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    紫@🐏

    @purplesheep0125

    腐女子↑20。
    ここはナタ→→→ハン♂(ワイルズ)専用

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    続き。

    熾火②


    「暫く見ないうちに、随分と老けたな」
     長らくの無沙汰を詰るつもりで敢えての軽口を叩けば、お互い様だ――と云う、大して工夫のない応えが、間髪入れずに投げ返される。
    「噂は聞いているぞ。未だ、年甲斐もなく大剣を振り回しているとか。そろそろ後進に道を譲ってはどうだ」
     『編成主幹』などと云う大層な肩書きを得、日頃は泰然自若を絵に描いたような顔をしている男の、昔馴染みへと向ける舌鋒は若き日と変わらず容赦がない。笑みを浮かべた目の奥には、反撃を待つ時のどこか楽しげな光がちらちらと瞬いているようにさえ見える。
    「年甲斐がないのはおまえではないか――ファビウスよ。禁足地でゴアとやり合ったそうだな。若者を差し置いて、よくも無茶をしたものだ。錆び付いた肩が痛んで仕方なかろう」
     差し出された手を殊更に強く握り返せば、相変わらずなやつだとファビウスは苦笑した。
    向かい合う椅子に腰を降ろし、従者が準備を整えていった陶器の杯に、手ずから取り上げたポットの茶を注いでゆく。
    「わざわざ足労を願っておいて申し訳ないが、酒を交わしながらゆっくりと――と云う訳にはゆかぬ。赦してくれ」
    「おまえの多忙は承知している。それで、用向きは」
     湯気の立つ茶を差し出し、顎髭を撫でた後――やがて、ファビウスは口を開いた。ひとつ深い息を吐き、禁足地の、と男は言う。
    「五隊の中にひとり、大剣使いのハンターがいる」
    「そうらしいな。面識はないが。それで?」
    「――先日、異動を願い出た」
     ハンターが配置換えを希望すること自体は決して珍しくない。身体を傷めて武器を置かざるを得なくなるものもいれば、命を削ることに疲れて別の道を探すものもいる。ただ。極力感情を排したような男のひとことの裏にあるのは、おそらくそう云った意味合いのことではないのだろう。何も言わぬまま先を促せば、ちいさなため息さえこぼして、ファビウスは言葉を続けた。
    「優秀な男だ。彼がいなければなし得なかったことは多い。幸いにして後継はいる。まだ半人前だが――いい若者だ」
    「……ファビウス」
     率直で決断の早い筈の男がいつまでも本題に辿り着かぬ理由は、気が進まぬからと云うよりも――むしろ、踏み込む場所を未だ決めあぐねているがゆえの躊躇のようだった。視線に込めた意図は、口に出さずとも無事に伝わったらしい。それでもまだ僅かに逡巡を経て漸く、おまえに頼みたいことがあるのだが、と男は切り出す。
    「そんなことだろうと思っていた。何だ」
     振り切るようにひとつ咳をした後、どこか諦めたような表情で、ファビウスは言った。 
    「『はぐれ鳥』を一羽――暫く、預かってやってくれぬか」





     身寄りを持たぬ老爺が死んだ後――ひとり残された子供を、集落の一員として受け入れようとするものは誰もいなかった。養い親だった老人が、同族であろう人々の中で孤立していた理由は知らない。訊ねてみた記憶はないし、訊ねたところで答えが返ってきたとは思えなかった。拾った子供に鶏の世話と身の周りの世話をさせ、食事と寝床を与えた。
     それだけの関わりだ。憎まれても、慈しまれてもいない。
     そこへ辿り着くまでのことは、何も覚えていなかった。
     自分の名前だけを、譫言のように繰り返していたのだと云う。
     それが――本当に名前だったのかどうかすら、確かめる術はない。物心ついた時には『そう』だった。だから、今もそう名乗っている。
     養い親を埋葬した翌日、村を出た。
     ひとりで生きてゆける程大人でもなく、ひとりで何もできぬ程子供でもなかった。やがて、食べるものを得るためには金銭が必要で、金銭を得るためには仕事をするものだと云うことを知った。辿り着いた幾つ目かの町で、『ハンター』と云う職業があることを教えられた。

     ――ありゃ、大した金になるらしいぜ。
     ――金にはなるだろうが、俺はごめんだな。

     命が幾つあっても足りねえからなと男は笑い、坊主、おまえもやめとけよ――と、忠告めいたことまで言い添えるのを忘れなかった。おそらくはそれなりに良識のある、善良な大人だったのだろう。何も判らぬような顔をして黙っていた子供が、本当は何を考えていたのかを知れば、あの男たちは笑うだろうか。
     呆れるだろうか。
     それとも、怒るだろうか。
     選んだ道は、決して平坦ではなかった。
     ただ――それなりに、適正はあったのだろう。
     一つの武器しか扱えぬことも、特別不利に感じたことはない。理論や理屈を教わりはしたが、自分の中の理解はいつも、そう云ったものとは違う場所にあるようだった。いつか人に教えるような立場になったら――と、苦笑したのは、指南役だった。
     いつか、もし、人に教えるような立場になったら。
     絶対に、おまえと同じことはさせるなよ。
     自分で掴めぬものを、人に伝えることなどできる筈もないと――その時は多分、そう思った。それは、今でも変わっていない。
     養い親と言葉を交わすのは意志の伝達を必要とする時だけだったから、意志の伝達が必要な時以外にも、他者とは会話をしなければならないと云うことを知らなかった。理由の判らない悪意や、理解し難い感情を向けてくるものたちがいると云うことも。
     人との関わりが煩わしかった訳ではないが、気づけば単独の任務ばかりを請けるようになっていた。こちらが聞いていてもいなくとも、いつも楽しそうに話しかけてくれるセレネーと共に過ごすことは、それでも心地よかった。
     ちいさく温かな手の温もりに、応えようと思った。
     調査隊に抜擢された時も、同じだ。
     求められるのなら、応えようと思った。
     そして、ナタに出会った。
     どうすることが正しかったのか。
     どの道を選ぶべきだったのか。
     今でもまだ、判らない。
     
    「――エルヴェ」
     首筋に触れる手が、髪を梳いてゆく。
     はぐれた鳥に止まり木を与え、その場所に在ることの意味を教えた――温かな手。
    「どうした。浮かぬ顔だな」
     こめかみに唇が触れる。緩々と抱き寄せられる。
     どうすることが正しかったのか。
     どの道を選ぶべきだったのか。
     今でもまだ、判らない。
     けれど。
     だから。
     判るのは『自分がどうしたいか』。それだけ――なのだった。
     逞しい男の腕に身を寄せて、噛み締めていた唇を緩々と解く。
     そうして――。
     きみに話しておきたいことがあるんだ、とエルヴェは言った。
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