大和さんとハーブティーソーダ。「yeahーーー!勝ちました!」
「あーー!!もー、また負けた!ナギっちばっかズルイ!!」
「ふふ、勝利の女神は美しいワタシに夢中なようですね」
「もっかい!!次は勝つかんな!」
「いいでしょう、返り討ちにして差し上げます!」
時間の合ったメンバーで夕食を食べた後のひととき。
メンバー内での背の高さツートップの大きな子供2人が、椅子に並び座って賑やかにスマホのゲームをしている。
その声を聞きながら、冷蔵庫で冷えているビールに伸ばしかけた手を止めて、隣にあったペットボトルの緑茶を取った。
食器棚に伏せてあったグラスに並々と注いで一口飲んだ所で
「あれ、大和さん、今日は飲まないんですか?」
夕食の洗い物が終わったソウがタオルで手を拭きながら、こっちを見て少し驚いたように言った。
大体、この時間はソファに座って缶ビールを片手にリビングのテレビを見たりしてくつろいでいる事がほとんどだ。
毎日飲んではいるけど、ソウにまで驚かれるのは予想外で思わず苦笑いしてしまう。
「ははー……読んどかなきゃいけない台本があるの忘れてたんだ。て事で、今日はもう部屋に戻るわ。悪いけど後はまかせた」
「わかりました、お疲れ様です。おやすみなさい」
「ん、おやすみー」
グラスを持っていない方の手をひらひら振ると
「ヤマト、寝ますか?おやすみなさい?」
「おー、ヤマさんおやすみー」
ナギとタマが、目線をスマホに向けたまま声をかけてくる。
「おやすみー、タマとナギもゲームはほどほどになー?」
通りすがりに2人の頭を順番にくしゃっと撫でてからリビングを出た。
当たり前だけど、2人とも触り心地が全然違うな、なんて思いながら。
そんな俺の背中を、ナギが視界の隅でじっと捉えていたなんて。
部屋に戻ってしばらく、ベッドで横になりながらもうすぐ撮影がはじまるドラマの台本を眺めていた。
セリフを入れないといけないと思いつつも、今日はあまり集中できずにパラパラと流し読みしていると、トントンと軽くドアが叩かれる音が響く。
開いてるよーと声をかけると、思っていた通りの人物がひょこと顔を出しウィンクを投げてきた。
「Hi、ヤマト、お飲み物のデリバリーに来ましたよ。
台本のお供に、ワタシ特製のハーブティーソーダは如何ですか?」
そう言いながら、ナギは片手に半透明の桜色の液体の入ったシャンパングラスが2つ並んだお盆を持って、こちらの返事も聞かずに中に入って来る。
ナギの中で、俺が断るという選択肢はないらしい。
もっとも、断る理由なんてないけど。
「はは、サンキュ。せっかくだからもらおうかな」
起き上がってベットに腰掛けた俺の右隣にナギが座る。
僅かに気泡がのぼるグラスを取ろうと手を伸ばすと、それを拒むようにお盆が離されてしまった。
「え、くれないの?」
驚いたがナギはよく今の様な小さいいたずらを仕掛けてくる。またか、と思い少し笑ってしまう。しかし……
「その前にワタシの質問に答えて?」
そう言ってこちらを見るナギは真顔で、少し胸が鳴った。
「なに?お兄さんが答えられる事?」
「体調が、よくありませんね?」
「……え?なんのこと?」
何を聞かれるのか身構えていたが、拍子抜けする。
俺の体調が?悪い?
「ワタシに誤魔化しはききませんよ」
「そんな事言ったって……普通だよ、普通」
喉の調子が悪い訳でもないし、頭痛もない。
思い当たる節がないからそう答えるけど、ナギは食い下がってくる。
「本当に?」
体を屈めて下から覗き込むように真っ直ぐ見て来る、あおいろ。
うかがいながらも、離さないと言うような、宝石のようなあおいろ。
「なんでそう思ったんだ?」
「夕食の時、おかずをタマキにあげていました」
「お腹がいっぱいだったんだ」
「ビールを飲みませんでした」
「台本覚えなきゃいけなかったし」
「それだけではありません。歩いている時、体が左に傾いていました。
ヤマトの席から扉まで1.5歩分歩幅が短かったです。
カウチではなく、ベッドで横になって台本を読んでいるのもそうですね。
全部、いつものヤマトと少し違います」
俺をじっと見つめたまま”俺の違和感”をスラスラ話すナギに、思わず目を見開いてしまう。
「……変態?」
「時々ミツキに言われます」
そう言って薄く笑う姿は綺麗で。
いつだってナギの瞳は本当の事を射抜くんだ。
それはきっと、俺が自覚していなかった事すらも。
目を閉じて大きく、ふーと息を吐く。
「本当に調子が悪いって事はないんだ。ただ、なんとなく?だるい?ような?気はしてる」
「やはり、そうでしたか。OK、やはり飲んで頂きたいです」
そう言うと、覗き込んでいたナギが離れ、お盆のグラスを手に取る。
グラスを持つ指が様になっていて綺麗だと思う。
「本当は体をあたためる方がいいのですが、今のヤマトにはこちらの方がいいと思いました」
台本を読む気分転換にもいいと思いますと、ナギからグラスを渡される。
グラスが揺れると、しゅわしゅわと表面がわずかに跳ねる。
ナギも自分の分を手に持つと、お互いのグラスを合わせ、高い音がなった。
「いただきます」
少しの酸味とほどよい甘さ、僅かに喉をさす炭酸。
「おいしい……何が入ってんの?」
「それはトップシークレットです」
同じようにグラスから離れた唇から、ナギがいたずらっ子の様に小さく舌を出す。
いつか"仕返し"としてハーブティの内容を秘密にされてしまった事を思い出す。
あの時のナギも可愛くてたまらないと思っていたのは確かだけれど、関係が深くなった今のナギに対しては、それ以上に愛しいと思ってしまっている。
アルコールは入っていないはずなのに、浮かんだ言葉にむず痒さを覚えて顔に熱があがってきそうだ。
大きく吐いた息を吸い込むと自然に声が大きくなった。
「でも、よくわかったな?俺が自分でよくわかってなかったってのに」
「……ヤマトの体調の変化くらい、わかるようになりましたよ」
少し俯いて呟くようにナギが言う。
「ワタシは、友人であるみなさんが幸せである事を望んでいました。
しかし、ヤマトはワタシの問いかけにyesと答えて下さらない事がありましたね。
その日から……いいえ、違いますね。ワタシはヤマトとはじめて出会った時から、ずっとヤマトを見ていましたから」
そう言うと俺のに顔を向けたナギが柔らかく微笑む。
「ヤマトが何を諦めようとしていたのか、何から抗おうとしていたのか、何を恐れていたのか。
ワタシたちが、ヤマトが、幸せでいるにはどうすればいいのか、知りたかった」
思わずグラスの中を全部煽る。
炭酸がやけに喉に弾けてむせそうだ。
「Hm……観察、と言った方が正しいのでしょうか。
敵をよく知るにはまず観察が必要です。ヤマトの攻略には正直手を焼きましたね。非常に手強かったです」
顎に手をやって難しい顔をするナギに、力が抜けた気がして緊張していた事に気付く。
そのまま床に置かれていたお盆にグラスを返した。
「敵とか攻略とか……人をゲームのボスみたいに」
「……その分、ヤマトの事をより深く知り、ヤマトに惹かれていったのですが」
俺の目を真っ直ぐ見てそう言った後、少し照れたようにはにかみながらグラスに口をつける姿をそのまま見つめてしまう。
あぁ、もう、なんて……
「ナギ、俺が何考えてるか、とか、どうしたいか、とかもわかったりする?」
「Hm……おおよそ、ですが」
「じゃあ、今は?わかる?」
「そうですね……」
ナギが飲みかけのグラスを床に置いていたお盆に戻すと、部屋に入ってきてすぐと同じように、じっと見つめてくる。
あの頃、隠し事があった時は全部見透かされているようで怖かったけど、今は、見透かして欲しいよ、ナギ。
「ここなが見たい」
「……それはナギだろ」
思いっきり肩透かしをくらった。これ、お兄さんが遊ばれてるやつ?
「yes!では、王様プリンが食べたい」
「それはタマ」
「OH、そうでした。では、うささみフレンズのフィギュアが欲しい」
「それはイチ。ナギ、お前、わざと言ってんだろ」
途中からクスクスと楽しそうに笑いながら言うナギに、まぁこれもいいかと思っていたのに。
「では……」
ナギの目がスッと細められた。俺を挑発するように。
「ワタシに触れたい」
「…………」
「当たりましたか?」
その問いには答えず、そのままナギの頬に手を伸ばす。
ナギは口元に笑みを浮かべて目を閉じる。
そして、俺の手をそっと掴んだ。
「へ?」
そのまま視界が反転していた。
背中に受けた衝撃で、掴んだ手と肩を押されてベッドに倒れたんだと気付いた時には、立ったナギが俺を見下ろしていた。
「ヤマトのしたい事はわかりましたが、ワタシがそれらを全て受け入れると思ったら大間違いです」
そう言うと、俺の足を上げたり布団を被せたりして、ナギにされるがままに俺はあっと言う間に眠れる体勢になっていた。
いい雰囲気だったと思ってたのに、どうしてこうなった。
ただただ、呆気にとられてナギを見上げると、さっき俺をひっくり返したとは思えない、慈愛に満ちた表情を浮かべていた。
部屋のシーリングライトが逆光になって後光がさしているかのように、とても美しくて。
「早く元気になって。みながいる場所で、幸せそうに笑っているヤマトを見せて。
だから、今日は大人しく寝て下さい。ワタシも部屋に戻ります」
前髪をかき上げられて、おでこに軽いキスが降って来る。
なんだかんだ、ナギは結局、俺の欲しいものをくれるんだ。
それなら。
部屋を出ようと後ろを向いたナギの腕を、起き上がって掴む。
「風邪引いてる訳じゃないし、添い寝くらいしてくれてもいいのに。お兄さん、その方が元気出そう」
OH……と小さく言って振り返ったナギはにっこり笑うと、俺が掴んだ腕を押してきて、俺は再びベッドに収まった。
更に、顔に何か乗せられて視界も塞がれる。これは、読んでいた台本だ。
「……それだけでは済まなくなってしまうでしょう?」
顔は見えないけれど、呟いた声は怒っているように聞こえた。
だけど、これは、きっと。
「おやすみなさい、よい夢を」
そう言ってドアを開けたナギを、顔に乗せられた台本をずらして盗み見る。
ナギの頬が桜色になっているのを見逃さなかった。
そういえば、と床に目を向けるとお盆の上にグラスとナギの飲みかけグラスが並んでいた。
ナギのグラスを手に取り、煽る。
最初に飲んだ時よりも甘く、甘く感じて。
「サンキュ、おやすみ、ナギ」
素直に電気を消して布団に潜った。