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    柏木かしぎ

    たまに絵を描く。主に小説。
    普段はhttps://twitter.com/2_kashigiにいます。

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    柏木かしぎ

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    いちさぶ。過去の悪夢に魘されるイッチを守りたいと思ってるさぶちゃん。さぶちゃんは自分のことをイッチやじろちゃんに比べて酷薄だと思ってるけど、あの二人の弟であるさぶちゃんが冷たい訳ないんだよなあ!

    #いちさぶ
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    #山田三郎
    yamadaSaburo
    #山田一郎
    ichiroYamada

    やさしい人たちの国 愛って実はすごく残酷なものらしいよ。特定の何かを、それ以外と区別して特別視する。有象無象の中から自分だけを選んでほしいと希う。それが愛情の本質。だから、誰かを大事だって宣言することは、それ以外の奴らに死んでしまえと突き放すのと同じなんだって。……まぁこれ全部どっかの誰かの受け売りなんだけどね。
     愛情なんて目に見えなくて不確かなもの、家族以外を本気で大切にしたことがない僕にはまだわからない。ただ実感としてはそんなに間違ってないと思うんだ。オオカミは怖いから絶滅させたけど、クジラやパンダは賢くてかわいいから保護する。みんなそんなもんでしょ? 僕だって同じだよ。
     クラスメイトになんか興味ない。友達がいなくても、いち兄と、ついでで二郎がいればそれでいい。
     ……それでよかったはずなんだ。

     部屋から出てリビングに行くと、ソファーでいち兄が眠っていた。僕ら兄弟が並んで座れる三人がけのソファーは、百八十を超える長身のいち兄が横たわってもそんなに窮屈じゃない。いち兄だけじゃなくて二郎もたまに漫画やアニメなんかを鑑賞中によく寝落ちてる。
     流しで水道水を一杯飲み干してから、なんとなくソファーで眠るいち兄を覗き込む。いち兄は目を閉じたまま凛々しい男眉を歪めていた。その乾いた唇から低い声が漏れる。
    「……怨むなら怨めよ……あいつらのためなら俺はなんだってしてやる……!」
     はっと息を呑む。胸のあたりにひんやりと冷たい痛みが走った気がした。氷で出来た刃に心臓を貫かれたかの様な。
     いち兄は時々こうして過去の悪夢を見ては魘されているみたいだった。部屋が隣の二郎は、たまに夜中に壁の向こうから今みたいな苦しげな寝言を聞くことがあるらしい(いち兄は普段からよく声を張ってるから、寝言も割と大きいんだ)。
    「たぶん、おれらに言えない仕事をしてた時のことが忘れられないんじゃねえかな」
    「……僕らは、僕は、重荷なのかな。少しでもいち兄に笑顔でいてほしいって思ってるけど、本当は」
    「ばか野郎! 兄ちゃんがおれらを重荷だなんて思ってる訳ねーだろうが!」
     激昂した二郎に肩を掴まれる。僕よりも少しだけ大きな手には痛いくらい強く力が込められて、小さく震えていた。二郎は苦しげに目と目の間にしわを寄せている。ああ、僕は今、こいつを深く傷付けてしまった。自分に向けたつもりの刃が、他でもない二郎の胸に突き刺さってしまった。
     おもむろに肩から手が離れる。ゆっくり瞬きをしながら二郎を見つめ返すと、左右で色の違う瞳には情けなく傷付いた表情の僕が映っていた。
    「ごめん。ついカッとなっちまった」
    「……」
    「おれにはわかんねーけどさ……兄ちゃんが苦しそうなのは。今が幸せな分、余計に後ろめたいって思っちまってるんじゃないかな」
     結局、二郎はぼそりとそう呟いた。鈍く痛む肩を片手で抱いたまま、僕は何も言えなかった。
     あの時から、他人よりよく回ると自負しているこの頭は何の解決策も出せないままでいる。
     いち兄は優しい人だ。そして正しく在ろうとしている人だ。萬屋という今の仕事はいち兄によく合っている。時々怪しい仕事も来るみたいだけど……誰かを助けて、感謝されて、その報酬としてお金をもらって食べていく。みんなが嬉しくなれる循環の中に今の暮らしがある。誰も傷付けなくていい。
     なんて幸福なことなんだろう。
     でも少し前までは何もかもが違った。二郎や僕と一緒にいるために、いち兄は自分の正しさを曲げなければいけなかった。罵声や呪詛の言葉を浴びながら、どんな綺麗な花も雑草と区別なく引き抜いてむちゃくちゃに踏みにじる。そういうことを強いられていた。あの頃のいち兄が一体どんな想いだったのかなんて、想像に絶する。
     だけど、ひとつだけ言えることがある。僕だってもし、いち兄や二郎が死にそうになった時、他の人が死んで二人が助かる方法があるなら迷わずそうするだろう。それで誰かが死んだり、僕が憎まれたり、殺されることになったとしても。助けた二人に責められたって、絶対に同じ道を選ぶよ。
     ああ、でもいち兄が、僕が、本当に望んでいるのはそんなことじゃなくて。
     優しい人が優しいままでいられる国はどこにあるんだろう。
    「二郎……三郎……」
     ソファーの背もたれにあった毛布をいち兄にかけた時、下から小さな声で名前を呼ばれた。思わず見下ろすと、いち兄はまだ眠ったまま、でもしかめられた眉のしわは少し薄くなっていた。僕はしゃがみ込んで、毛布の上からいち兄を抱き締める。よい夢が見られます様にと祈りを込めながら。
     優しい人が優しいままでいられる。いつか必ず、僕がそんな場所を作り出してみせる。だからもう少しここで眠っていて。今この腕の中だけは確実に、あなたがあなたのままでいられる場所だよ。
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