ミラー・ミラー最近、六弥ナギは妙な感覚に襲われている。
アイドリッシュセブンのリーダー、二階堂大和によって。
『おはよ、ナギ』
『ナギ、開封式は後にしなさい……』
『ここなちゃん鑑賞会?お兄さんはパス……って、ナギ!引っ張るな!』
『ナギ』
今までも繰り返されている、何てことない日常会話。
なのに、ここ最近は大和に名前を呼ばれると、心が痺れるような、体の真ん中から疼くような感覚がして、何故かソワソワしてしまうのだ。
不快な感覚ではないけれど、原因がわからないのは落ち着かない。そう思ったナギは、この感覚は何なのか、どこから来るのか、と考えた。
まず、最近の自分の心境の変化との関係はどうだろう。
ノースメイアで色々あり、兄やハルキに対する気持ちに大きく変化はあった。メンバーに対しても同様で、愛して守りたいとより強く思うようになった。けれど、それならば、大和だけでなく他のメンバーから名前を呼ばれても同じように思うはずだから、きっとこれではない。
となると、やはり原因は大和にあるのだろう。
ナギは大和の事を考える。
アイドリッシュセブンになって、1番年上だからという理由でリーダーに任命されてから、放任主義だのなんだの言いながらも、大和がメンバーの事を大切に思って行動してくれているのは知っていた。時々、メンバーに……特に秘密を解こうとするナギに対して攻撃的になる事はあったけれど、ここな鑑賞会に付き合ってくれたり、少し落ち込む事があるとラーメンに誘ってくれたり、地方ロケの時は1番連絡をくれたりと、基本的に大和は優しかった。大和の打ち明け話大会を開催して以降は、それまでのスタンスは変わらないものの、大和の思いをより輪郭をもって感じ取れるようになっていたし、そんな大和やメンバーを見るのが、ナギは好きだった。
だから、そうだ。
きっとこれは、大和が私たちメンバーを愛している気持ちが隠し切れないくらいにダダ漏れになって伝わってきているからだ、との結論にナギは至った。
なかなか素直に私たちを愛して下さっている事を伝えられない、とても大和らしいやり方だと、妙な感覚の正体を掴んだナギは微笑ましくそれを受け入れたのだった。
そんなある日のこと。
オフだったナギと環が、朝食後からリビングのTVでナワバリ色塗りゲームの対戦をして楽しんでいると、同じくオフで自室で過ごしていた大和がドアから顔を覗かせた。
「ちょっとコンビニ行ってくる。タマ、ナギ、何か欲しいもんあるか?」
「王様プリン!」
「ここなウェハースver26が欲しいです!」
バトルの最中だった2人は画面から目を逸らさずに即答する。
「はは、わかったわかった。聞くまでもなかったかなー。んじゃ行ってくる」
そう言うとパタンと扉を閉めて大和は出て行った。
ほら、今日もそうだ。
こんな簡単なやりとりでも、もれなくナギの心臓はきゅうとやわく締め付けられている。もうナギはこの感覚が大和からのダダ漏れの愛情からもたらされるものなんだと知っているけれど、それでもソワソワしてしまうのは止められないし、どうしても頬が緩みそうになる。
おっといけない、まだバトル中だ。
トクトク早くなりそうな心音を押さえるように、ナギはコントローラーをしっかりと握り直した。
「タマキ、最近のヤマトはワタシたちを呼ぶ声に優しさや愛しさがたくさん乗っていますよね」
環の勝利でバトルがひと段落終えた所での小休憩中、ナギは環にそう声をかけた。大和の変化や、それを知っていても落ち着かない気持ちをメンバーと共有したいと思ったからだ。
「とても嬉しいことですが、なんだかこそばゆくなってしまいます」
そう言ってナギは微笑むが、ペットボトルのジュースを冷蔵庫から取り出した環は首を傾げている。
「え、そうなん?変わんなくね?」
てっきり、メンバーの中でも特に感のいい環なら同意してくれると思っていたのに、予想とは違うリアクションが返ってきてナギは少し戸惑う。
「変わっています。Hm、なんというのでしょう……声が甘いです」
「甘い?声が??甘い???」
「Yes、気付きませんか?」
「えーーーーー??んーーーーーー???」
環は本当の意味で頭を左右に傾けながら長い間唸っていたが、最終的に出てきた言葉は「わかんねぇ!」だった。
「そうですか……」
確かに大和の愛情表現はわかりにくい。でも、確かに愛してくれている。その事はもちろんメンバーもわかっている。
それなのに、最近の大和のダダ漏れ具合には他のメンバーに伝わっていないのかと、ナギは少し寂しくなった。同時に、やはり大和はもっと素直に愛を伝えるべきだとも。
ジュースを飲み干した環は空の容器を手で弄びながら、俯いているナギに声をかける。
「ナギっちは、ヤマさんの声が甘く?聞こえんの?」
「Yes……」
「ふーーん……」
少ししょげたようなナギの姿に、環は少し考えているようだ。
環は、頭だけでなく体も左右に揺らしながら元の位置に座ると、突然「あっ!」と何かを思いだしたように背筋をピンと伸ばした。
「それってさ、俺がそーちゃんに、名前呼ばれんのと似てる気がする」
「Hm?ソウゴに?」
「うん。俺がそーちゃんに”環くん”って呼ばれんじゃん。なんもない時はなんも思わないけど、俺がそーちゃんに怒られそうって思ってたら、そーちゃんが怒ってなくても怒られてるみたいに聞こんの。んで、そーちゃん今日は機嫌いいなーって思ってたら、よくなくてもいい風に聞こえんの。……わかる?」
言いたい事がちゃんと伝わっているか、ナギをそっと覗き込みながら環は確認しててくる。
環の言葉はナギに正しく伝わっていた。
だから、環が不安に思っている事については「Yes」なのだが、ナギは「No」と言いたい気持ちにかられていた。
だって、そんなのは、まるで……。
ナギが心の奥の方からふつふつと熱が噴きだして体中に広がっていくのを感じながら、返答を待っている環にコクンと頷いてみせると、環はほっとしたように言葉を続ける。
「それと一緒なんかなーって。だから、ナギっちのヤマさんの声が甘く??聞こえんのは、ナギっちがヤm」
「タマキ!!!!!!!」
「うわあぁああぁっ!!!!!!」
環の言葉を遮ったナギの突然の大声に、環は思わず飛び退いて持っていたペットボトルを投げ捨てた。軽い音を立ててリビングの隅の方へペットボトルは転がっていく。
「もぉーー!!!ナギっち!!!急にびっくりするし!!!」
環は表情を強ばらせるながらナギに向かって怒ったが
「Oh!大切なことを思い出したので、つい」
と、ナギは悪びれた様子もなくそう言ってウインクを投げた。
「そんなでかい声出さなくてもいいじゃん!!」
そんな所作に騙されないと言うように、環は警戒している。
「Sorry、タマキ、怒らないで。ローホーですよ!」
「……なに、ろーほーって?」
まだ訝しげに環が見つめる中、ナギは立ち上がり転がって行ったペットボトルを拾うと、魔法少女のステッキのように器用にクルクルと回して環の目の前につきつけた。
「それは、いつものスーパーで、王様プリンを1つ買うと、もう1つおまけでついてくるキャンペーンをしている事を思い出しました!」
王様プリンのワードと夢のような内容に、さっきまで怯えていた環の瞳はキラッキラと朝日を浴びた水面のように輝いていく。
「マジで!?1個買ったら2個じゃん!」
「Yes!10個購入すれば、なんと、20個になります!」
「すっげぇ!!」
「本日限定企画のようです!タマキ、今から王様プリンフェスティバルを開催しませんか?」
「やったーー!!めっちゃする!!」
「さぁ、タマキ!いっしょに踊りましょう!」
「いぇーーい!!!」
「「王様ぷりぷり~♪」」
と、ナギと環が王様プリンダンスを歌い踊っていると、「ただいま」と大和がコンビニから帰ってきた。リビングに入って最初に目にしたのが180cmオーバーの男2人が幼児が好んでマネるようなダンスを踊っている姿だったものだから、大和はぎょっとして一瞬固まったが、結局は楽しそうにしている2人を見て吹き出してしまう。
「2人とも元気だなぁ……ほら、頼まれてたの買ってきたぞ」
「ヤマさん、あんがと!」
「サンクス、ヤマト。では、ワタシはフェスティバルの準備に向かいます。タマキは会場の準備をしていて」
「わかった!」
「ん?出かけるのか?」
「Yes!」
大和の方を見ないまま元気よく返事をしたナギは、リビングを出ようと足早にドアに向かう。歩く速度に合わせて、心臓が高まっていくのをナギは感じる。早く部屋を出て、少しでも考える時間が欲しかった。大和から名前を呼ばれてしまう前に、早く。
しかし、ドアノブを回しドアを開けて廊下に一歩足を踏み出した所で
「気をつけて行ってこいよ、”ナギ”」と大和に背中ごしに声をかけられてしまい、ナギの動きは一瞬止まった。
大和の声はさっき聞いたものよりも、今まで聞いたどれよりも一層”甘く”聞こえて、微笑ましいと思っていた心に触れる”甘さ”は、また別の”何か”に変わっていくのを感じる。
なんだか泣いてしまいそうになったナギは、それに飲み込まれてしまう前に「Yes」と、一言だけ残してリビングを後にした。
ドアがパタリと閉められてから、大和はイスに座ると買ってきたばかりの缶ビールのプルタブに指をかけた。
CMのように、気持ちいいくらいにグビグビっと煽ってから、やっぱ昼から飲むビールは最高だなーと嬉しそうに独り言を言っている。
環は環で、まだご機嫌に王様プリンの歌を歌いながらテーブルの上に散らかったお菓子を片付けている。珍しいこともあるもんだなと思いながら、つまみに買ってきたチータラをつまむ。
珍しいと言えば、さっき部屋から出て行く時のナギの様子だ、と大和は思う。珍しいというか、違和感があったというか、少なくとも大和がコンビニに行くまでは感じなかった。
「タマ、ナギはどこに行ったんだ?」
「いつものスーパー。なんか今日、王様プリン1個買ったら、もう1個おまけでついてくんだって。すげーよな、ふとっぱら!」
「へぇ、そんなのやってんだな。連絡くれたらついでに寄ったのに」
「俺もさっきナギっちに教えてもらった。んで、ナギっち帰ってきたら王様プリンフェスティバルすんの。ヤマさんもどーお?ヤマさんなら、特別に参加してもいいよ」
「ははー、お兄さんは保護者席で見学かなー」
苦笑いしながら、環がテーブルを片付けている理由を知って納得する。きっとテーブルいっぱいに王様プリンを並べようとしているんだろう。なんたってフェスティバルだし。
一通り片づけを終わらせた環が再開したゲームを見ながら、大和がしばらくビールを堪能して2缶目が半分ほど空いた頃。素面で話すには照れくさい、だけど最近どうにも気になっていた事を、少しふわふわしてきた勢いで話し出す。
「そういや、タマ。ナギの事なんだけどさ」
「ナギっち?」
「そう、ナギ。前から俺たちの事を好きだ、愛してるって言ってくれてたけど、最近もっと俺らの事が好きーってのが伝わって来るよな。ほら、俺たちの名前を呼ぶ時とか……」