ゲテモノSS―第一章―
「もう……また無茶したんだね……。」
恨めしそうな声に、トゥ・ハイネはゆっくりと目を開ける。映ったのは彼にとっては見知った先輩、ラム・オブザバトリの姿であった。しかしその表情は彼の見知ったものではなく、怒りで目の形は三角になっていた。そうなるのも当然だろう。“もしもの時”ということで付与していたはずの、“危ないときは拠点に戻る”魔法が発動されたのはこの探索中で今回が初めてではない。二度目だ。
「無茶はしないでねって、あれだけ言ったのに!」
「まあ良いだろう、こうして助かったんだ。ラムの魔法のおかげでな。」
当のトゥ本人は何も気にも留めない様子で、ラムから差し出される水を飲んでいる。怒りを見せながらもこうして世話を焼いてしまうのは、恐らくラムの姉属性に由来するものだろう。
「それで」―と、まだ怒りを引きずりながらラムは問う。
「今度はどうしてそんな危ない目に遭っちゃったの?」
「ああ、それはだな。魔物の足を切り落とそうとして失敗した。」
突拍子もない言葉に、ラムは驚きと呆れが混ざった「え?」という声が漏れる。どうして、という疑問を遮るように意気揚々とトゥは言葉をつづけた。
「魔物食に興味があってな。しかもあのような形態の生物はオイコスで見たことがない。」
そう、このトゥ・ハイネという男は呆れるほどに好奇心の男であった。見たことのない実、花、草をはじめとして動物、はては昆虫までも機会があれば口にする。そのせいで毒や寄生虫に侵されて死にかけたことが多々あるような人間だ。その並外れた好奇心は、もちろん、初めて目にする魔物にも向けられている。
「食ってみたいと思ったんだ。」
「ゲテモノ食いが。」―トゥより少し遅れて拠点に戻ってきたオペラ・ベルティエが、軽蔑の滲んだ声でぼそりと呟いた。「美味いかもしれないだろう。」と軽くいなしつつ、トゥはラムに言う。
「だから頼む。もう一度転移魔法を付与してくれ。」
せがむようにラムの手を握って、触れた箇所から彼女へ魔素を送ってやる。基本的に後輩からのおねだりには弱いラムであったが、今回ばかりは頭を悩ませた。二度も危ない目に遭って帰ってきているのだ。二度あることはなんとやら。この後輩は絶対にまた無茶をするだろう。うう……と葛藤していると、突然握られていた手の力が緩んだ。
「トゥくん!?」
「ただの魔素切れだよ。」
突如倒れたトゥに代わって、冷静に返したのはオペラだった。―そう、水中探索にあたり自身への強化魔法をかけ続けているのに加え、先ほど触手に襲われた際、泳力サポート魔具にとんでもない量の魔素を送り込んでいた。おかげで魔具が許容値を超えて壊れたほどである。魔素切れを起こすのも無理はない。
「大丈夫……?魔素譲渡できる子呼んで来ようか……?」
「必要ないさ。しばらく寝かせておけばいいよ。」
勝手に話を進めるオペラに、「お前なあ。」と言い返そうとするも、世界がぐるぐる回ってそれ以上言葉は出なかった。そんなトゥにちらと目をやり、「少しは反省するといい。」と抑揚のない声で牽制する。ラムも、いっそ魔素枯渇状態の方がトゥは大人しく休んでくれるだろうと納得したようだった。
(くそ……言いくるめられそうだったのに。魔素切れは想定外だ。)
不服そうに眉を顰めながら、とりあえず一旦目を瞑る。だがトゥ・ハイネがこんな事で大人しく諦めてくれる男ではないことを、この場にいる全員が理解していた。
(さて。そうとなれば、次はどうすべきか。)
―第二章―
トゥが魔素切れを起こして倒れてしまった同じ頃、ギル・パーカーは混乱していた。目の前にいるのは、ブルーとよくつるんでいる筈の女生徒、ソニア・ローゼンクランツだ。いや……ソニア・ローゼンクランツ、かもしれない。普段は蝶や花が似合うような可憐な少女であったが、何故か今目の前にいる彼女は2mを超えるような筋骨隆々な姿になっていた。
「ギルさん!」―そう呼ぶ声に、やはり聞き覚えがある。ソニアで間違い。どういうことだ、とギルの混乱は激しくなっていく。
「例のタコさん、お見掛けしませんでしたか?!」
「ええ……ええっと、あっち……5mくらい潜ったとこで見かけたけど……。」
戸惑いを隠しきれぬまま答えると、ソニアは「ありがとうございます」と地響きを響かせながらその方向へと向かっていく。通り過ぎるときに感じた魔素の流れから、どうやら身体強化の魔法などではないようだ。
(どういう理屈でああなってんだ……ドーピングか……?)
「ギルさん!あれは!」
呆気に取られていると、何かに気づいたらしいソニアが声を上げた。指をさす方向に目をやると、空に向かって光のようなものが放たれている。おそらく出現地点は、水中の中だ。
「もしかして、救護信号でしょうか……?」
「その可能性が高ぇな。俺が行く。」
「お一人で大丈夫ですか?」
「……そっちはそっちで行くとこあんだろ。あっちは俺一人で大丈夫。」
ギルがそう言うと、ソニアはハッとしたような表情を浮かべ、またすぐにキリっとその顔を引き締める。画風違いすぎだろ、というギルの心の突っ込みはもちろん届くはずもなく、ソニアは「ありがとうございます。お任せします。ギルさんもどうかお気をつけて。」と地響きを響かせて去っていった。
ほんとにどうなってんだ、という困惑で頭を振って振り切り、ギルはかけていたサングラスを少しずらして光の元を確認する。やはり湖の中からだ。ギルは急いで岸の方まで走り、狙いを定めて水面に触れる―その瞬間、風に吹かれて波打っていた水面が凍り付き、光へと向かって透明な道を作った。師匠直伝の氷魔法である。
(やっぱりこれが一番速ぇ。)
にやりと笑みを浮かべて、氷の上を滑る。こうすれば、救護信号まですぐだ。
光の地点のすぐそばまでたどり着いたら、氷魔法を解除して水中にもぐる。少し深くもぐれば、その信号元を発見することができた。ギルの目に入ったのは、水流の中で美しく踊る赤い髪。しかしその体はぐったりと力無く、水流にもまれている。
「!スワロー!」
溺れかけていたのは他でもない、同級生のスワローテイル・オフィーリアだった。ギルは波をかき分けるように泳ぎ、彼女の体を抱きとめる。元来潔癖症の彼であったが、そうはいっていかれなかった。
ポケットに入っている、ジル・ルーカスから貰っていた酸素カプセルをスワローテイルの口に運ぶ。こくり、と嚥下したのを確認し、他の同行者がいないかと確認すると、「ありがとう。本当に助かったよ。」と声がかかった。振り向くとそこには、白銀の髪色と灰青色の瞳が印象的な、細い体躯の少年がいた。
「僕だけじゃどうしようもできなかったから。」
「……や、むしろ信号送ってくれて助かった。こいつ俺の知り合いだし。」
「そうなんだ。ね、僕一人じゃ運べないから、拠点まで連れて行くの手伝ってくれる?」
微笑を浮かべそう答える少年は、どこか腹が読めない。髪色と瞳の色から察するに先日転校してきた移民の生徒だろう。「俺はギル・パーカー。そっちは何て呼べばいい?」と、スワローテイルに上着を着せながら手短に自己紹介すると、少年は表情も変えずに答える。
「ユークリッド・フラクタル。ユークリッドでいいよ。」
「ユークリッド。お前はケガしてねえか?」
「うん。大丈夫だよ。」
その答えを聞いて、じゃあそっちは一人で歩けるな、とギルはスワローテイルの体を抱き上げた。泳いで水上に上がっても構わないのだが、スワローの息が少しだけ浅い気がする。一刻も早く地上に上げて、適切な処理をした方がいいだろう。ギルはスワローを片腕で抱え、空いた右手を振り上げた。とたんに発生した足元の氷柱が、三人を水上へあげていく。
ふわりと浮きかけたユークリッドの手を掴み「大丈夫か」と声をかけると、当のユークリッドはその灰青の瞳を少し輝かせていた。
「氷魔法すごいね。元素魔法得意なの?」
「ん?……ああ、師匠に教え込まれたからな。」
どこか呑気な物言いに、ついギルの気も緩む。ユークリッドは浮上する間、「ところでキミも探索をしていたの?何か面白いものはあった?」「珍しい魔具をつけてるね。どんな効力があるの?」など質問を投げる。とても同行者が溺れて気を失っているとは思えない空気に、ギルは少し違和感があった。
(……まあ、取り乱されるよりかはずっといいか。)
地上に戻ると、スワローテイルがごほごほと咳をした。どうやら少し水を飲んでしまっているようだ。
「このくらいなら問題なさそうだね。」
やはり冷静な面持ちでスワローテイルの様子を見るユークリッドに、ギルは少しだけ眉を顰める。
「医療の心得があんのか?」
「うん。多少ね。少し脱水起こしてるから水と、あと塩分……。」
ドオン!!―ユークリッドの言葉を遮るように、爆発音が響く。はあ?と声をあげながらギルが振り向くと、音のした方角……確かあそこはセス達がいた砂場の方角だった。今度はなんだ、とうんざりするギルに、わかりにくいが声を弾ませながら少年は言う。
「面白そうだね。むこうに行ってみようか。」
「……まずはスワローに水飲ませてからな。」