東雲、城下の大通りに軒を連ねる飲食店街。その一角にある古びた喫茶店で、藤目と姫は向き合って座っていた。ガラス越しの陽光に照らされながら、藤目はゆったりとした動作で、目の前のチョコレートケーキをフォークですくった。一方、姫は自身のケーキには目もくれず、藤目の口に運ばれていくチョコレートを渋い顔で睨みつけてた。
「ありえません」
「おや、ケーキではお気に召しませんか?」
「まさか騙されるとは思いませんでした」
「はて、何のことだか」
「帰ります今すぐ」
「まぁまぁ」と藤目は今にでも沸騰しそうな姫の怒りを沈めるべく、ひらひらと手招きをした。「安心してください。今日お呼びしたのは、先日とは別件のお願いですから」
藤目は、姫に嫌われていた。発端はほんの数日前のことだ。授賞式がきっかけで度々交流を深めていたふたりだが、その仲は藤目の一言でぶちこわしとなった。
「ぜひ貴方に、私の妻になって欲しいのです」
誤解しないで欲しい。真剣な求婚ではない。正確には、疑似夫婦ーーー夫婦とは何たるモノかを身をもって検証する、という斬新かつ画期的な取材の一環に過ぎない依頼であった。が、姫は考える間もなく返事を吐いた。
「嫌です」
のちに藤目がいくら説得しても、姫が首を縦に振ることはなかった。そればかりか、姫は傍に控えていた飛鳥の腕を引っ張り、己の前に立たせるとこう言った。