明日も明後日もその先も。「ヘェイ、そこの君ぃ!ちょっとバイトしなぁい!?」
って言われて、付いていったら復興支援だった。
得意だから引き受けた。
顔も良くて心根もいいんだ俺は。ふふ。
この場所は遠くから、子どもたちの笑い声がよく聞こえる。
みんな楽しそうだ。
子どもはまあまあ好き。
子どもが俺を好きかは、また別の話だけど。
この辺りは避難所や教会が近い。だから、子どももたくさんいる。
復興支援にたくさんのギルドの人たちが来ていて、飯処を経営するギルドの炊き出しや学院から派遣された人たちの周りには、とてもいっぱいの子どもが集まっているけど、俺の周りにはいない。
知ってた。
ちょっぴり寂しい。
ちょっぴりね。
ほんとちょっぴりだから。
自分で自分のこと怖そうだってわかってるから。
わかってる。
傷ついてないってば――
街が焼けた跡をせっせと修復していたら、さっきまで瓦礫の撤去に向かわせていた駒が帰ってきた。
が。
「なんか乗ってる」
駒の上に子どもがいた。
あまり綺麗とは言い難い服を着てる女の子だ。
避難所にいた子なのかもしれない。
この辺りの家の修復は、まだ進んでいないみたいだから。
女の子は、あちこちが煤けて黒ずんだくまのぬいぐるみを片手に抱いている。
女の子は駒から降りて、解放された駒はてちてち四つ足で持ち場に戻っていった。
俺と、女の子だけになる。
きっとすぐいなくなるだろうと思って、そのままにした。
俺は壁を塗るのが忙しいんだから。
忙しいったら忙しいんだ。
だから、俺の半纏の裾を持つのはやめてほしい。
というか、俺のこと怖くないのかな――
他に友達いないのかな。
親は……聞かないほうがいいかな。
こっちめちゃくちゃ見てるな。
壁塗り面白いのかな。
子どもにはあんまり面白くはないと思うよ。
「ここにいたら、くま汚れちゃうよ」
布越しだからちょっとくぐもった声だけど、言ったことわかるかな。
良くわからないけど、俺が話しかけたことに女の子はすごく嬉しそうだった。
くまのぬいぐるみで口元を隠して、ぬいぐるみの手をぱたぱた動かし始めた。
『こんにちは、このおうちでなにをしてるの?』
何でわざと話しにくい声にしてるのかな。
もしかして、くまが話してるってことにしてるのかな?
えっ、俺、腹話術してると思われてるの?
俺ぬいぐるみじゃないけど。
まあいいや。
「この家を直してるよ」
『さっきのこは、あなたがつくったの?すごいね』
「駒のことかな?すぐ出来るんだよ。ほら」
懐から碁石を取り出し、両手で包んでから紙風船を膨らませるみたいにふうって息を吹いて、足元にある壁塗り用の土を捏ねてぺたぺた形造る。
うずうずぶるぶる震えた駒に『歩』の文字が刻まれて、にょきっと生えた短い足が、生まれたてだからぶきっちょに地面を踏んで、女の子の足元をうろついた。
『かわいいね、すごいね』
「そっか、可愛いんだ」
『おうちなおしてえらいね』
「仕事だよ」
女の子はずっと、くまで口元を隠しながら何かを駒に話しかけてる。
おしゃべりだなあ。
俺みたいに寡黙なのと全く訳が違う。
俺は壁を直してただけだ。
この家を早く直してあげたいから。
きっと、この家に帰りたい人がいるはずなんだ。
誰の家かもわからないし、顔も何も知らないけど。
『おうち、いつなおる?あした?』
「うーん、あしたは無理かなぁ」
『じゃあ、まだここにいる?』
「途中で放っておけないから」
俺が左官道具を片付け夕飯を食べに帰るまで、女の子は俺のそばにいた。
ずっと壁が直るのを見ていた。
帰る時に、またねと言った。
女の子はくま越しに『またね』と言った。
女の子のほんとの声は聞けなかった。
明日は聞けるかな。
って言うか、明日も来るのかな?
楽しかったのかな。
つまんなくはないのかも。
俺は、そうだな――楽しかったかもしれない。
また明日も来たら良いな。
もしかしたら、俺案外子どもに好かれてるのかもしれないな。
違うかな。
そうだといいな。
明日来たら、もう少し駒を作ってあげようかな。
俺のことはともかく、駒は好きみたいだしね。
――俺のことも、ちょっとは好きになってくれたら良いな。
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リシェロが避難所として開放されている教会から宿へ帰る道すがら、向かいから一人の少女が歩いてくるのに出くわした。
「お帰りですか?暗くなる前に帰ってきて、良い子ですね」
リシェロが少女の目線にあわせて屈むと、少女は問いかけにこくりと頷いた。
頷くだけだ。
「今日は随分と遠くまでお出かけでしたね?何か素敵なことはありましたか?」
話しかけるリシェロに、少女は地面をじっと見据えるばかりで反応はない。
沈黙が続いていたが、やがてリシェロの後ろから、リシェロがさっきまでいた教会の修道女が走ってきた。
少女のそばへやって来ると手を握り、リシェロに深く礼をする。
「詩人様、今日も絵本とパンをありがとうございます」
「いえ、僅かでも皆様ノお力になれたらと思い、勝手ながら――」
片手に煤けたくまのぬいぐるみを抱いた少女は、修道女の手を握ったまま下を向いている。
「絵本は好きですか?」
リシェロの問いに、少女はやはり黙ったままで頷いた。
リシェロが修道女に目線をやるも、修道女は困ったように微笑むのみ。
「まだ……戻りませんか」
リシェロは少し遠くを見つめる。
その先には、大きな病院が。
少女の両親がいるらしい。らしい、というだけで、実際どうかは分からない。
この辺りの教会や避難所には、親と離れた子どもたちがとりわけ多いからだ。
少女もその一人である。
「ええ。ですが、今日は少しだけ良いことを彼女に教えてあげられそうで」
「良いこと?」
「ええ、この子の家を通りがかりの方が直してくださるらしくって。もしかしたら、一ヶ月もしたら家に帰れるかもしれないそうなんです」
「ああ……良かった、お家に帰れるんですね」
リシェロがささやかに微笑むと、少女はくまのぬいぐるみをぎゅう、と強く抱いた。
指先が白くなるほど強く。
「ええ。そうしたらきっと、この子も色んなことを思い出せるかもしれません。怖いことだけじゃなくて、楽しかったことや、幸せだったことを」
記憶を、親を、家を失い心細いであろう。
少女の瞳はゆらゆらと揺らいではいるが、唇を引き締め込み上げるものに耐えている。
「……きっと、そうなります」
未だ街には爪跡が残る。
傷ついたものが取り残されている。
けれど、必ず命は命ある限り立ち上がることを、リシェロは知っている。
生きとし生けるものはみな、時に支え時に支えられ、傷跡を塗り込めるほどのなにかに出会いながら、ゆっくりと。
「明日も、明後日も、そノ先も……人が信じることを忘れぬ限り、希望はそばに在るノですから」
時は流れ哀しみを押し流していく。万事万葉変わることはない。
修道女に連れられながら、少女は後ろを振り向いた。
「またあしたね」
少女の視線の先には、まだヒビの残る家たちが並んでいた。