まっさらな貴女と「あ! サンポ、おかえり。そのひとだーれ?」
「……はい、ただいま戻りました」
「サンポ? これは……というか、彼女どうしたの?」
「もう僕の手に負えないのでナターシャさんをお連れしたんですよ……」
怪訝そうに様子を見ているナターシャと、明らかに新しく買い足したようなソファーに座っている星と、胃痛で遠くを見つめているサンポ。この状況を説明するためには、まず時間を遡らなければならない。
偶然にもベロブルグの封鎖地区で星と鉢合わせ、丁度行先が同じだった事と、裂界生物の相手をする負担が半減するという事で二人は行動を共にする事になった。サンポはこれから仕事を済ませにいくところで、星は帰り際らしい。
談笑(というには些か淡々としすぎているが)しながら、時折襲い掛かって来る敵を倒す。いやあ、効率が良いことこの上ない……とサンポが機嫌良く歩を進めていた時の事であった。
その時サンポは目の前から襲い掛かって来ていた敵を始末して気が抜けていた上に、敵の狙い目はサンポではなくやや後ろにいた星。だいぶ慣れてきたとはいえ、サンポよりも夜目の効かない星が敵に気付くまでタイムラグが生じ、振り返った星の胸元に敵の攻撃がストレートに入った。
「う゛っ……!?」
「星さん!?」
普段、それしきの攻撃では多少よろめくだけの星がいとも容易く吹き飛ばされると、サンポも何か予想外の事が起こった事には流石に気付く。手早く敵を始末してから星の様子を観に行けば、吹き飛ばされた先で木箱の置かれた一体に転がっていた星はぽわぽわと意識がはっきりしない様子だった。
「……ぁ、れ?」
「星さん? 僕が分かります?」
揺さぶるのは良くないんだったか、と身体を支えるも星の目は焦点の合わなくなったようにふらふらと虚空を彷徨っている。打ちどころが悪く脳震盪でも起こしているのだろうか。であれば診療所に連れて──と思っていた矢先。ぱちっと瞬きを繰り返した星がようやくサンポを認識して、一言。
「だれ?」
こてんと首を傾げる姿には嘘を吐いている素振りなど無かった。
「……はい!?」
今、自分に向かって「誰?」と言わなかったかこの少女は。
「サンポですよ、サンポ。貴女の友ですが」
「?」
「嘘でしょう?」
焦るサンポを前に星は自らの心臓の前でぎゅっと手を握っている。痛むのか、顔色は確かに青ざめていた。慌て気味に携帯で丹恒やなのか、ゼーレ、ブローニャ……と星が本来覚えている筈の顔写真を見せるも、ふるふると首を横に振って知らないと突っぱねられてしまう。サンポだけを思い出せないのではなく、記憶が全て朧気になっているらしい。
「あたまもむねもいたい……」
「え、ちょ、ちょっと星さん!?」
「うるさい」
それでもサンポへの塩対応が変わらないあたり、彼女は星に違いないのだが。とうとう星はふらりとサンポの肩に頭を寄せるようにして気を失ってしまった。
「……覚えていないなら覚えていないで、僕への当たりの強さはどうにかならないんですか?」
動揺のあまり、明らかに今気にするべき所ではない所を気にしてしまったサンポだが、答えを求めた相手は腕の中で意識を失っている。どうしたものかとポケットを探って星の携帯を探し当て、顔認証でロックを外した。なのかや丹恒とのメッセージを見つけると今朝「帰りは遅くなるかも。長引いたら二日くらい泊まって来る」というやり取りをしているのを見つけ、一晩くらいであれば何とかなりそうだと息を吐く。
「というかそもそも、この状況は僕に非があるんです?」
ぐったりと腕の中で伸びている少女を抱え上げると、サンポは脳内で予定を組み替え始めた。診療所に連れていくのは彼女が起きてから。自分の潔白を証明するためにも尚更そうすべきだ。
◇ ◇ ◇
武器の手入れ、儲けの確認、取引先との連絡、次の仕事の予定調整。普段通りの流れを繰り返している最中も、サンポの視線はちらちらと星の方へ向く。サンポの家、とはいっても仮住まいのようなものだが、そこには本当に机と椅子と寝台くらいしかない。今はサンポが机で作業をしているため星が寝台にいるが、流石に同じ寝台で寝るのは憚られる。主に両者の身の安全において。
「はあ~~~~……」
サンポだって男だ。自制心が並みの男よりはあると自負しているが、寝ぼけて夢だと勘違いした末に手を出してしまう可能性が億万分の一くらいは存在するし、嘘だ星相手ならもっと存在する。
もしくは先に星が起きた際、記憶混濁の症状が改善していれば十中八九サンポの目覚めは星の拳かバットのフルスイングになるだろう。流石に目覚めがあの世になる事は避けたい。
「……高くつきますよ本当に」
さっさと起きてくれませんかねえ、と思いながら寝台に近付いたサンポが眠っている星の頬をつついてみるも、う……と少し唸るだけ。
そっと端末を取り出したサンポは大人しく物置と貸している隣室から新品同然のソファーを運んでくると、寝台の横にあるテーブルへ「起きたら診療所に行くと良いでしょう」だのなんだのと書置きを。
やれることはやったのだから、とソファーの上でさっさと横になり眠りについた。
◇ ◇ ◇
「……ん、」
寝苦しさを覚えたサンポが毛布以外は何も被っていなかった筈だが……と瞼を開くと、
「……っ!??!?!?!??!?!?!?」
サンポとソファーの間に身体を割り込むようにして星がすやすやと眠っていた。
昨夜サンポが隣室から運んできたソファーは一人用の広さしかない。当然、星がサンポとソファーの間に身体を滑り込ませればサンポは縁ギリギリに寝ることになる。動揺で身体がぐらりと傾いた瞬間、サンポはお手本のようにソファーから落ちていた。お約束である。
「うっ……痛……」
寸での所で悲鳴を嚙み殺す事に成功したサンポがよろよろと立ち上がると、潜り込んで来ていた星がぼんやりと目を開いた。眠たそうに目を擦るも、相変わらず仕草はゆるりとしている。
「サンポ、おはよ」
「……おはようございます。名前を覚えてくれたんですね」
「すごいでしょ」
「ええ、まあ、ハイ。すごいです」
「やった」
慣れない手つきで頭を撫でてやれば、あろうことは星はサンポの手のひらに心地よさそうに頭をすり寄せてくる。
「んっ……些か、これは」
「サンポ? もっと」
「はい仰せの通りにお嬢さん……」
にこにこと頭を撫でられている星を見ていると、普段が淡々としているからか心が落ち着かなくなるというもので。こんな顔出来たんですねえ、と思いながら星が満足するまで頭を撫でてやった。正直な話、もっと! とせがまれたので手が少し痛くなったが何という事は無い。
◇ ◇ ◇
力尽きたので思い付いたところだけ
「では僕は仕事に行ってきます。良いですか、此処は三階なので窓を開かないように」
「うん」
仕事終わって帰って来たら流石に戻ってるだろうって思って帰って来ても、そっと開けた玄関の扉越しに様子を窺えば治ってない。のでそろそろまずいなってナターシャに連絡して来てもらうけど、サンポが必死な弁明の末に自分が何かやらかした訳では無いことを説明したら溜息を吐いたナターシャがアリバイだけは協力してあげるって星が暫く列車に戻れない理由の裏付けをとってくれるんだけど、診療自体は「経過観察しか無いわね。外傷は治ってるから」ってさっさと帰っちゃう。
「様子を見てあげなさい、なつかれているんだから」
「戻った時に僕、星さんに殴られません?」
「……君がいつも殴られそうになるのは失礼な事をしたりするからでしょう? どう見たってこの子、元々君のことそんなに嫌いじゃないけれど。むしろ好き嫌いなら好きな部類じゃないの?」
↑の好き嫌いっていうのは別に恋愛とか友愛とかじゃなくて人間としてどうこうの話
そんなこと言ってナターシャがさっさと帰っちゃうから扉が閉まった後に
「……はい!?」
って処理落ちしてるサンポ。星がだら~っとソファーに座りながら「サンポ、うるさい」って言うけどなんか塩対応も可愛く見えて来てしまって「あ~……」ってなってるサンポ
◇ ◇ ◇
あと
サンポ「流石にまずいと思うんですが!?」
徹夜明けのナターシャ「……頑張って頂戴」
星ちゃんに聞いたら自分で身体は洗えそうな見込みだったので髪だけでも洗ってやった方がいいか……ってどうせ洗濯するから服はある程度着せたままで風呂入れて髪洗ってあげるんだけど、そのあと着替え置いて風呂場からさっさと退散したら出て来た星ちゃん見て「そういや貴女、僕より一回りも小さいんでしたねえ……」って頭抱える回 そう 彼シャツのお時間です それもズボンは太さが合わなくてずり落ちちゃうから彼シャツかつ素足回
この段階まで来るとサンポも諦めているのでソファーではなく寝台でくっついて寝てるんだけど(起きたら結局くっついてきてる)、流石に素足の星ちゃん(かつ髪洗ったので自分と同じ匂いがする)を前に手を出さない自信が無かったので仕事が入ったって言って出て行こうとする
けど星ちゃんが「サンポ……?」って裾掴んで引き留めて来るし上目遣いだしでウワーーーッてなったサンポが「すみませんちょっと待ってください……」って寝台の横にしゃがみこんじゃう回 どうしたんだろうね 何が元気になったんだろうね
一週間そこらで元に戻るんじゃないかな