アローラレグリが海に行く小話水平線が朝焼けに燃えている。東の空から昇る太陽が海面を煌々と照らし、光の道を映し出していた。息を呑むような風景が、今俺たちの眼前に広がっている。
観光地から離れた場所にあるこの砂浜は観光客も寄り付かず、早朝の冷えた空気と共にしんと静まり返っていた。聞こえるのは寄せる波の音、そして遠くから響く船の汽笛だけ。
「……なんか、夢みたいな景色だな」
「うん、頑張って探した甲斐あったね」
アローラに来たからには綺麗な海を見たいというのは俺のリクエストで、ポケモンと海に入りたいというのはレッドのリクエストだった。しかしアローラの観光客向け海水浴場はどこも人でごった返しており、とても手持ちポケモンを全員出して遊ばせてやれるような環境ではなかったのだ。
半ば諦めかけていた俺に対してレッドは折れる気配すら無く、知らぬ間に現地住民しか知らないような小さな海水浴場を見つけ出していた。
ポケモンたちを自由に遊ばせるのにはできるだけ人が少ないほうが都合が良いこと、そしてレッドの『ここは朝日が綺麗なんだって』という一言に俺が食いついたことがきっかけで、眠たい目を擦りながら日の出時刻に間に合うようホテルを出たが、そこには目が覚めるような絶景があった。
「少しでも遅れてたら見られなかったな、これ」
「寝坊しなくてよかった、グリーンが」
「それはこっちの台詞だっつの」
レッドがふっと軽く笑う。その表情は帽子の陰になってよく見えない。
すると突然ビーチサンダルを脱ぎ、裸足で海へと歩き出した。美しい朝日と海を纏い歩みを進めるレッドの姿は、昔どこかで見た絵画を思い出させるような光景だった。足首が浸かるほどまで進むと振り返り、俺に向かって左手を差し出す。
「ね、おいで」
「ポケモンはいいのかよ?」
からかうように聞くと、レッドは少し照れたように顔を背けたあと、微笑を浮かべながら言った。
「もう少し、二人っきりがいい。だめ?」
「……じゃあ少しだけ、な」
差し出された手を取ると、子どもみたいにぎゅっと強く握られた。今この瞬間、らしくないほどロマンチックなシチュエーションになっていることにきっとレッドは気付いていない。頼むからそのまま気付かないままでいてくれよ、と思いながら、いつもより熱い自分の手の温度をごまかすように握り返した。