好奇心は自業自得⚠️
星ちゃんが 嘔吐剤 を飲んでいます
⚠️
お題入れてくださった方ありがとうございました!
◇ ◇ ◇
「なんだって貴女は僕の部屋に入り浸っているんですかねえ……」
まあいいですけど、と諦め混じりに溜息を吐いたサンポは上がり込んできた星から手元に視線を戻す。サンポの部屋の一つに最近よく上がり込んでくるようになった星は、別にサンポに用があるわけでもなく、ただソファーやらベッドやらでごろごろするかその辺に転がっている本を読んで帰っていくのだ。要するに体のいい暇つぶし部屋としてここを認識している訳である。
一度、サンポが疲れて帰ってきた時にいつ上がり込んだのか分からない星が平気な顔をして寝台に寝ていた時は流石に手でも出してやろうかと思わなくもなかったが、疲労が勝って星を抱き枕のようにして眠った。案外これが拒まれなかったというか、朝起きてから重たいと文句こそ言われたが寝心地が良かったのはお互いの共通認識だったらしく。その時から、サンポは星が部屋に入り浸ってくることについて一々ツッコミを入れることを放棄し始めた。
「ねえサンポ、これ何?」
そんな星の今日の興味の矛先は、サンポが机の上に放置していた瓶。綺麗な装飾が施されている事に目を惹かれたのかもしれないが、中身はちっとも綺麗ではない。ちらりと顔を上げて視線をやると、星が興味津々といったように瓶を持ち上げて光に透かしている。
「その瓶ですか? 依頼されていた嘔吐剤のあまりです」
「嘔吐剤?」
「名前の通りですよ。毒物や薬物、農薬、工業薬品その他の有害物質を誤飲したりした場合に飲ませて、吐き出させるんです」
毒ではなくあくまでも医療用としての用途で、とサンポが口にする説明をふうんと聞いていた星がそれきりまた静かになった。興味を失ったのだろうか、と思いながら武器の手入れに専念する。高頻度で手入れをせずとも良いのだが、常に最高の切れ味を保ちたいのなら手を抜くべきではない。段々と磨き上げられていく刃先に満足しながら、ふと星は携帯ゲームでもしているのだろうかと思った矢先のことである。
きゅぽんっ、と特徴的な音が部屋の中に響き渡ったのは。
どうにも嫌な予感がしたサンポがまさかと思いながら視線を投げかけると、迷いのない瞳をした星が瓶に口をつけるなり一息に中身を飲み干しているではないか。
「ワーッ??!?!??!? 貴女何してるんです?!??!?!?」
驚きのあまり、サンポは反射的に手で握っていた刀を思いっきり投げ捨ててしまう。もう後は仕上げだけで手入れが終わる筈だったのに、投げ捨ててしまった為に一からやり直さなくてはならない事が確定してしまった。何なら刃こぼれしているかもしれない。けれどそれを嘆いている場合ではない、空になった両手でサンポは星の両肩を掴んでぶんぶんと揺さぶった。
「何をしているんですか本当に!」
「飲んだこと無かったからつい……」
「当たり前でしょう!? 僕だって飲んだことありませんし飲む気もありませんよ!」
揺さぶられている星はぼんやりとサンポを見上げている。その手に握られている瓶の中身は既に空っぽで、一口程度ならまだ気持ち悪くなる程度で済んだだろうにと頭痛がした。一言二言交わしたあとで急に星が黙り込んだため、まさかと思えば案の定。
「……吐きそう」
震える手で口を押さえた星がぽつりとそう呟いた瞬間、サンポは驚くべき速度で星の服を脱がせて担いで風呂場に連れ込んだ。
その間僅か十五秒。吐しゃ物で汚してしまわないようにと下着以外の服を慌ててひん剝いた自分の行動は全世界から讃えられるべきではないだろうか、と思いながらサンポが風呂桶を手渡せば、力なくそれを受け取った星がいよいよ吐いてしまった。
「あーあ……」
効き目の早いことで。
苦しそうに吐いている星の背をさすってやるべきだろうかと悩みはしたが、あいにく先程脱がせたせいで星は下着姿なのだ。その状態で背をさするのは流石に不味いだろうかと変な悩みを抱えてしまったサンポは髪が巻き込まれないようにと束ねてやったあと、一歩ひいた所で壁に背を預けている。なるべく星から視線を逸らしながら。
本当は風呂場ではなくお手洗いに連れていった方が色々と楽なのだが、距離と絵面の問題で思わず風呂場を選んでしまった。けほっ、と苦しそうに咳き込みながらえずいている星はそろそろ吐くものが無くなってきたようで、けれど嘔吐剤が呼び起こす「吐きたい」という感覚が消えないらしい。
ようやく自分がするべき事についての考えが纏まって来たので、サンポは洗面台下の棚から掃除用の洗剤やらを出し始める。浴室の扉越しに見える星の身体はいつにも増して小さかった。調子が狂う、と換気扇の出力を上げてやってから再度浴室に戻れば星が緩慢とした動きで顔を上げてサンポを見上げている。
「のどいたい……」
「自業自得ですよ、お姉さん」
説明をしていなかったらサンポに非があったかもしれないが、星が嘔吐剤を飲んだのは説明をしてやった後なのだ。これを飲んだら吐いてしまうという因果関係まで丁寧に説明してやったというのに、飲んだ事が無いからという理由で嘔吐剤を飲むとは。
物理的に消耗したためか、星は弱々しく風呂場の床に座り込んでいる。散々吐いて胃を空っぽにするのは苦しかっただろうし、その目元には涙も滲んでいた。そこでやっと自分が星の服を脱がせていた事を思い出したサンポは笑みを浮かべたまま固まってしまう。何も言わないのを疑問に思ったのか、星が少し掠れた声でサンポを呼んだ。
「サンポ?」
そう、念のために今の星の状態をもう一度だけ説明しておこう。
下着姿で、涙目で、ぺたりと地面に座り込んでサンポのことを見上げている。
頼むからその状態で僕の名前を呼ばないで貰えませんか、とやましいことを考えかけた自分自身を心の中で殴りつけたことでやや冷静になったサンポは長い静寂の後で溜息を吐いた。
「病人相手に何を考えているんでしょうねえ、僕は……」
「?」
「此方の話です。そのタオル、元々手当用の使い捨てなので使い終えたらビニール袋に入れてゴミ箱へ放り込んでくださいね」
ほら、口をすすいでうがいをしたら部屋に戻って安静にしてください。
サンポに促された星はふらふらと立ち上がって洗面台で口を清め始める。その水音を聞きながら風呂場の掃除をするサンポは、後でお説教ですねえこれは……と遠くを見つめていた。
◇ ◇ ◇
「んもう、ちゃんと僕の話を聞いてました? 知らないものは口にしない! 飲んだ事が無いからって飲まない! 良いですね!?」
「なんか……保護者みたいなこと言うね……」
「貴女のような無鉄砲な子供を育てた覚えはありませんが!?」
すっごい怒るじゃん……とげんなりしている星の態度を見てさらにサンポがお説教を続けようとする。頭に響くと文句を言えば自業自得だの一点張り。確かに好奇心が勝って嘔吐剤を口にした自分に非があるかもしれないが、サンポが言う通り今の自分はカテゴリー的には病人に分類されるのだから優しく扱って欲しいのだ。
とはいえ、ソファーを占領して横になっていた星の元に戻って来たサンポがそこそこ疲れていたのも事実。吐いた後に後片付けを任せきりにしてしまったのも事実。
身体をのろのろと起こした星はサンポの座る場所を空けた、と思わせてからサンポの膝の上に無理やり座り込んだ。もう疲れてツッコミを入れる気力もない、というサンポは「……座るなら座るで落ちないようにしてください」とだけ付け加えている。
「ありがとう、サンポ」
「ええ、ええ、それはもう大いに感謝してください。話の通じない赤子じゃないんですから、これっきり何でもかんでも口に入れるのはやめてくださいね」
「……善処する」
「ちょっと!」
腕の中でぐったりとしている星を複雑そうに見下ろしているサンポには申し訳ないのだが、好奇心に勝てるものは中々無いのだ。それこそ詐欺師(自称:商人)のサンポの部屋には興味を惹かれるものがこれでもかと転がっている。きっと何か面白そうなものがあったら、星は申し訳程度の断りを入れて飲み込んでしまうだろう。
「僕……やはり一度くらい貴女を痛い目に遭わせた方がいいんじゃないかと思いかけたんですが、嘔吐剤で痛い目にならなかった時点で何をしても改善されない気がしています」
「私のことよく分かってるね」
「はあ。危ないものは全て貴女の手が届かない所に片付けるとしましょう……身長的な話ではなく隠すという意味ですからね? 棚の上のものを好き勝手口に入れないでくださいよ?」
「努力はす、わかったわかった! いひゃい(痛い)!」
みょーん、と星の頬を引っ張ってやった。八つ当たりと言い換えてもいい。
ちなみにサンポが驚いた拍子に地面に投げ捨てていた手入れ中の武器はしっかり刃こぼれしていたので今度修理しなくてはならない。折角の手入れが無に帰したのだ。