     そういえば。日本に滞在中のFBIにはホテルが宛がわれている。しかし長期滞在ともなるとホテル暮らしに飽きる者もおり、一般的なマンションの部屋も幾つか用意していた。
    「赤井もマンション組でしたっけ」
    「ああ」
    「え。自炊してるんですか」
    「外食は飽きた」
    「作らせないんですか」
    「誰に」
    「連れ込んだ子に」
     赤井はあからさまに嫌そうな顔をした。要はホテル組ではなくマンション組は、恋人だの友人だの、そういった誰かを部屋に連れ込みたいという理由が主なのだ。なので下世話な皮肉で「連れ込み組」と呼んだりもする。
    「マンションを選んだのは一人でゆっくりしたいからだ」
    「ふうん。掃除とかはどうしてるんです」
    「俺がしている」
    「赤井が?」
    「他に誰がいる」
     赤井はあからさまに嫌そうな顔だった。
     確かに一人でゆっくり気ままに暮らしたいといった至極健全な理由の者もいるだろう。九割方は連れ込み目的だとしても。連れ込み組という別称を控えさせよう、と降谷は思う。
    「赤井秀一が健全な暮らしをしてるのは意外ですけど」
    「君は俺を何だと思ってるんだ」
    「少なくとも自炊してるとは思いませんでした」
    「案外楽しいよ」
     思わず赤井のほうを見た。楽しいとかそういった普通の感情を、赤井が晒すとは思わなかった。
     これは、降谷が思うよりずっと。
     予想外だ。
    「人に振る舞ったことはないから、君の口に合うかどうかは分からんが。コンビニ弁当よりは栄養価が高いだろう」
    「食べさせたことないんですか」
    「部屋に他人を招く趣味はないんでね」
    「想像以上に健全だ」
    「君は俺を何だと思ってるんだ」
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