無題彼と知り合ってまだ間もないが、話をする度に不器用な人なんだと思い知らされる。
後輩として気を遣ってくれているようで、性別の違いから生まれる気遣いがとんと無かったり、試験で上位を勝ち取れるほど賢いようで時には無鉄砲さで周囲を困らせる。
恐らくこの、豪胆さと賢俊さを器用に持ち合わせていることが彼の魅力なのかもしれない。
そんなことを味噌汁を啜りながら有里はふと考えていた。
今日だって彼の行きつけの牛丼屋に向かう時に絡まれた女子への対応すらどこかズレていた。
恐らく女性からの好意に興味がないのだろう。
「真田先輩に惚れた女の子は可哀想ですね」
「……唐突になじられる俺は可哀想じゃないのか」
そういう返しも出来るのかと思わず笑うと彼は居心地が悪そうに椅子を座り直す。
さほど気にしてはないだろうが、こうやって話題に出される事に慣れていないのだろう。眉間に皺を寄せながら牛丼をかきこんでいた。
店から出ると先ほどの女子達は霧のように消えていた。
きっと彼女達からすればただの憧れの先輩であり、本気で彼女になろうとは思ってないのだろう。
それぐらいの熱量でしか絡んでこない女子など、彼に近付けない理由が明確にあれば寄ってくることはないはずだ。
例えば、恋人がいる……とか。
しかし、あの真田明彦の恋人役は度胸がいるだろうな。とも思い至る。そこで有里はふと思い付いたことを口にした。
「真田先輩、提案なんですが桐条先輩の彼氏にして貰ったら…」
「何故俺がして貰う立場なんだ?」
「というか、美鶴とはそういう仲になることは考えられん」
そこまでして浮いた話がしたいのかと、訝しんだ様子でこちらを軽く睨む彼を制して有里は自分の考えを伝えた。
心強い彼女がいれば、面倒ごとが減るだろうと。
すると幾らかは納得したようだが、それでも美鶴だけはないと再度釘を刺された。確かにお互い選ぶ権利はあるし、それぞれ都合はある。そこまで考えが至らなかった自分を反省し口澱んでいると、見かねた彼が口を開いた。
「別に、女を毛嫌いしているわけではない」
「ただ……、誰も彼も守れるほど俺の腕は長くないことを知っているだけだ」
過去に守れなかった人がいた。その言葉の裏から読み取れる意味が、ズキリと有里の心に刺さる。
余計なことを言ったせいで、語りたくないことまで語らせてしまったのかもしれない。
「すみません、浅はかでしたね……。」
「そうだ!じゃあ真田先輩は好きなタイプとか無いんですか?」
空気を変えるためにわざとらしく猫撫で声で聞くと、先ほどの女子の真似かと彼もくすりと笑う。そして、逡巡し顔を赤らめ口を開いた。
「好きなタイプはその、おま……」
「いや、言えるか……っ」
思わず何かの罰ゲームなのかと尋ねると、そう聞かれたら「好きなタイプはお前」だと答えるとウケると順平に入知恵されたと困ったように自供した。
そのアドバイスは善意なのか、何もしていなくてもモテる彼へのささやかな当て付けか……
後者だろう。
しかしこんな面白いこと、便乗しない方が損だ。有里も乗ってみることにした。
「じゃあ、次は本心からそう言わせられるように頑張りますね」
「そんなところで頑張るな」
彼は困ったように笑ったのだった。