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    2024年2月11日 アナザーコントロール21の新刊『ラブ・ロマンスには程遠い』のサンプルです。
    過去ポイピクにあげた文章をブラッシュアップしたものを載せています。

    足立透と相棒として隣にいたのが一年足らず、面会に通うこと十年、それを引き取って一緒に住み始めてから二ヶ月。それだけ一緒にいればコイツの人間性は概ね理解はしてはいるものの、例えばどんな映画が好きだとか、そういった細かい部分までは把握しきれていない、という事実に気が付いたのが先週の事。

    準備は整った。菜々子から映画配信サービスのサブスクとやらの説明も受け、操作も恐らく完璧、ちょうど明日は仕事が休みというタイミング。誘うならば、今がベストだろう。
    「なあ、今日は映画でも観ないか?」
    「えっなんすか急に」
    思い立つや否や、奴が夕食後の片付けを済ませ一服している頃合を見計らい持ちかけると、直ぐさま訝しげな反応を見せてきた。しまった。誘い方が少し雑だったかもしれない。
    「あー、なんだ、この前俺が観ようって誘った時、お前『恋愛ものは嫌い』とか何とか言って結局観なかっただろ。だから、まあ、その、お前の好きなやつならどうかと思ってな」
    俺が言葉を発する度に足立はわかりやすく不審感を露わにするためなんとか軌道修正を図ろうとするも、咄嗟に気の利いた言葉など出てくるわけもなく、更に表情が強ばるのが見て取れる。その有様に若干の焦りと、なんだって自分はこうも下手なんだという自己嫌悪も覚えた。
    「…僕の好きなやつを観るったって、何で見るんですか?まさかこんな時間からDVDでも借りに行くつもりですか?ていうかこの片田舎にレンタルショップなんてありましたっけ?」

    どうやら足立の不審感は俺がいきなり映画を観ようと誘った事ではなく、どうやって観るかについての事だったらしい。
    そういう事かとひとまず胸を撫で下ろし、ソファに座る自分の隣へ誘導してサブスクの操作方法を伝えた後リモコンを渡すと、素直に受け取りそのままいじくり回し始めた。こういったものを目にするのは初めてなようで、興味ありげに操作する姿を見て再び安堵する。何とか作戦は成功したようだ。

    数分間様々なタイトルを物色した後、お眼鏡に叶ったものが見つかったらしく『これ観てもいいですか?』とわざわざ確認を取ってきた。改めてテレビ画面を確認すると、どうやらホラー映画のようで、見たことのないタイトルだった。
    彼の面会に足を運んでいた当時、多種多様な差し入れを寄越してきたが、たまにミステリーやサスペンス系の小説を所望してきた事があったため、てっきりその手の系統を選んでくるかと推測していた分少し意外な選択だった。しかしホラーというのはそういった要素を含んでいるものも多いため、その類のものとして選んだのかもしれない。あるいは、最近日中の気温が30度近くを記録するようになったため、涼む目的でもあるのだろうか。
    普段こういったものは後味の良くない話が多く進んで観ることがないため足立が選んだ理由の想像もつかないが、特に嫌いな訳でもない。何より今回は主賓が観たいと言っているのだ。断る理由も無いため、二つ返事で頷くと足立は直ぐさま再生ボタンを押した。
    隣で改めて座り直す相棒を見て自分も姿勢を正し、映画へ没頭するための準備を整える。
    ちらりと彼の顔を盗み見ると、不審がっていた表情は完全に消え、少し楽しげに顔を綻ばせていることが分かり、誘ってよかったと、心からそう思った。

    この瞬間までは


    * * *


    あれから、何分経ったか。

    ちらりと壁にかけた時計に目を配ればまだ四十分程しか経っておらず、軽く絶望する。映画というと、どんなに短くとも一時間を超えるものが大半だ。つまり最低でもあと二、三十分はコレと向き合わなければならない。頭が痛い。
    映画が始まる前の軽やかな気持ちは、この一時間も満たない間に全て消し飛んでしまった。今は兎にも角にも、早く終わって欲しいという切実な願いだけが脳内を占めている。

    それほどまでに、足立の選んだ映画が最悪なのだ。

    見始めはただのホラー映画だと高を括っていたが、暫くして単に恐怖心を煽るよりも生理的嫌悪感を増長させてくるような場面の多さが気に掛かりだした。加えて俳優は揃いも揃って(俺の言えた事では無いが)大根じみた演技力であり、背景のセットも全体的に安っぽさが拭えない。
    こういった映画には詳しくないため、最初はそういうものかとあまり気にしないようにしていたが、段々と見て見ぬふりが出来ぬほど描写の苛烈さは増していき、それに輪をかけて役者と背景の目に余る酷さから、遂にはこの作戦自体が失敗だったかもしれない、という強い後悔の念が押し寄せ頭を抱え出したのが現状である。

    先程からいかにも頭の悪そうなアベックが、物語上どう考えても不必要で下品な濡場のシーンを繰り広げており、更に頭が痛くなる。
    なんせこの手の不愉快な映像をこの一時間弱で延々と見せつけられているのだ。

    確かに映画を観ようと誘ったのは俺で、好きに選ばせ、最終許可を出したのも俺だ。しかしもっとこう、もう少しマシなやつは選べなかったのか?
    なあ、足立。

    例のアベックが最中に乱入してきた、着ぐるみなのが丸わかりの無駄にグロテスクな怪物によって真っ二つにされ、人間二人分では到底ありえない量の臓物と血飛沫が画面全体に飛び散ったところで再度心の中の相棒に問いかけるも、現実にいるこの映画を選んだ張本人は物理的な意味で引き裂かれた恋人達を見て声を上げ爆笑していた。映画の内容よりもよっぽどショッキングな光景に、流石に俺も若干、いや、かなり引いている。
    ちなみこの趣味の悪い笑いは露悪的な登場人物達(これもまたやたらと数が多く、この映画が不愉快たらしめる原因の一つだ)が死ぬ度に起こるため、一度や二度の話ではない。
    いくら登場人物がろくでもない奴ばかりとはいえ、とても死亡シーンで笑う気になどなれない。こいつが笑みを浮かべる度に、自分は今本当にこいつと同じ映像を見ているのかという不安が押し寄せてくる。
    もしかすると、普段何かしらの用事がなければ滅多と外に出ることのない生活のせいで、自覚無くストレスを溜め込んでいるのかもしれない。今度少し遠くへ連れ出して気分転換でもさせてみようか、などとすぐそばにいる変人の精神面を心配しているうちに、気付けばテレビの画面はエンドロールを映し出していた。

    ようやく終わった、と謎の達成感を噛み締めながら一息吐き、足立の様子を伺うと、満足そうな顔をして背筋を伸ばしている。

    「あー…まあ、なんだ。意外と面白かったかもな」
    俺にとっては最低なクソ同然の代物だったが、それを好んで選抜した本人は満足そうにしているのだ。それならば自分の正直な感想をぶつけるよりも、気を利かせて相手に歩調を合わせる方が大事だと判断し、心にもない感想を言ってみせると足立は目を丸くした。

    「え、これそんなに面白かったですか?変わった趣味してますねー」

    予想外の返しに、歩調を合わせるどころか危うくすっ転びそうになった。
    「いやお前…だったらなんであんなに笑ってたんだ⁉︎」
    「なんかあのわざとらしいグロさとかスプラッタって馬鹿馬鹿しくってウケません?僕ああいうの見ると笑っちゃうんですよね〜。だから別にこの映画が特別面白かったワケじゃないです。ストーリーは稚拙で役者の演技もセットもチープで、いかにもB級って感じだったし」
    「…そのわりには満足そうに見えるぞ」
    「満足はしてますよ?そういう安っぽさを味わいたくて選んだんで。駄菓子が食べたくていかにも駄菓子っぽいの選んだらちゃんと駄菓子だったな〜って。まあでも駄菓子は所詮駄菓子なんでそんなに美味くはないなーって、そういう気分です」

    コイツの言ってる事が何一つ理解出来ず思わず顔が引き攣る。残虐なシーンで“ウケる”など言語道断だし、一体なんだ、その“駄菓子の気分”ってのは。大体普通に美味いだろ、駄菓子は。
    色々と反論してやりたいところだが、慣れない映像の見過ぎかそれともコイツとの嗜好の噛み合わなさで疲弊したのか、返しの言葉より先に大きな溜め息が口を衝いて出た。
    そんな俺の様子を見て、足立はニヤリと口角を上げる。

    「あ、でもこんな稚拙で下品でナンセンスなものを必死に理解しようとしてる堂島さん見るのはものすご〜く面白かったですよ、映画以上に。だから今日は楽しかったです。機会があればまた一緒に観ましょうね!」
    爽やかにそう告げると「お風呂沸かしてきますね〜」とさっさと立ち上がり、颯爽と風呂場へと向かって行った。

    嗚呼、そうだ、こんな奴だった。真剣に向き合おうとするとのらりくらりと躱し、逆にこちらを掌の上で転がそうと画策してくる、そういういやらしい性分を抱えた厄介な男だった。
    足立の背中を呆然と眺め脱力しながら、この十数年で学んだあの捻じ曲がった性根と、足立透という人間への歩み寄りというものがいかに難しいかを嫌というほど実感した。

    とりあえず、戻ってきたら一、二発ぶん殴ってやる。
    本当の歩み寄りはそれからだ。
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