ご都合主義記憶喪失あさいつこの苦しい思いは全て忘れてしまおう。
叶うことない思いを抱き続けるのは、もう辛いのだ。
「あれ、樹いないの?」
昼休み後。外で昼食を取った朝陽がアジトに戻ると、部屋の中には三人の姿しかなかった。
樹はいつも一番に戻ってきて、仕事を再開しているのに珍しい。
彼らははて、と顔を見合わせた。
「私は見ていないぞ」
「あー。そういやぁ、昼休みにラボ行くっていってから、戻ってきてないな」
「樹がこの時間にいないのは珍しいですね」
なにかあったんでしょうか? と青斗が心配そうな顔をする。
「この間みたいに、またなにか企んでるのか?」
「それはないと思うけど……一応、確認しに行こうか」
「ふむ、それがいいかもしれんな」
朝陽たちは、彼の様子を確認するためにラボへと向かった。
「樹、入るよ」
ドアをノックし、声をかけるも返事がない。
訝しく思いながらも、部屋の中に足を踏み入れた。
広い空間の中には、様々な機械が立ち並び、近未来的だ。
「樹〜? いる〜?」
「おーい、樹ー」
樹の名前を呼びながら進んでいく。
その時だった。
「樹!」
光牙の叫ぶような声が聞こえた。
朝陽は彼の声がした方へ振り向く。そして思わず目を見開いた。
そこにあったのは、床の上でぐったりと倒れ込む樹の姿だった。
「っ! 樹!!」
朝陽は彼の元に駆け寄った。
他の場所を見ていた青斗とロイがこちらに気付いて集まってくる。
「樹、 樹!」
肩を揺らし、呼びかける。
息はある。熱もない。しかし、顔色が少し悪い気がする。
「救急車呼ぶか?」
「場合によっては、その方がいいかもね。誰か携帯、」
「う……」
救急車を呼ぶため、携帯を借りようとしたところで、樹が小さく呻いた。
まつ毛が震え、ゆっくりと瞼が開く。
「目が覚めたか、グリーン」
ロイが声をかけると、樹はゆっくりと瞬きをした。
「私は……」
「昼休みが終わっても戻ってこないから、様子を見にきたんだ。そうしたら、ここで倒れてたんだ」
「たく、心配させやがって」
「それは、すみません」
思ったよりも元気そうな樹の様子に、朝陽は胸を撫でおろす。しかし、樹の方は違ったらしい。彼はは朝陽と目が合うと、なぜか突然怪訝そうな顔をした。
「どうかした?」
「……あの、貴方は……?」
「え?」
その場の空気が一瞬にして凍りついた。
樹は今、なんと言った?
「樹、なにいってるんだ?」
「お前、頭でも打ったのか?」
青斗と光牙が困惑した様子で続ける。しかし、樹はピンと来てなようだ。
「樹、本当に俺のこと覚えてない?」
「覚えていないもなにも、私たちは初対面では?」
樹は、こんな質の悪い冗談は言わない。
それが示す答えは、たった一つだった。
──緑埜樹の記憶から黄島朝陽の存在が消えている。