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    rakugakisouko

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    rakugakisouko

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    本編は文サイドと仙サイドで構成されています。

    文仙本サンプル すくいあげるは恋の花『作戦のはじまり』

    「文次郎、明日は暇か?」
    金曜日。授業が終わってすぐ、一番前の席に座っていた文次郎に声をかける。
    「暇じゃない」
    教科書をかばんに入れながら文次郎が答える。
    「どこかへ行くのか?」
    「新入生歓迎会の買い出しだ」
    季節は四月。私たちが最高学年になるのと同時に新しい一年生たちが入ってきた。
    「あぁ。そういえば来週だったな。なら私も行こう!」
    「お前は関係ないだろうが」
    「人手は多い方がいいだろう?それに私も買いたいものがあるからな」
    買いたいものは特にないが、適当な理由をつけてついていくことにする。
    「好きにしろ」
    いつも通りそっけなく文次郎は応じてくれた。

    **

    「あとは何を買うんだ?」
    いくつかの店を回って目当ての物を買う。もちろん買ったものは文次郎が自分で持っている。
    「ちょっと待て……それよりも仙蔵、お前の買い物はいいのか?」
    そういえばそんなことを言った気がする。特に買いたいものもないから別に急ぎもしない。
    「私のは後でかまわん。売り切れるものでもないしな」
    「そうか」
    そのときだった。
    「潮江先輩!」
    「おまえ、なんでこんなところに?」
    「知り合いか?」
    「生徒会の後輩だ」
    ぺこりと頭を下げられるが、生徒会で見たことはない。
    「潮江先輩はどうされたんですか?」
    「新入生歓迎会の買い物だ」
    「そうなんですか!私にも手伝わせてください!」
    この表情。確実に文次郎が好きだ。見る目はあるが、許せるものではない。
    「しかしお前も予定があったんじゃないのか?」
    「私の予定はもう終わりました!私も生徒会の一員ですので手伝います!」
    「そうかそうか。同じ生徒会の仲間として嬉しい言葉だ!」
    文次郎は上機嫌になるが、私はなにも嬉しくない。
    「仙蔵、いいか?」
    おそらくダメとは言わないと思っているのだろう。だが、気分のいいものではない。
    「なら私は別行動しよう。私の欲しいものが売り切れてしまうかもしれんからな」
    「おまえ、さっきは売り切れ……」
    「じゃあまた」
    最後まで言わせずに私は文次郎たちに背を向ける。

    **

    結局、その日は文次郎にメールだけ入れて先に帰った。それからあまり話していない。というよりもあの後どうしたのか聞きたくないというのが本音だ。あの日の様子を見るに、あの後輩は確実に文次郎のことが好きだ。しかし文次郎は後輩以上の思いは抱いていないと踏んでいる。とはいえ、油断はできないから一刻も早く作戦を立てねば。そんなことを考えていると一時間目が終わる。二時間目は八組と一緒に化学の授業だ。ということはあいつもいる。

    **

    「今日はどんな不運だったんだ?」
    理科室に入ってきた伊作は留三郎のジャージを着ていた。ということは間違いなく不運に見舞われたのだろう。
    「トラックに水をかけられたらしい」
    「それでお前のジャージを。よかったな留三郎」
    私と同じ思いを伊作に抱いている留三郎。
    「どういう意味だよ」
    こちらをにらんでくるが、そんなものは気にならない。それよりもこちらの話を聞いてもらわねば。
    「さぁな。ところでお前、昼休みは空いているな?」
    「空いているなじゃなくて空けておけだろう?」
    「よく分かっているではないか。ではいつもの場所で」
    「分かったよ」
    そのとき留三郎の手にある試験管の色が変わる。結果は完璧だ。

    **

    「遅いぞ留三郎」
    自分の弁当を広げていると留三郎が入ってくる。
    「茶室をこんなふうに使っていいのかよ」
    「気にするな。茶道はおもてなしの場だ。私はお前をもてなしているではないか」
    「もてなすの意味が違うと思うが?」
    茶道室でのお昼も何回目になるだろう。少なくとも片手の回数は超えている。理由は明白。私たちの恋に進展がないからだ。
    「で?文次郎のやつと何があったんだ?」
    留三郎は弁当を広げて、すぐに本題に入ってくる。
    「この前の日曜日にあやつと買い物に行ったのだが……」
    「ついにデートまでこぎつけたのか?」
    少し驚いたように聞いてくる。
    「そうだったのならよかったのだがな。新入生歓迎会で使う物の買い出しだ」
    ただの買い物だと分かると少し興味がそれたのか、ご飯を大口で食べだす。
    「もうすぐだしな。それで?」
    「あやつと一緒に回っていたのだが、そのときに後輩と出くわしてな」
    「後輩?誰だ?」
    「名前は知らん。同じ生徒会の後輩だ。文次郎を慕っているらしく、一緒に回ろうと言い出してな」
    そのあとのことはすぐに察しがついたらしい。おそらくこの辺は文次郎よりもこいつの方が勘がいい。伊作が関係すると一切発揮されないが。
    「で、あいつはそれを承諾したと」
    「そういうことだ」
    思わずため息をついてしまう。
    「その後輩は文次郎に恋しているのか?」
    「私の見立てではな」
    見立てではあるが確実に恋をしている。それにおそらく私が文次郎のことを好きなこともあれは分かっている。
    「だから最近あいつと一緒にいないのか?」
    「……」
    留三郎の言葉が刺さり、何も言えない。
    「お前こそどうなのだ?伊作とは」
    「どうもこうもない。相変わらず意識されていない」
    はたから見ればすでに付き合っているとすら思われるほど距離の近い二人。むしろ当人以外は二人一緒にいるのがしっくりきすぎて、横恋慕する暇もないというのが第三者の総意だ。
    「あいつも鈍いからな。あとお前が奥手すぎる」
    かっこいいと後輩にもてはやされるこいつも本命にはなかなか踏み出せないらしい。幼馴染という関係もその奥手さに拍車をかけているのだが。
    「うるせぇよ。何年片思いやってると思ってる?」
    「十五年だろ?」
    「……」
    留三郎は口を閉ざし、私は自分の弁当からプチトマトをぱくりと食べた。何はともあれ、まずはお互いに相手に意識してもらうことが肝心だ。
    「違うアプローチでもするか」
    「違うアプローチ?」
    「私たちはあやつらに近すぎる。そうだろう?」
    「まぁお互いに幼馴染で今も同じクラス。親より一緒にいる時間は長いな」
    「だから少し距離を置くんだ」
    「距離を?」
    「そうだ。ありきたりだが、少しの間距離を置いてみよう」
    要は押してダメなら引いてみろということだ。
    「もしダメだったら?」
    「その時は別の作戦を立てるまでさ」
    私も留三郎と同じくらいは文次郎に恋している。ここまで来て引く気はない。
    「お前はこの勝負乗らないのか?」
    負けず嫌いなこいつはきっとこう言えば必ず乗ってくる。
    「乗るに決まっているだろう!」
    「言ったな留三郎。なら実行あるのみだな」
    こうして作戦は始まった。




















    『作戦実行中』

    留三郎と作戦を実行しようと言った日。文次郎から一言、謝罪を受けた。きっとこの前の買い物のことを私と同じように伊作たちに話して謝って来いとでも言われたのだろう。一応、許したがその日から作戦を実行するためいつもよりも文次郎を避けていた。今日は留三郎と買い物へ行く。お互いに委員会や部活を言い訳にするには無理がある。だから今日は私の用事に付き合ってもらうことにした。
    「仙蔵」
    帰る直前、文次郎に声をかけられる。
    「なんだ?」
    「その……」
    きっと最近のことを聞きたのだろうが、あいにく今日は時間がない。
    「今日はこれから部活の買い出しに行くのだ。また明日」
    「あっ、おい!」
    その先を続けさせずに会話を切り留三郎との待ち合わせに向かう。留三郎には今日の買い出しのことは言っていなかった。
    「留三郎」
    「仙蔵」
    留三郎は水筒で何かを飲んでいた。
    「行くぞ」
    「分かった」
    「どこに行くんだ?」
    二人で時間をつぶすときはたいてい図書室だった。しかし今日は歩いていく方向が違うからか留三郎から疑問が飛ぶ。
    「今日は菓子を買いに行く」
    「菓子?部活で食べるやつか?」
    「そうだ。茶道では季節を感じる菓子などを使ってもてなすからな」
    「ってことは器とかもなのか?」
    「あぁ。三月ならぼんぼりの形の柄杓置きとか、年が明ければその年の干支にちなんだ茶器とかな」
    「奥が深いんだな」
    「そういうことだ」
    「で、どこに買いに行くんだ?」
    「行きつけの菓子屋がある。古くからある菓子屋でな。そこで買う」
    「そんなところが学校の近くにあったのか」
    「まぁ少し奥まったところにあるからな。知らないのも無理はない」
    大通りから細い道に入って、さらにもう一本細い道へ。車すら通れないほど狭い路地の一角にその店はある。代々の茶道部の行きつけの店だ。
    「こんにちは」
    挨拶をすると奥方が出て来る。
    「立花君、いらっしゃい」
    「部活で使うお菓子を買いに来ました」
    「こんにちは」
    留三郎も挨拶をする。
    「はい、いらっしゃいませ。いつもとは違う男前をつれてるじゃない?潮江君はどうしたの?」
    確かにいつもは文次郎を荷物持ちとして連れてくる。奥方とも顔見知りで、生徒会の後輩たちに時々、差し入れをしていた。
    「今日は生徒会で忙しいらしいです」
    「そう。ゆっくり見て行ってね」
    「はい」
    「ありがとうございます」
    桜餅やどら焼きなど定番商品の中に今回の目当ての菓子があった。
    「すみません」
    「決まったの?」
    「はい。花くれないを七つください」
    「花くれないね。そちらのお兄さんは?」
    「俺は……」
    きっと伊作になにか買って行ってやろうと考えているのだろう。
    「もう少し考えるそうです」
    付き合ってもらった礼にもう少し待ってやることにする。
    「また声をかけてね」
    自分の会計を先にすませて留三郎を待つ。留三郎に視線の先には今の時期にぴったりの菓子があった。
    「すみません。三色団子、八本ください」
    「全部包んでしまっていいかしら?」
    「五本だけ別にしてもらってもいいですか?」
    「いいわよ」
    「三色団子か。まさしく春といった菓子だな」
    代金を渡し、待っている姿は心なしかそわそわしている。
    「そうなのか?」
    「昔は花見には欠かせない菓子の一つだったからな。川柳にも残っている」
    「へぇ~。さすが茶道部部長様だ」
    「はい、どうぞ」
    「ありがとうございました」
    「ありがとうございました」
    「またいらっしゃいね」
    留三郎が団子を受け取ったのを確認して、二人で店を出る。春とはいえまだ風は冷たい。末端冷え性の私はまだまだ手袋は欠かせない。
    「その菓子は明日の部活で食べるのか?」
    「一年生が二人、入ってきたばかりだからな。その団子、伊作にやるのか?」
    「あぁ」
    「どうやらお前は距離を置けそうにないな」
    「伊作のご両親の分もある。それに今日はおばさん休みだったと思うし。おばさんに渡す」
    「そういうものか?」
    「そういうものなんだ!」
    元来た道を戻りながら話していると、再び大通りへ出る。留三郎と私の家は真逆の方向のためここで別れる。
    「じゃあ私はこっちだからな」
    「おう。また明日」
    「また明日」

    **

    「失礼します。斜堂先生はいらっしゃいますか?」
    「立花君、どうかしましたか?」
    放課後、部活が始まる前に職員室によって茶道室の鍵を取りに行く。
    「茶道室の鍵を取りに来ました。あと、昨日に部活用のお菓子を買ってきたので取りに来ました」
    「冷蔵庫に入れていましたね。私も一段落しましたのでこのまま部活に顔を出します」
    「ありがとうございます」
    「久しぶりに立花君のお手前を拝見させていただきますね」
    「恐縮です」
    そうして二人で茶道室へ向かった。

    **

    「お茶名は?」
    「弥生堂の昔の白でございます」
    「今日のお菓子はどちらのお菓子でございますか?」
    「清風の花くれないでございます」
    お茶名と菓子を斜堂先生が聞き、とりあえず一段落した。
    「花くれない。今の季節にぴったりのお菓子ですね」
    「花くれないって言うんですねこのお菓子」
    馴染みない菓子だったからか不思議そうに伝七がつぶやく。
    「このお菓子の由来は何ですか?」
    藤内が斜堂先生に聞く。
    「十一世紀の中国の詩人の蘇軾の詩からちなんだ禅語『柳緑花紅』から着想されたお菓子です。柳は緑の葉が芽吹き、花は紅に咲く」
    「へぇ」
    「それにしても立花君の所作は本当に美しいですね」
    「ありがとうございます」
    先生から茶碗を受け取り、湯を入れて聞く。
    「もう一服いかがでしょうか?」
    「十分頂戴いたしました。どうぞおしまいください」

    **

    茶道室の鍵を職員室に返しに行くと、同じく部室の鍵を返しに来た留三郎にばったり会う。二人で行った作戦は、伊作からのお願いにより継続不能になったらしい。しかしそれはそれでいい兆しだ。
    「ほぉ、伊作がそんなことを。やはり脈はありではないか?」
    「そうだったらいいけどな」
    留三郎の話を聞くに伊作は間違いなく、私たちの関係に嫉妬をしている。これは留三郎にとってもいいことのはずだが、長年の初恋をこじらせすぎてネガティブになっている。
    「自信がないのか?言われたのだろう小平太たち『も』寂しがっていると」
    「言われたけど、そんなに深い意味はないんじゃないか?」
    「深い意味はないかもしれんが、伊作が寂しいということはそれだけお前の存在が大きいということじゃないのか?ならばこれはチャンスだ。もっと仕掛けろ」
    「仕掛けるってどうやってだよ」
    「例えば二人で帰ってるときに恋人みたいだなとか言ってみるとか?」
    「二人で帰るのなんて日常茶飯事なのに?それで変な風に思われて距離を置かれたら俺はもう無理だ」
    「お前も伊作のことになるとだいぶ面倒臭いな」
    「ほっとけ」
    「なにかきっかけがあればいいのだが……」
    そんなことを考えていると昇降口に着く。スマホを見ようとカバンを開けるといつも入っているものがない。
    「すまん、忘れ物をした。また明日な」
    「おう。また明日な」

    **
     
    「なんだまだ帰ってなかったのか?」
    教室へ入ると見慣れた老け顔が窓際からこちらをにらんでいた。
    「うるせぇ。おまえこそ帰ったんじゃなかったのか?」
    「忘れ物を取りに来たんだ」
    私の席は窓際の後ろから二番目。今、ちょうど文次郎が立っているところだ。引き出しの中からペンケースを取り出す。
    「最近、留の野郎とばかり一緒にいるのはなんでだ」
    ずいぶんと直球で聞いてくる。視線は依然として険しいまま。
    「そうか?」
    わざとしらばっくれてみる。
    「そうだ。おまけに何かにつけて俺のことを避けているのはなんでだ?」
    「避けてはいないのだがな。それとも何か?寂しくなったのか?」
    まっすぐなこいつをからかうのは面白い。だからいつものように茶化してみる。
    「寂しくはないがつまらん」
    仏頂面のままそんなことを言うから私の方が何も言えなくなる。ときどき、こちらがびっくりするほど素直に心の内をさらけ出すからこいつの行動に一喜一憂してしまう。
    「何か言え、バカタレ」
    「……私は馬鹿ではない」
    「そこかよ」
    ふはっと吹き出しながら文次郎がツッコんでくる。それ以外に何を言えと?
    「で?なんで俺を避けてる?」
    「……別に避けているわけじゃない」
    思わず不貞腐れたように言ってしまった。
    「そうか。なら、明日からはまた屋上へ来いよ」
    「なっ!今はそんな話はしていな……」
    「俺のこと避けていないんだろう?なら来れるよな?」
    揚げ足を取られてしまい、今日のところは文次郎に軍配が上がったのを悟った。それにつまらんと言われてしまえば悪い気はしない。
    「分かった。明日からはまた顔を出す」
    「そうか。で?なんで留の野郎とばかり一緒にいるんだ?」
    調子に乗ったのかもう一つの聞きたいことまで聞いてくる始末。これだからこいつは交渉事には向かない。
    「それについては黙秘しよう。それより帰るぞ」
    文次郎の二つ目の質問には答えてやらず、そのまま背を向けて歩きだす。
    「おいっ!」
    慌てて後ろからついてくる気配がする。その素直さに免じて留三郎との作戦会議の回数は減らしてやることにする。――いつも通りになって少しだけホッとしたのは文次郎には内緒だ。
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