4部でノースメイアから帰国した当日夜の陸とナギの話。『アイドリッシュセブンを抜けて祖国に帰る』
そんな手紙を置いてナギはアイドリッシュセブンの前から姿を消した。
「もしかして夢なのかも」
ナギがいなくなってから、現実逃避に近い気持ちで陸はナギの部屋の扉を何度か叩いたことがある。けれどそれは、返って来ない返事とナギの跡形もない空っぽの部屋で現実を突きつけられるだけでしかなかった。
そんな事を思い返しながら、陸はナギの部屋の扉を少し緊張してノックする。寒くて暗い廊下にノック音はよく響くように聞こえた。
「あいていますよ」
あまり間を置かず中から特徴のある話し方が聞こえてきたことに、陸は緊張を解いて扉を開ける。
「良かった、ナギ起きてた」
「Oh、リクでしたか。いらっしゃい」
ナイトウェア姿でベッドに座っていたナギは、陸の姿を見て優しく微笑んだ。
誰よりもアイドリッシュセブンが、メンバーが大好きなナギらしくない手紙の内容に、ナギの意志は別にあると信じてノースメイアまで乗り込んだ。
国とか、王子様とか、暗号とか、人質とか、色々何とかしなきゃいけない問題をどうにか……桜春樹との悲しいお別れも……して、そして今日、ナギはアイドリッシュセブンと共にノースメイアから日本に戻ってきた。
フィギュアやぬいぐるみなどナギの好きなもので埋め尽くされていた部屋に、今はベッドとソファとスーツケースとナギしかいない。シンプルな部屋でよく引き立っているナギの隣に、陸はぽすんと座った。
「荷物、いつ届くの?」
「明日には届く手はずになっています」
「今日だけちょっと寂しいね」
「Yes……どなたかの部屋に行く事も考えましたが、長距離の移動でみな疲れているでしょう?ですから、今日は1人で過ごすと決めたのです。が、リクが来て下さって嬉しいです!」
そう言ってナギは陸に思い切り抱きついた。
「えへへ、よかったー……って、ナギちょっと痛いってばー」
「はは、それほど嬉しいということです!受け入れて?」
「ははっ」
ナギだって疲れているはずなのに、思うことがたくさんあって寝付けないんだろうと陸は思う。こうやって甘えたようにスキンシップをとってくるのも寂しいからだと知っているから、陸はナギの言うまま強めのハグを笑って受け入れた。
ひとしきり笑った所で、ナギはハグを解いた。
「Oh……あまりうるさくしているとミツキやイオリに怒られてしまいますね。それでリク、こんな夜更けにどうかしましたか?リクも疲れているでしょう?」
「そうなんだけど、どうしてもナギに渡したいものがあって」
「ワタシに?」
「うん」
「なんでしょうか?」
「えっと……ナギ、両手を出して」
「Hm?こうですか?」
「うん、ありがと」
ここなグッズか、はたまた他の何かか。何を渡されるのだろうかと期待しているナギに、陸は「はい!」と言って、受けるように揃えられたナギの両手の平の上に”何か”を置いた。そしてナギは困惑する。
「Oh……リク?」
確かに陸が”何か”を置いたが、手のひらの上には”何も”なかったからだ。
ナギは考える。
これはイッキュウサンのようなトンチ問題?もしくは、陸には見えていてナギは見えないもの……?もしかして……
「……リク、これは……幽霊か、なにか、ですか……???」
陸がどうしても渡したいと疲れを押してまで渡したかった”何か”だし、女性の幽霊かも知れないから、叫んで投げつけたい気持ちをグッと堪えて……しかし、カタカタ震えて涙目になりながらナギは陸に尋ねる。
「幽霊……?あ、違うよ!ここに置いたのは”ろく”!」
「What!?ろくろ首のことですか!?」
ろくろ首は首が長い幽霊?何故ろくろ首がこの寮に?まさか、自分が不在の間に寮が呪われた??
ナギは泣きそうになりながらも、確か女性だったはずという知識だけを便りに両手の上にいるだろう女性にハローと声をかけようとしたが、それは陸に遮られる。
「ナギ、違うってば!ちゃんと聞いて!ろくろ首とか幽霊じゃなくて、オレが置いたのは”ろく”!ナギから預かってた”6”!」
「ロク……?」
ナギは首を傾げて少し考えると、思い当たったように目を見開く。
「うん。……ナギ、ノースメイアに帰るちょっと前に”オレがいればアイドリッシュセブンは永遠に途切れない、理想の形のままでいられる”って言ったよね?あの時はオレ、ナギと同じところがあるんだって嬉しかった。でも、ナギがノースメイアに帰ってからその意味を知って、オレがいても完全じゃない、6はナギじゃなきゃダメだって思ったんだ。アイドリッシュセブンはやっぱり7人じゃなきゃって……みんなもそう思ってた」
陸がもう一度、震えるナギの両手の上にそっと”6”を置いて自分のそれを重ねる。ナギの顔を真っ直ぐ見て、陸は言葉を繋ぐ。
「だから、ナギ、これは返すよ。……もう、離したりしないで」
2人の手にぽとぽとと、水の雫が落ちて弾けた。
「……yes……yes……」
ナギは陸から渡されたものを、陸の手ごと大切に、大切に胸に抱きしめて堪えきれない嗚咽を漏らす。
「っ……サンクス、リク……っもう、2度と……手放したり……っしません……」
「うん。ナギ、おかえり!」
ナギが絞り出した言葉に陸は満足そうに微笑んだ。そしていつもナギがしてくれてたようにハグをして、あやすように背中をトントンと叩く。陸の優しさに包まれたまま、ナギはしばらく泣いた。
ナギの気持ちが落ち着いた頃、2人は並んでナギのベッドに入っている。
「今から部屋に戻っても寒くて寝られなさそうだから、今日ナギと一緒に寝ていい?」
陸がそう言ったからだ。
「リクと一緒に眠るのは嬉しいですが、やはり寮のベッドは狭いですね……」
困ったように笑うナギの隣で陸は嬉しそうにしている。
「ノースメイアのナギのベッド、大きかったもんね。でも、オレはナギとくっついて寝るの好きだよ。ナギ、あったかいもん」
えへへ、と笑いながら陸はナギにぎゅぅと抱きついてその胸にすり寄る。ナギも陸を抱きしめ返した。
「リクもあたたかいですよ。今日はここなの代わりにワタシの抱き枕になって下さいね?」
「えー、オレもうちょっとかっこいいのがいい」
「Oh!ここなでは不服だと言いますか!?」
「あはは」
他愛ない話をして笑いあう。
自然に会話が途切れると、2人に眠りが近づいてくる。
ナギの宣言通り、抱き枕になった陸の耳にはナギの心音が聞こえる。
ナギがちゃんとここにいる事を感じながら、陸は目を閉じた。