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    SueChan_Factory

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    ライヘンバッハの食卓 前夜祭

    グッドナイト・シュガー周回終わり
    いつもならそのまま自室へと引き上げているのだが、どうやらその日はいつもとは違う気分だったらしい。青年は自室とは反対方向の食堂へとなんとなく足を向けた。


    食堂内はピークの時に比べれば人は少ない方であったが、それでもここが皆の憩いの場でもあるのだろう。様々な声や笑い声があちらこちらから聞こえてくる。時折、言い争うような怒声にも近い声も聞こえてくるがまぁ、それは放っておいても問題はなさそうだ。とりあえず青年は砂糖もミルクも入っていない混じり気なしの豆の香りがするブラックコーヒーを片手に出来るだけ隅の方へと腰を落ち着けた。
    召喚されて数週間。最初は「戦闘?僕が?」と戸惑いもあったが、数をこなせばなんちゃらで今ではすっかり周回メンバーの一員である。特にここ数日はあまり休む間もないくらいに駆り出されっぱなしであった。戦闘は特に好きというわけではないが、嫌いというわけでもない。それに数学的思考を駆使しての戦術というもの新鮮でそれはそれで楽しいものがあった。……のはずなのだが。
    「……はぁ」
    青年の口からは自然とため息がこぼれ落ちていた。
    ズズッ。コーヒーを一口すする。うん、うまい。
    しかし、身体が、脳が、欲しているものはこれではないと訴えかける。
    ふ、と甘い匂いが青年の鼻腔をくすぐった。そちらに視線を向けると幸せそうに目の前のスイーツへ手を伸ばしている子供サーヴァントたち。
    「あ……」
    無意識のうちに視線がそちらへ釘付けになっていたのだろう。おさげ髪の少女と目が合った。青年は慌てて視線をそらし、一気にコーヒーを流し込むと早足で食堂を後にした。


    ――深夜
    カルデアには不定期に開く小さなBarが存在する。店の扉には「CLOSE」と掲げられていたが、わずかな隙間からは薄明かりが漏れていた。中では店主が一人、後片付けの最中であった。
    カラン。
    もう鳴るはずのない音とともに扉が開く。店主はぴたりとグラスを拭く手を止め顔を上げた。
    「今日はもう閉店だヨ」
    「パフェ一つ」
    「聞いてた?閉店だっつってんデショ」
    そんな店主の呆れ声などまったく気にしていない様子で青年はすたすたと中へ入ると、バーカウンターに腰をおろしもう一度「パフェ一つ」とだけ口にした。
    「あのねェ……ここ喫茶店じゃなくてBarなんですけど?ていうかパフェ食べたいなら私じゃなくてエミヤくんにでも頼みなさいヨ……」
    「うるさいな、分かってる。それが出来たらここには来ていない。とにかく甘いものが食べたいんだ!」
    そう言うと青年はほんのわずか頬を赤らめそっぽを向いてしまう。小さな子どものように駄々をこねる若い自分に、店主は大きなため息をついた。しかし、それでも手にしていたグラスを置くとやれやれといった風に首を振りながら「仕方ないネ」と困ったような笑みをこぼしたのだった。


    「お待たせいたしました。一夜限定、夜の誘惑パフェです」
    青年の前にスッとグラスが差し出される。逆三角形のカクテルグラスに盛られたパフェは決して大きくはないがその美しさは誰が見ても見惚れるほどのもので青年も感嘆の声をあげた。
    鮮やかな赤が目を引くフランボワーズムースの上には対照的なピスタチオクリームの薄い緑。さらにその上には純白の生クリームが乗せられそこから顔をのぞかせるようにイチゴの断面が幾何学模様を作り出している。仕上げにルビーチョコレートを細かく砕いて出来た淡薄紅の雪の上に一口サイズほどのチョコレートアイス二種類とイチゴが添えられていた。
    ゴクリ、と青年の喉が鳴る。突然の無茶ぶりだったので、もっと簡単なものが出てくるかと思っていたのにまさかこんな計算されつくされた造形美が出てくるとは。崩して食べてしまうのがもったいない気がして店主を見るが、彼は何も言わずにグラスを拭いていた。
    「……いただきます」
    スプーンを手にして、アイスをひとすくい。ひんやりと優しい甘みが口の中で溶けて身体中へと沁みわたる。今日一日ずっと欲していたもの。自然と青年の頬は綻んでいた。満足そうなその姿にグラスを磨く店主の口元にも小さな笑みが浮かんでいる。
    「……あなたはすごいな」
    しばらく無言でパフェを食べ進めていた青年だが、その手は不意に止まり消え入りそうな声でポツリと呟いた。伏せられた目線に映るのは店主ではなく食べかけのパフェか。あるいはグラスに映った自分の姿か。数秒ほどの沈黙の後、店主が口を開いた。
    「私だって最初からこうだったワケじゃあないサ。サーヴァントというのは実に面白いものでネ。生前では出来なかったことや想像もしなかったことが第二の生では実現している。まぁ、一筋縄でいかないこともあるがそれは置いとくとして。サーヴァントは成長しないというが日々、理想や思考は変化し続けているものだヨ」
    その口調は店員と客というよりもまるで教師が教え子を諭すように。ハッとしたように漆黒の瞳が上を向く。
    「――僕は、」
    「若いうちはたくさん悩めばいいんじゃないかネ?それが君に与えられた特権とも言えるんだから。何も正解は一つじゃない。可能性は星の数ほどもある。何を犠牲にし、何を選択するかは君次第だヨ、若き数学者くん?」
    口をつぐんだ青年に店主は目を細めた。同じのようで違う存在。彼がもし、自分と同じ道を歩んだとしてもそれはまた別のものになるのだろう。しかしそれはそれで面白い。いずれ自分で骰子を振った蛹がどう成長していくのか。あぁ、実に楽しみだ。
    「ところで君に提案があるのだがネ?」
    ニヤリと口元に歪んだ弧を描く店主に青年は怪訝そうに眉を寄せた。だが、自分のワガママでパフェを作ってもらっている手前、強くは出れない。一応、しぶしぶではあるが「なんだ」と返事だけは返す。
    「ここでバイトしてみる気はないかナ?」
    「バイト……?」
    「そっ。もちろん賄い付きで時給も発生する。ちょっとした小遣い稼ぎにもなるし、君にとってもいい勉強になると思うんだけども、どうだい?」
    営業スマイルとともに飛んでくる悪戯めいたウインク。そういうところが胡散臭いのでは、という言葉は胸の内に押しとどめ青年は考え込む、ふりをした。目には挑戦的な光をともして。
    「つまりは僕に雑用を押しつけたいって意味で合ってるかな?」
    「さすがは私。よく分かってるじゃないか」
    「バイト、か……。うん、悪くはないな。面白そうだ」
    「君のように勉強熱心な若者は大歓迎だヨ」
    店主と青年。二人の利害が一致し互いに笑顔を向けた。
    契約成立。もちろん、笑顔の裏に隠したものがあるのはお互い承知の上で。
    すっかり溶けてしまったアイスを青年はスプーンですくう。今度は生クリームやムースと一緒に口に運べば先ほどとはまた違ったハーモニーが奏でられた。
    うん、やっぱり甘いものはいい。
    青年の口からは一つ、幸せのため息がこぼれ落ちた。


    ――数日後
    カラン、とBarの扉が開き一人の男が訪れた。
    「やぁ、いらっしゃい!」
    いつもとは違う出迎えの声に男は面食らったのか目を丸くした。パチ、パチと瞬きを二度。だがそれでも状況を飲み込む早さはさすがというべきか。何事もなかったかのようにカウンターへと腰かける。その口元には微笑が浮かんでいた。
    「どうやら人材確保の問題は解決したようだね、教授?」
    「おかげさまでネ!言っとくけど双方合意の上ですゥ!」
    カウンター内で店主は苦々しい顔をしながらシェイカーを振り、カウンター外では男がくすくすと笑っている。いつもの見慣れた光景。ただいつもとちょっとだけ違うのはそこにもう一人加わった、ということ。
    「ご注文をお伺いしても構わないかい?」
    「ふむ……何かおすすめはあるのかな?」
    「それなら――」
    「あ~……そう言えば今夜は限定でパフェを出してたんだったなァ?」
    わざとらしい店主の物言いに戸惑いを見せる青年だったが、どうやらこれも一つの挑戦勉強ということらしい。であれば。
    「このBar絶品のパフェ、食べてみたくないかい?」
    男が青年の押しに負けるのは時間の問題だった。
    一秒。二秒。
    「では、それをいただこう」
    降参、と言わんばかりに男は肩をすくめ困惑した表情をしながらも自然とその口からは笑みがこぼれている。違う意味で笑みをこぼした店主に対しては男の鋭い視線が飛んだとか、飛ばなかったとか。
    青年の顔がパッと一層明るくなり、声も弾む。
    「少し待っててくれ!あなたにぜひとも食べてほしいパフェがあるんだ!」


    珍しく男が目の前の造形美に感嘆の声をあげるまで、あと十分――夜はゆっくりと更けていく
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