ひおなな honn不意に目が覚め、時計を見ると2:00を示していた。1度目を覚ますと寝付くまでに時間がかかるタイプなので、モニタールームで試合分析でもしよか、とひとりごち歩き出す。到着し、中を覗くと見知った顔がいた。こちらには気付かず顔を埋めながら体育座りをしている。いつも笑顔な七星のイメージとは違い一瞬別人と見間違う程静かだった。
七星虹郎はトライアウトで同チームになり共に戦った仲間である。個性的な面々が多い青い監獄では珍しく純粋で人懐っこい性格に氷織は「普通に部活に入ってたら後輩ってこんな感じやろか」と微笑ましい気持ちになっていた。
七星と話すと癒されるので近くにいたら話しかけに行くし、(だいたい七星の方が先に気づき氷織さーん!と元気に駆け寄ってくるが)冗談を言った時のリアクションが面白くてついついからかってしまう。氷織と話している時の七星は記憶の中ではいつも笑顔だから一瞬声を掛けるのを躊躇ってしまった。
それでも「……七星くん?」と恐る恐る声を掛けると
「…あっ、氷織さんお疲れ様です!」
声に反応し、振り向いた七星が氷織の名前を呼んだ。いつも通りにしているようだが、瞳が揺れている。まるで、今にも泣きだしそうに。その瞬間、氷織は酷く動揺し、咄嗟に七星を抱きしめた。
「!氷織さん……?」
驚いたように自分の名前を呼ぶ七星に我に返る。完全に無意識下での行動だった。言い訳するように「ハグってリラックス効果あるらしいで?落ち着くまでこうしとき」と言い七星の背中を撫でる。
最初は驚き硬直していた七星だったが、無言で抱きしめていると、もぞもぞと動き氷織のお腹に顔を埋めてきた。いつものじゃれるような仕草とは違い、ぎゅっとお腹に顔を押し付けてくる。
しばらくはスンスンと鼻を啜る音が聞こえてきていたが、ぽんぽんと背中を叩いていると落ち着いてきたようで、やがてうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「寝てしもたな……」このままでは首を痛めそうだったため膝枕のような体勢に直してやる。
なぜ自分はこんなに動揺したのだろうか、後輩の七星が泣きそうだったのが心配だったから?いつもと違う表情だったから?思いつく理由がなんとなくしっくりこなくて首を傾げる。
七星には笑っていて欲しい。それ以上に七星は自分の前以外では泣いて欲しくない。この感情って……?
考え込んでいると「……あれ 氷織さん……? 」目が覚めたらしい七星がキョロキョロと辺りを見回し、ガバッと身を起こして氷織の目を見る。
「わーすみません!俺寝ちまったみたいで……」
「ええよ、疲れてたんやろうし ちょっとは落ち着いた?」
「ハイ!ありがとうございました!」
指通りの良い黒髪を撫でながら七星をニコニコと見ていた氷織だったが七星の顔がどんどん赤くなるのを見て「どしたん?」と尋ねる。
「……氷織さんほんとにありがとうございました、それで、あの、もう俺は平気なんで、撫でるのやめてもらって大丈夫っす……」
小さな子供のようにあやされていたのが恥ずかしくなったのか、耳まで赤くして懇願する七星を見てにゅっと悪戯心が芽生えた。ついでとばかりにほっぺたをむにむにと弄びながら尋ねる。
「えー?誰も見てないんやしええやろ?七星くんは嫌なん?」
「え!いや、嫌じゃないっす!! 」焦ったように大声を出す七星に思わず笑ってしまった。
「ふふ、冗談や、七星くんええ反応するからついついからかってしまうんよ、ごめんな?」
「もー!めっちゃびっくりしたっすよ!」
安心したように笑う七星に氷織は安堵感を覚えた。やっぱり七星には笑顔が似合う。
「七星くん、もしまた感情がわーっとなって分からなくなった時は僕のとこ来てええよ」
「はい、でもいいんすか?」「うん、むしろそうしてくれると嬉しい」
自分が今抱いてる感情がなんなのか、その答えはもう出ているような気がしたが、もう少し確かめたい。「心強いっす!」と嬉しそうに返事をする七星を見つめながら氷織はそう思った。