起り得ない共演注意
「星が仮面の愚者となる=正規スタレ世界線ではない完全なIF」とし、幾つかの仮定を置いています。
時系列:宇宙ステーションで星核を埋め込まれる→カフカと銀狼が去った後、仮面の愚者が星ちゃんを連れ去る→なのかと丹恒は宇宙ステーションでは星に出会っていない(終末獣戦闘で間接的にすれ違っている)
仮面の愚者が何故星を連れ去ったのか:愉しいから。もしくは、アッハが星ちゃんを気に入ったから。理由付けはいくつか考えましたが、アキヴィリ関連or“脚本”をかき回したいなどそれなりに納得のいくものを個人個人で選んでいただければなと。
◇ ◇ ◇
所長であるアスターから救援依頼を受けた星穹列車が宇宙ステーションに到着する頃には、その部屋には誰の姿も残されていなかった。ただ、何かしらの凄まじいエネルギーの波動が残されていただけで。
反物質レギオンの侵攻を一定ラインまで退けた後、今回の侵攻がステーション内のどこで発生し、どのように被害が広がったのかを調査するために宇宙ステーションで復元された監視カメラ映像。そこには灰色の髪をした一人の少女が映り込んでいた。
宇宙ステーションに所属している人間ではない。だが、興味なさげに襲撃の映像を見ていたヘルタが不意にタブレット端末の画面をスクロールして少女を拡大したことから――この“ずれてしまった物語”は、始まったのだ。
「ちょっと、こんなお子ちゃまの身体に星核を拘束させたのはいったいどこの誰? ただ拘束させただけじゃなくて、星核がすごく安定してる」
ヘルタはあくまでも星核の拘束技術にのみ興味を示していたが、宇宙ステーションで保管されている筈だった未覚醒の星核が行方知れずとなれば――アスターをはじめとし、同席していたカンパニー社員たちの間にもどよめきが広がる。
身体に星核を宿している、生きた爆弾のような少女。
万が一にもその星核が覚醒してしまい、あるいは誰かに利用され、災いをもたらすことになれば。
名前も素性も、その一切が分からず、ただ解像度の低い映像に残された端正な顔立ちだけが手がかりとしてある少女。
スターピースカンパニーはこの銀河中に指名手配をかけ、少女の行方を捜していた。
◇ ◇ ◇
「愉快なものですねえ。そう簡単に災いをもたらして終わり、だなんてつまらない事をする筈もないというのに……まあ、まだ僕ら仮面の愚者が星核の器を連れ去ったことが露呈していないから焦っているんでしょうけど」
血相を変えて星核の捜索に乗り出したカンパニーの記事を眺めながら、濃紺の髪をした男はすやすやと眠りについている少女の頬をくすぐった。
「芦毛ちゃん、随分サンポちゃんに懐いたけど理由は聞いた?」
「え?」
「ひひっ、変な服着てるからって言ってたよ」
「ちょっと、どういう理由ですかそれ」
「知らなーい。でもでも、芦毛ちゃんが来てくれたからしばらく退屈しなさそう! 花火、今度の惑星に芦毛ちゃんのこと連れてってもいい?」
「どうせ僕はしばらくベロブルグにいくので好きにしてください。流石に星穹列車の次の行先に星さんを連れていくのは、尚早すぎますから」
――それに、星さんは“まだ”愉悦の星神を信仰してはいませんから。
「……へえ?」
花火の力で星を愉悦の道に目覚めさせたとて構わない、というサンポの遠回しな言葉に花火は口角を上げた。
「どういう風の吹き回し? サンポちゃんは何でもかんでも自分の手で準備したいタイプだと思ってたんだけど~」
「別に深い意味はありませんよ。ただ、彼女のことですから手取り足取り愉悦の道を歩ませたところでひょんなことから本来の道のりに戻ろうとするでしょうから。何が正しいのか、自分はどうしたいのか、様々なことが分からなくなりながら揺れ動く主人公というのも愉快なものでしょう?」
「趣味悪~い! でもおもしろそうだから良いよ!」
異なる愉悦の美学を持つ二人だが、ごく稀に、本当に稀に意気投合した時にはブレーキをかける者がいなくなる。
部屋を出る直前、振り返ったサンポは自分たちが「開拓」の道から踏み外させた少女を一瞥した。次会う時には彼女の曇りなき黄金の瞳が愉悦に傾倒していると想像するだけで、ある種の愛おしさすらこみあげてくる。
「きっと貴女は僕を愉しませてくれる。そうでしょう?」
◇ ◇ ◇
星核ハンターのリーダー、エリオ。
エリオが視た未来をもとにした『脚本』は物事の結果を示しており、道中で何が起ころうとも、その結末は変わらないという。だが裏を返せば、そこに至るまでの過程はどうだろうと差し支えないのだ。
星核ハンターがこの少女を星穹列車に乗車させ、どのような道筋を辿らせようとしていたのかは、推測の域とはいえ予想がつく。ならばサンポはある程度彼らの道筋をリスペクトしつつ、全く違う道を舗装してやろうと思うのだ。
主人公は変わらない。舞台の駒を動かすのは仮面の愚者。
何一つ疑うことなく歩まされた愉悦の道が偽りかもしれないと気付いた時、果たして星はどんな顔を見せてくれるのだろうか。多くの手間と労苦にはそれだけの価値がある。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと丹恒!? あの子がどうしたって」
「下がれ三月、長々と説明している時間はない――列車にいる二人に連絡してくれ」
宇宙ステーションに滞在した際の騒ぎをまだ覚えている。反物質レギオンとの戦い。終末獣との戦闘。あの時、確かに列車の乗員の誰でもない力が終末獣に対して働いていたこと。後の解析で星核の力が関係していた事が判明してしまうと、星核が宇宙ステーションから行方知れずとなっている事と結び付ければ――誰しも似たような推測をする筈だ。
自分たちと同じようにこの惑星へやってきた旅行客のようなものだと思っていた、灰色の髪をした少女。友達として暫く行動を共にした彼女に対して丹恒が警戒の姿勢をとったことでなのかは動揺しているようだったが、問題は星核を身に宿した少女のほうではない。
むしろ、彼女を連れ去ったのが何者か明らかになっていない以上、丹恒は其方のほうが危険だと踏んでいた。
「……宇宙ステーションから星核を持ち出したのは仮面の愚者だと」
よりにもよってそれが、何をしでかすか分かったものではない仮面の愚者だとは。
キョトンとしている灰色髪の少女の隣で、長身の男がくすりと笑う。
「あらら。星さん、バレてしまいましたねえ」
「何が?」
「僕らの正体ですよ。もう少しくらい休暇を楽しんでから此処を離れようと思っていたのに、こうなった以上は急いで離れた方が良さそうです……カンパニーが貴女を捕まえに来たら、随分と面倒な鬼ごっこをする羽目になりそうですし」
「大丈夫。その時は、サンポを差し出して私だけ逃げる」
「なっ、僕らの絆は何処へ行ったんですか!」
「だって花火が「何かあったら、サンポちゃんのこと身代わりにして逃げちゃお? 大丈夫大丈夫、サンポちゃんは自分でどうにかするから」って」
「花火のろくでもないアドバイスなんて受け入れないでくださいよ……」
「すまないが、星穹列車はカンパニーがかけた指名手配を見なかった事にはできない。多少手荒な真似をさせてもらうぞ」
此方の警戒が緩みそうになるような和やかな会話を続けられても困る、と戦闘態勢をとった丹恒が鎮圧のために槍を振るえば、槍を受け流したのは男の方ではなく少女の方だった。
「わっ!?」
「おっと」
槍の刃先を咄嗟にバットで受け流した所までは良かったが、純粋な力の差でよろめいた少女を男が倒れないように支える。それから少女の背を軽く押し、「どうぞ」とでも言うように頷いて見せると、少女が丹恒の槍捌きに一人で対応し始めた。
正直に話せば、この状況は丹恒にとってあまり芳しいものではない。何故ならカンパニーが正式に捜索しているのは星と呼ばれた少女だけだが、重罪人を裁くために追っているのではなく、あくまでも星核を宇宙ステーションに戻すための捕縛だ。そんな状況で全力を出して戦う訳にはいかないのだ、己の手の内を曝け出すのはデメリットでしかない。
かといって槍から力を抜きすぎれば、隣にいる仮面の愚者の男がどう出るか分からない。丹恒は星に大怪我を負わせてしまわないように力を抜きながら、男を警戒して力を込めなければいけないのである。手を抜いているとはいえ、こうしているとまるで戦闘の練習相手にでもさせられているみたいだ。
「はあ、っねえサンポ! 私、前よりは、結構動けるようになったよね!?」
「集中してくださいお姉さん、彼、貴女のために手を抜いてくださっているんですから」
「手を抜いてやっているんじゃない、カンパニーの指名手配要綱に沿っているだけだ!」
精々星の気を引くように立ち回り、少しでも時間稼ぎをして、捕縛自体はカンパニーに任せたい所だが……おそらく今回、カンパニーはこの二人を捕まえられはしないだろう。
「星と言ったな。なぜ仮面の愚者に身を預ける」
「……身を預けるっていうか、最初からいた? っていうか」
「最初から?」
宇宙ステーションに残る僅かな情報では、星を連れて来て星核を埋め込んだのは星核ハンターだ。最初から仮面の愚者といた、という星の認識から見るに、おそらく星核を埋め込まれる前の記憶は消滅しているか不安定かの二択だろう。
「それに」
少しでも情報を引き出せるような問いかけをしようと頭を回している丹恒をぼんやりと見つめながら、星が至極当然の事のように言葉を続けた。
「“楽しい”は悪いことじゃないよね? 皆といたら全然退屈しないから、サンポたちといるの」
「っあはは! 僕、教育者として優秀なのかもしれませんねえ……そういう事なので、僕らはそろそろ失礼しますよ。また何処かでお会いした時に仲良くお話でもされてください」
「星っ、」
サンポが星を自分の方に引き寄せると同時に、背後からなのかが星を呼んだ。おそらくなのかが星穹列車にいる姫子とヴェルトに連絡をとり終えるタイミングを見計らっていたのだろう。
「またね、なの。後で一緒に撮った写真送るね」
「えっ、あ、うん? わかった? ウチも送るね……?」
星が手を振るのにつられて、なのかも手を振り返す。それにどうにも気が引き締まらないなと呆れた眼差しを送っている時だけ、丹恒は不名誉ながらサンポと全く同じ行動をしていた。やれやれと肩を竦めたサンポが小さい爆弾のような物を放り、辺りが煙幕に覆われ、煙が晴れる頃には――もう、二人の姿は無かった。
◇ ◇ ◇
「星核って、こんなに皆して見つけなきゃ! って慌てるようなものなの?」
ぽつりと星が不思議そうに零せば、それを傍目に見ていたサンポが首を傾げる。そういえばきちんと説明した事は一度も無かった。彼女の中にある星核が突如として暴走するような事はないと分かっているため、説明する必要は無いと後回しにしていたのである。
星の自己認識は、自分が仮面の愚者であること、自分の身体には星核というとびきりのサプライズボックスが宿っていること。せいぜいその程度だろう。
「そうですねえ……星核はサプライズボックスのような物だと言ったでしょう? それもすごく珍しいものだと」
「珍しいって、たとえば……うーん……宝くじに当たるよりずっと珍しい?」
「もちろん! 貴女の選択ひとつで、いつ箱が開くかが変わるかもしれない。そんな特別な瞬間を見逃したくないんですから、誰だって手元に置きたがるんです。特別な瞬間は、最前席から眺めていたいと思うものですし」
「じゃあ、サンポも最前席で観たかったから私のこと連れ出したの?」
今日は聞きたがりな日らしい。星核ハンターが星を星穹列車に乗車させようとしていた理由にも関係してくるのかもしれないが、星穹列車の乗客である三月なのかと丹恒の二人との出会いは星にとって良い刺激になっているようだ。
「どうでしょうねえ。僕はどちらかといえば、舞台端から眺めるほうが好きですから」
それも、自分が作り上げた舞台なら尚更。
サンポはキョトンとしている星のほうに手を伸ばして、人差し指で彼女の胸元をつついた。星核が埋め込まれた場所を。
「でも星さんがとびきりの輝きを見せてくれる瞬間を、僕が誰より待ち望んでいるのは事実ですよ」
黄金の瞳に、いつか訪れるその刹那に焦がれる己の姿が映っていた。星から向けられる無垢な眼差しが、彼女がすっかりサンポを始めとする仮面の愚者に懐いた事を物語っている。
開拓の運命を外れ、愉悦の道に引きずり込まれた少女。
願わくば。
「それはきっと、一生忘れられない「愉悦」を僕に与えてくれるでしょうから」
願わくばその瞬間が、サンポをこの世界の何よりも満たしてくれるものであるように、と。星の髪を一房すくいとって唇を寄せる。
「なにそれ、変なの」
「あはっ、笑ってもらって結構ですよ。それより……」
サンポはする、と星の髪を離して立ち上がった。眼下に見える停泊港では星穹列車から通報を受けたスターピースカンパニーが星核の確保に動き出している。今更やってきた所で、サンポと星が堂々と港から出て行く筈もないというのに。同じように身体を起こした星が高台から足を滑らせないよう、手のひらを差し出した。
「あれ全部、私とサンポのこと追いかけに来た人たち?」
「ええ。どうします?」
「せっかくだし鬼ごっこに付き合ってあげようよ。此処まで慌ててきたのに、無駄足だったら興醒めしちゃうでしょ」
ありがと、とサンポの手のひらに自らの手のひらを重ねてきた少女を見つめ返しながら、空いた手で外套のポケットを探る。きっと星ならば完璧で安全な脱出より、心躍るスリリングな逃走劇を好むだろうと思っていたのだ。注目をわざと集めるための小型爆弾を手に持ったサンポは、それを躊躇することなく宙に放りだす。
「っいたぞ! 上だ!」
「展開して包囲網を作れ!」
「……あははっ、ゲームスタート! 楽しいですねえ、星さん」
くすくすと笑いながらワルツでも踊るような足取りで恭しくエスコートしてやると、サンポの言葉に星もまた笑みを浮かべた。
「うん。たのしいね」
ふわりと顔をほころばせた笑みは、善悪の区別もつかないまま、すっかり愉悦に染め上げられたもので、あどけなさすら残るもの。きっとこれから多くの事を知り、いつかは自分が「愉悦」を歩むはずではなかった事さえ知ってしまう日が来るのだろう。
ああ、その日が待ち遠しい。
サンポは星と共に逃走路を駆け抜けながら、心底愉快そうに笑った。