バスタイム・トゥギャザー( after オーロラナイト。)2/6 20:06
「ヤマト、今からワタシとともにトクベツなバスタイムを過ごしませんか?」
早めの夕食を終えた後、大和の部屋にやってきたナギからこんなお誘いを受けた。基本的に人前で肌を見せることを恥ずかしがっていたナギだったが、ようやく裸の付き合いにも慣れてきて、特に三月、環、陸あたりとはよく一緒に入浴しているようだ。しかし、大和とはロケや温泉宿で他のメンバーを含めて入ることがほとんどで、寮で、しかも二人きりとなると”そういうこと”に絡んだ記憶を含めて片手で数える程度しかない。今日は他のメンバーもいるし”そういう日”でもないのに、ナギからこんな風に誘われることは珍しいし、純粋に嬉しい。大和に断る理由はなかった。
「いいよ」
「GOOD!オユハリはもう出来ていますから、早く来て下さいね」
そう言って、ナギは投げキスのファンサをして去っていった。その様子に大和はぷっと吹き出して口元を緩めると、読んでいた台本をたたんでクローゼットを開いて替えを取り出しつつ、ナギの機嫌の良さとトクベツな理由を考えてみる。
ここなちゃんのバスボムみたいな珍しい入浴剤を手に入れたとか、お風呂で使えるおもちゃでも買ったとか、そんなところだろうか。おもちゃと言っても、ここなちゃんのソフビ人形とか、マーライオンのように口から水をダバーっと吹くフグの人形とか、押すとピーピー鳴くやけに長い黄色いニワトリっぽい人形のとか、そういった類いの物で、決してオトナのおもちゃのことを想像して言ったわけではない、そう、決して。……と、誰に対してかわからない言い訳をしつつ、それでも、あわよくば、なんて捨てきれない期待を心の隅に添えながら、大和は浴室へ向かった。
当然のように大和が期待していたようなあれこれはなく、上機嫌に体を洗うナギを見て、綺麗だなぁとか触りたいなぁとかぼんやりと思いながら、至って普通に入浴としての行為をしていたが
「んで、特別なことってなんだったんだ?」
ナギ好みの、この時期にはややぬるめのお湯に二人でつかった時に、大和は尋ねてみた。
「ふふふ、これです」
自慢げなナギはどこから取り出したのか、手のひらに収まるほどの小さな小瓶を持っている。
「なに、それ」
「少し前にヤマトがプラネタリウムに連れて行ってくれました。その時に購入したアロマオイルです。トクベツ、でしょう?」
そう言ってナギはふわりと笑った。
去年の十一月の終わり頃、午後の仕事がキャンセルになった大和は、その日は午前中で仕事が終わるナギをデートに誘ったことがあった。忙しい日々に出来た隙間で、遅い昼食やアニメショップ巡り、ウィンドウショッピングなど恋人としての時間を楽しみ、さぁ帰ろうかという時に、大和はナギの手をひいてデートの延長を申し込んだ。
行先は「北欧の夜空とオーロラ」の演目を期間限定で特別上映しているプラネタリウムだった。
待ち合わせの駅に向かう車内でその広告を見た大和が思い浮かべたのはナギのことで、いつか一緒に見に行けたらとそんな願いも込めて、浮足立つ勢いのままに予約を取った。見事に再現された星空やオーロラもさることながら、暗い館内で密かに指を絡めあったりと初々しい果実のような甘酸っぱい時間を過ごしたのだった。そういえばあの時、ナギが施設内のショップで、宇宙を思わせるラメが散りばめられたロリポップ型のキャンドルと「オーロラの香り」を買っていたことを大和は思い出した。
大和が振り返っている間に、ナギはしなやかな指で蓋を取りボトルを傾ける。雫が湯を張った陶器の器に数滴落ちると、すぐに華やかななのにスッキリとした香りで浴室内が満たされた。特別好みという訳ではないが、苦手な香りではない。けれど……
「オーロラって、こんな匂い、なのか?」
そもそもの疑問を大和は口にする。大和は以前、番組のロケでTRIGGERの九条天とノースメイアに行った時に本物を見たことがある。ピンと張りつめたような冷たい空気と、葉っぱが擦れるようなオーロラの音と、夜空を彩るオーロラの幻想的な美しさ、それとナギを彷彿とさせる人懐っこい犬に妙に懐かれていた記憶はあるが、匂いに関しては正直なところ印象に残っていない。
「もちろん、オーロラに香りはありません。しかし、オーロラという名前の由来は、ギリシア神話の女神アウロラですし、その輝きのことを北欧神話ではヴァルキュリアの甲冑だと例えられていますから、女性的なローズベースの香りになったのでしょう」
ワタシは好きですよ、と言うナギは目を閉じて穏やかに微笑み、この空間ごと堪能しているようだ。この香りはナギには似合うが自分には似合っていない気がするし、このあと自分からこの香りがするかもと思えば、少し気恥ずかしいような気持ちにもなる。しかし、ナギが作ってくれた特別な時間だから自分も浸ってみようと、大和もナギにならって目を閉じてみた。
辺り一面には色とりどりの花々が咲き乱れていて、蝶が舞い踊っている。見上げたゼニスブルーの空には、オーロラが七色に彩をうつろわせてカーテンのようにゆらゆらとひらめいている。体は羊水にいるようなあたたかさと安心感で包まれていてポカポカとしていて気持ちがいい。
例えるなら、まるで……
「天国みたいだな」
「極楽ですね」
二人の声が重なった。お互いに顔を見合わせて、何を言ったのかわかると同時に吹き出した。
「くくく、ナギ、っふふ、ははは、ナギが、極楽って、はっは、ははは」
「ふふっ、入浴した、ときには、っふふふ、そう言うと……ふふ、ヤマトに、ふふ、教わったん、ですよっ、はは」
なぜだか妙におかしくて、二人で肩を震わせながらしばらく笑い続けた。
「いつか一緒に見に行きたいですね」
「え?極楽?」
「違います!ノースメイアのオーロラです。ヤマトと、みなと、一緒に見たいです」
「あー、そっちか。うん……うん、そうだな、あいつらにも見せたい」
「YES!またノースメイアでレコーディングやMV撮影をしましょう!」
「ははは、予算とスケジュールが合えばいいけどな。マネージャーに頼んだら死に物狂いで何とかしてくれそうだけど?」
「OH……マネージャーに負担をかけるのは非常に心苦しいです……」
幸せそうに微笑んでいた表情はどこへやら、ナギは眉間にしわを寄せてぶくぶくと湯船に顔を半分沈めている。
きっと、そう遠くない先に、極楽でもあり天国でもある他愛もない今を、トクベツな日として思い出すのだろう。そんな幸せな未来を想像して大和はまた笑った。