「Good boy、ペパー」
たまに会う女性の口から発せられるものは、堪らなく少年の心をふやかして離さなかった。
ふわふわのミルクティーのような淡い髪色に、透き通った海のような煌めきのある双眼。長いまつ毛だって。どこもかしこにも血縁を匂わせる2人には、それこそ血縁には相応しくない空気を纏っていた。
「Come」
白衣を着た女はこの薄昏い部屋の中で洗練されていて、神さまのようなものにも見える。まさしく覚束無い足取りでコマンド通りに近づく少年の目にも、そう映っている。あなただけの、ものになりたい。
「Good boy」
近くに寄っただけでも女は少年にご褒美を与える。頭を撫でて、抱きしめて。そうしているだけでも、2人はお互いに満たされていた。
第二性があろうが、 2人はただの親子なのだったのだ。
「っぉっ」
「お前相変わらず喘ぎ声汚ねぇな」
「ーーっ、イぐっ、ィ!」
「なに勝手に気持ちよくなってんだよ」
「イくな」
コマンドではないけれど確かに命令であるそれに、少年…ペパーは従う以外無かった。
この世界には先天性に支配欲求のあるDom、服従欲求のSubがいる。その中でペパーはSubだった。
人口の構成比で見たらかなりこの欲求を備えている人間は少なく、お互いの欲求に合うパートナーを見つけるのがかなり困難である。
さらにお互いに合うパートナーを見つけて、定期的にプレイをしなければ、心身ともに衰弱してしまうという厄介な呪い付き。
はっはっと荒い息を吐き、今ペパーに欲をぶつけているのもDomだった。ただ彼はかなり加虐が趣味なのでペパーの身体には無数の痣が現れていた。
「っふ、でるっ…でる!」
「っ、めっ!がは…っ!」
じんわりと奥に広がる生暖かさ。
中に出されても孕めやしないのに、またこの男は大事な子種を無駄にしていて哀れだなと、ペパーはぼんやりと思った。
「Good boy」
それでも、どんな扱いを受けたとしてもこの言葉だけで、ペパーは全身に溢れるぐらいの多幸感に包まれる。
ふわふわした気持ちも一瞬で、すぐに顔面に張り手をされる。
「だから何勝手に気持ちよくなってんだよ、もう終わりだっての」
左頬が熱くなっているのがわかる。その熱で現実で、幸せなんてないこともわかる。
「うわ、ドロドロだな。じゃあ俺先出るから払っとけよ」
「…あぁ」
この男とは定期的に会っているが、いつもホテルを先に出ていってしまう。先ほど満たされたばかりなはずなのに、もう心に穴が空いたみたいだ。ぼーっとしている時間も勿体なく、シャワーぐらい浴びようとなんとか身体を起こす。ベッドから降りようとした時にドロりと零れた精子に、もはや何の感情も抱かなかった。
バトルで買った報酬も、姿を見せない親からの少ない仕送りも、こんな行為に支払われていると思うと、本当にどうしようも無い奴と自虐するしかない。
それでもこれがなければ、ペパーも健康的な生活を送れないことはわかっているので致し方ないのだが。
鏡に映った痣だらけの身体を見て、本末転倒だと嘲笑う。
ただ、褒めてくれるだけでいいのに。
見た目より幼い少年の気持ちは、誰にも届かない。
母に褒められた時、これ以上ない程の多幸感を味わっていた。それは今になったら分かるがプレイの副産物だったみたいだ。
ペパーの母親は世界的に有名な博士で、確かに人の上に立っていそうな人物だった。そして圧倒的なDomであり、息子とは相性が抜群だった。それでも親と子でプレイをするのは倫理的に見たら、たぶんアウトなはずだ。たまにニュースで見ることがあるぐらいだから、自分がやってきたことが間違いだということをまざまざと感じさせられる。
だけどペパーの本能は、あれを越えるプレイを、母を越えるDomを求めていた。