逆バニー族の炎ホ〜前日譚〜ここは逆バニー族の住む集落。
強い雄達は狩に出かけ、他の者たちは木の実等を採取しながら生活を営んでいた。
「やっぱり手ん届く範囲はもう採られてしもうとる」
見上げても近くに果実はなく、辛うじて高いところに成っている程度だ。秋も深くなってきておりそもそもの数も少なくなってきている。集落から離れた場所ならばもう少し残っているのだろうが、齢十にもならない少年には森はまだまだ危険だ。
「でも、持って帰らんと今日食べられるもんもなかし……」
仕方がない、と周りに誰もいないことを確認して背中に生えた羽根を一枚ずつ器用に操作し、高い位置にある実をもぎる。子供の逆バニー族は裾の長いスモッグのような服を与えられており、その裾部分を広げて振ってくる果実を受け止める。
裾から覗く足は細く、栄養十分に育っているとは言い難かった。
ホークスは親のいない子どもだった。正確には集落に置き捨てられていた子どもだ。その頭にはウサギの耳が生えていたため、同種を大切にする種族である彼らはホークスを大切に育てた。しかしホークスが三歳に成る頃にはうっすらと背中に赤い羽根が見え隠れしていた。
それでも周りは見てみぬふりをしながらも養ってくれていたのだが、六歳になった時にはもう見えないふりができないほどにしっかりとその羽根は育っていた。
どこの誰の子どもかもわからず、同種かどうかも分からない。そんな不気味な自分を集落においてもらえているだけありがたい。せめて役に立たないことには利用価値が無いのだから、こうやって必死に木の実集めに精を出すのだ。羽根を操作できることはまだ誰にも言っていない。言ってしまったらより一層、逆バニー族では無いのでは、と疑われてしまう。飛べたらもっと便利なのかもしれないが、軽く羽根を動かしてみても浮かぶ気配は全く無い。また常に空腹を携えている少年にとって、飛べるかも分からないのに一生懸命羽を羽ばたかせるなんて体力を無駄にすることでしかなく、限りなくリスキーだ。
「とりあえずこれだけあればよかね」
広げた裾に溜まった様々な果実を見ながら今日の取り分を予想する。思ったよりも近場でたくさん採れたから、少し大きめの果実も含めて3割くらいは与えてもらえるかもしれない。
特に大きな艶々のりんごを眺めながら手をつけてしまいそうになるのを我慢する。森の資源は皆のもの。また、採りすぎて枯渇させてしまうことのないよう、集落に持って帰って果実の量を管理しているので外で手をつけてしまうことは御法度だった。甘い誘惑に耐えながらも暗くなる前に集落に戻るのだった。
「この短時間でよくこれだけ採ってきたね。……おぉ、立派な実じゃないか……。育ち盛りの子どもが多い家に譲ってやろうかね」
採って帰った実はここに毎度持ってきて量を管理され配分を決められる。他の人たちは基本的に量を計ったあとその量が多ければよそに回すよう言われている程度だが、ホークスは基本的にそのほとんどを誰かの食いぶちとされてしまうのだ。
「これがあんたの分だよ。持って帰んな」
渡されたのは両手から溢れない程度の小さな木の実たちだった。期待していた分このひもじい食料に落胆が隠せない。
「なんだい。文句でもあんのかい。あんたみたいなよくわかんない子どもを置いてやってるんだ。そんな目で見たって何も変わんないよ」
分け前は渋かったり酸っぱかったり、子どもの舌にはどうにも合わない代物ばかりだった。
「ぅう……」
ハズレだったのか今口にいれたものは特に酸っぱくて顔をしかめる。
「食べたかったなぁ……おっきい果実」
また明日も森に行こう。おっきいのばかり持って帰ればもしかしたら一個くらい貰えるかもしれない。期待した未来を迎えたことなんてないが、夢を抱くだけタダだ。不規則になり続ける空腹の音を子守唄にホークスは眠った。
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今日こそはと思い、また森に来たが近場は昨日漁り済みだ。早朝から探すも中々見当たらない。肌寒い風も吹いてきて焦り出す。分け前が少ないホークスは自身で冬の蓄えを用意することなんてできないため、この時期にどれだけ採って貢献できるかが重要だ。ここでしっかり集落の蓄えの力になれさえすれば、冬を越す間食料を少しだけ分け与えてもらえる。
「手ぶらで帰るんだけはいけん……」
ホークスはとうとう森の奥に足を踏み入れてしまった。これ以上奥は管理されてない、ということを示すロープを超えて進む。それでもきっと逆バニー族の大人たちが採っているのだろう、それほどめぼしい果実は残っていなかった。皆が採らない渋い果実ばかりだ。と言っても悪いことばかりではなく、多くの人が好んで食べないためこの果実をたくさん採って帰るとほとんどがホークスの胃の中に収まってくれる。しかし胃の調子を確実に悪くするので、動けなくなるリスクをとってまでこの果実を持ち帰ることはあまりない。本当にどうしようもない時の最後の手だ。
日が傾き始めた頃だった。
「見つけた!」
大きな桃のような果実が実った木を発見した。幹が長くずいぶん高い立派な木だった。誰も採れなくて残っていたのだろう。ホークスは喜び勇んでその実を羽でもぎ取った。
いつかのために数個残して帰路に着こうとした時、周りは薄暗くどちらから来たのかすら確信が持てない。
夢中になりすぎた……。後悔してももう遅い、どうにかして帰らないと。とにかく来たであろう方向に向かって歩き出す。
どれくらい進んだだろうか。歩いても歩いても見たことのある景色に辿り着かず、足がパンパンに張って痛い。なんとなく震えてきて力が入りづらく気持ち悪い。逆バニー族はいずれピンヒールやブーツを履くため足はそれなりに丈夫な種族なのに、自分の足のひ弱さに情けなくなる。
「本当に俺……逆バニー族なんやろか」
そうだと思ってここまで来た。そうだと信じてここまで来た。それでも違う部分ばかりに目が行って、出来損ないとかけられてきた言葉を反芻して悲しくなる。
歩かなきゃいけないのに、暗闇の心細さが悲しさを一層掻き立てる。いつの間にか歩みは止まり、目からは涙が溢れていた。きっと迷ってしまったんだ。座り込んで先ほど採った瑞々しい果実を眺める。
「食べたいなぁ」
もう帰れないかもしれないなら食べたって問題ないんじゃないのか。どうせ探しに来る人もいない。ここらは特に夜に獣が出ることがあるから襲われるのも時間の問題だ。
それでもホークスは食べない。食べてしまったら本当に帰れなくなってしまう気がして。
ガサっと茂みから音がする。
「ヒャッ!!!」
獣が来たんだ! 体をキュッと小さくして身を守ろうとうずくまる。
「こんなところになぜ子どもが……」
「…ぇ、あ。」
目を開けるとそこには獣はおらず、代わりに巨体の男が立っていた。立派に育った大胸筋と腹筋を惜しげもなく晒し、一方で太く逞しい肩や腕、足は布で隠されている。極め付けはホークスと同じ立った耳だ。
「逆バニー族?」
「そうだ、お前もその耳と服装からみてうちの集落の子どもだろう。なぜこんな時間にこんな森の奥深くにいる? 危険だろうが」
「ごめんなさい……どうしても果実を持って帰りたくて」
ぎゅーとなるホークスの腹の音が説得力を増す。
華奢な体と手入れのされていない毛並み、ボロ布のような衣服。そして逆バニー族には本来無い、赤い羽根。
それらを見て少年の置かれている状況を察したその男は、ホークスの持つ果実を指差しながら、腹が減ったなら今それを喰えばいいだろう、と言った。
「いけません! 森の恵みは皆のものやけん」
「とはいえ現状おまえを見る限り唇もカサついていて手も震えている。軽度の脱水、低血糖症とも言い切れん。掟というのは皆が生き残るために作られたんだ。それを守って倒れるのは本末転倒だろう」
そういって果実を一つ取りホークスの口に寄せる。甘い香りに耐えきれずホークスはその小さな口で果実を啄み始めた。
「甘い! 果汁も凄くて……こんなに美味しかもん食べるの初めてや……」
自分で苦労して採った果実の甘みと豊かな水分に体が潤っていくのがわかる。これならもう少し頑張れるかもしれない。
男の言うように低血糖を起こしていたのだろう。力が入らなくなっていた足の感覚もはっきりしてきた。
「ひとつでいいのか? 足りないならもうひとつ食え」
「よかです。十分動けます。……それに、最近風邪ば引いた子どもがおるて聞いた。これだけ甘うて水分も豊富な果実ば食べりゃあきっと元気になる」
だから持って帰ります、と服の裾で再度果実を包む。
彼の境遇についてそれとなく想像がついていた男は、少年の発言に大変驚いた。たくさん奪われてきたことだろうに、なぜそう思えるのか。
しかしそれを何故と問うのは彼の矜持を傷つけてしまうことだろう。二人はそのまま集落に向かって歩きだしたのだった。
「そういえばその果実は随分高いところに成っているものだろう、まさか飛べるのか?」
「いや! 飛べたりはしません。一枚ずつ動かせるので羽でもぎっているだけです」
……言ってしまった。自然に羽について聞かれたものだから、普通に答えてしまった。
「ほぉ。それは立派だな」
「え?」
「逆バニー族はバニー族と比べて脚力は弱い。故に高所の果実には中々手が出ないが、おまえの羽があればより広範囲の果実が食料源となる」
これから大人になれば種族を支えるより立派な羽となるだろう、そう言いながら羽根を少し撫でた。
「変ておもわんの……?」
「見目に違いがあると苦労はあるだろうな、だがそれもお前の強みだろう。今はまだ幼いが大人になったら様相も変わる。そしたら周りの反応も少しは変わるだろう。立派な逆バニーになれ」
そう言いながら暗闇を照らすために男は手に炎を灯す。
「綺麗……」
一人でいた時は暗くて寂しくて怖かったこの森も、彼と炎と一緒なら全く違って見える。
照らされた道が綺麗で、温められた空気が心地よくて、もう少しこの人と歩いていたいと思ってしまうくらいに。