空港で見送りするレグリの小話「──航空110便、ガラル行きをご利用のお客様は──」
ロビーを行き交う人々の喧騒の中に、アナウンスが混じる。レッドは電光掲示板を一瞥したあと、帽子を被り直した。
「そろそろ、行かなきゃ」
「……ん」
遠い地方へ旅に出る直前のレッドは、いつも期待に満ちた目をしていた。マサラタウンから初めての冒険へ旅立ったあの日の面影を残したまま、レッドはいつもグリーンの手の中からすり抜けていってしまう。見送る側の立場にはもう慣れたつもりだったグリーンも、この時ばかりは心に穴が空いたような気持ちになる。
「着いたら連絡寄越せよ」
「うん、覚えてたらメールする」
「覚えてたら、ねぇ」
グリーンは苦笑しながら返した。レッドの『覚えてたら』は信用ならない。きっとまた自分が寂しさを忘れた頃に飾りっ気のない封筒に入った手紙が届くのだろう、と数週間後の未来に思いを馳せた。
使い古した鞄を背負ってベンチから立ち上がり、搭乗口へ向かおうとするレッドに餞別の言葉を送るため、立ち上がったグリーンが口を開こうとした瞬間、包み込むように抱きすくめられた。
「……は、」
お互いの肌が触れる場所から、周囲の喧騒を覆い隠すように高鳴る心臓の音が伝わる。足の先から頭のてっぺんまで、一気に体温が上がっていくのが分かった。空港のど真ん中で別れの間際に抱き締められる、といういつか見たドラマのような状況を飲み込めないまま硬直するグリーンの耳元にレッドが唇を寄せ、そっと囁いた。
「いってきます」
それだけ伝えて満足そうにグリーンから離れたレッドは、悪戯が成功した子どものような表情をしていた。なんだそれ、お前いつの間にそんなことできるようになったんだ、と照れ隠しをしようとしてもすっかり熱くなった頬が上手く動いてくれない。
グリーンがのぼせた頭を再起動しようとしてるうちに、レッドは翻って搭乗口へと歩き出していた。今にも行き交う人々の中に紛れてしまいそうな背中へ追いすがるように、言葉をぶつける。
「おい!帰ってきたら覚悟しとけよ!」
レッドは振り返らずに進む。いつもよりも少しだけ得意げに見えた背中が人混みの中に消えるまで見送った。そしてベンチにへたり込むようにして体を預けたグリーンは、まだ吐息の温度が残る左耳を宥めるように触れながら、うわ言のように呟いた。
「あんなことされたら余計恋しくなるだろうが、ばーか……」