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    aoiuo0025

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    aoiuo0025

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    石御の様な御石の様な

    #御石
    goseki
    #石御
    ishigaki

    確かに、その瞳は燃えていた夏休みを終え数日経った九月の頭。


    登校するとボクの机の中身は、空っぽになっとった。


    昨日置いて帰ったファイルやら教科書など諸々、消えた行方に見当はない。


    教室中を見渡してみる。隣の席の女子が気まずそうに視線を逸らし携帯を弄り始めた。


    「うわ、気付いた」


    背後からけたたましい嗤い声と共に、何とも馬鹿馬鹿しい小声が聞こえる。


    振り返るとボクの席からだいぶ離れた教室の角にたむろっている髪の明るい集団がこちらを見て堪え切れんとばかりに口元に手をやった。


    5月にあった体育祭辺りから現れた、やたらと小馬鹿にしてくる低俗な輩。


    ロードレースやっとるからって安直な理由で人の意見も聞かず勝手に対抗リレーの選手に選んだ挙句、期待通りの結果が出せんかったら罵声を浴びせてくる理不尽なマヌケ。


    しかもその逆恨みは体育祭を終えても継続し、こうして今もネチネチと嫌がらせを受けている。


    ボクは仕方なく席を立って、陰湿で低俗なマヌケ共の方へ足を向けた。


    いつもは口だけやったから放っておいてた。


    自分の理解の及ばへん人間に時間を割くほど暇やないし、関わりたくもない。


    せやけど、ここまでされて黙ってる訳にもいかへん。


    「…なぁ、ボクの教科書とプリント何処やったん?」


    意地の悪い釣り上がった目と視線が合う。


    なるべく目立たへんように生きてきたボクの平穏を揺るがしてくる反乱分子。


    まさかボクの方から声をかけてくると思わんかったんか瞳が八つ、僅かに乱れる。


    「ハァ?何言うとん?」


    4人のうちの1人が吠えた。


    ボクは言葉を続ける。


    「朝来たら机の中ァ…空っぽやってんけど。自分等さっきボクの方みて笑っとったよな?」


    「意味分からん。お前、頭おかしいんちゃう?なぁ、お前等知っとる?」


    わざとらしく周りに目配せすると3人して「知らん」と首を左右に振った。


    挙げ句の果て「御堂筋、オレ等がそんな酷いことする訳ないやん。お前、自分が忘れ物した癖に人のせいするなんて最低やと思わんの?とうとう見た目だけや無くて心まで人間やなくなってもたん?」などと宣(のたま)い眉を八の字にさせ、さも被害者のような素振りを見せる。


    「自分等…ホンマええ加減に…」


    そう言いかけて、汚い手がボクの詰襟を掴んだ。


    「そんな疑うんやったらクラスの奴全員に聞いて回ったらええやん。ボクの教科書見んかった?って。そしたら親切な誰かが教えてくれるかもしれへんで。例えば…」
    ーー中庭の池に沈んでるの見たよ、とか。


    「…は?」


    囁かれたその言葉にボクは思わず、視線を中庭の方へやった。


    まさか、そんな筈。


    そう思いはしたけれど、このアホ共ならやりかねん。


    窓辺に駆け寄り、目を凝らす。


    この日は梅雨を彷彿させるほどの土砂降りの雨。


    激しい水滴がガラス窓に打ち付け視界が悪い。


    それでも目を細めると程なくして、身に覚えのある数学の教科書とグリーンのファイルが僅かに形を保ったまま雨に打たれて池に浮いているのが見えた。


    ボクは言葉を失った。


    遠くから教室に入って来た担任の呑気な挨拶が聞こえる。


    ホームルームが始まる。


    そう頭で分かっていても、ボクの身体は動けずに窓辺を見つめたまま固まっていた。


    「御堂筋?はやく座りなさい」


    そう言われて、やっと首が動く。


    気が付くと他の生徒は皆んな行儀良く席についていて、一人立ち尽くすボクを異常者の様に見とった。


    ボクが登校する前から教室には何人も生徒がおった。


    コイツ等は全員、ボクの机が荒らされている様を見ておきながらそれを黙認し、何ごとも無かったかの様に振る舞っている。


    周りの白い目を眺めながら
    『お前等の方がよっぽど異常者やろ』と
    詰(なじ)りたい衝動に駆られたけれど、一瞬にして蟠りは消え失せた。


    一向に反応を見せないボクに担任が心配そうに体調でも悪いのかと聞いてくる。


    一応、京都有数の進学校やし、後ろ暗い噂が公になるのは嫌なはずや。


    コイツ等にされたことを話せば、何かしらの対応をとってくれるかもしれん。


    それでも、雨水に浸された教科書は戻ることもないし、何よりおばさんがこの事を知ったらーーーー。


    「何も…ないですゥ」


    口が、手足が、勝手に動いて席に着く。


    それを合図に何ごともなくホームルームは始まった。


    「ほな、この前配ったプリントのことやけど…」


    担任の声と交わる様に雨の音がやたらと大きく脳裏に響く。


    久々に感じる心臓を割かれるに近い鋭い痛み。


    小学生の時に捨ててきた感覚が戻ってきた。





    『お前、ホンマキモいなぁ〜御堂筋』


    昔から人間の目を見るのが好きやない。


    目は口ほどに物を言うって言葉があるけど、まさにその通りやと思う。


    アイツらの見せる色は汚い。


    人を蔑み、バカにし、その癖、自分は違うという薄っぺらいプライドが透けて見える。


    そんなでも小学生の頃は、ソイツ等の瞳に、言葉に、いちいち心が乱された。


    足が遅いと揶揄われながら走る体育は気が重かったし、帰りしなに荷物を持たされて足を引っ掛けられれば涙が溢れた。


    その度に何で自分だけこんな目にあわなあかんねんって。


    何で誰も助けてくれへんねんって思ってた。


    ユキちゃんや兄ちゃん等が観よるアニメにはいつだって颯爽と助けてくれるヒロインやったりヒーローがおるのにそんな奴ら一向にあらわれへん。


    担任の教師すら見て見ぬふりや。


    あの頃のボクは夢見がちやった。


    願えば誰かに助けてもらえると、祈れば病は治るもんやと本気で信じてた。


    ーーそんなん嘘やって直ぐに気がついたけど。



    「今更…快晴かいな…」


    今朝の集中豪雨が嘘のように昼休みには雨は止んでいて、踏み締めた土はぬかるんでいた。


    午前の授業を終えてすぐ中庭へと向かう予定やったのに、途中アホ共に声をかけられたせいで少し遅くなってしまった。


    『あれ、御堂筋。今からどっか行くん?オレ等も連れてってや』


    (剥き出しになった並びの悪い歯列。性格を表したみたいにガッタガタやったな)


    渇いた緑に透明な雫がピチャリと跳ねる。


    高校生にもなって昼休みに中庭で過ごす生徒なんて一人もおらん。


    人の気配一つない整えられた小道を進んだ先にある大きな池。


    その雨水を蓄え澱んだ上澄みに目的の物はあった。


    ボクはソレを適当に転がっていた木の枝で掬い取り、予め用意しておいたビニール袋の中に放り込んでタオルで包み込んだ。


    中を確認してみる。


    あれだけの雨やったし分かっていたけれど、救出した教科書類は濁水を吸い切ってぐったりとふやけていて使い物になりそうにない。


    プリントは新しく貰えるにしても、乾かせば使えると思っていた教科書の中身は既にマジックでグチャグチャに落書きやら言葉にしたくもない文字の羅列が並んでいて、到底教室で開ける代物や無かった。


    さて、どうするか。


    借りれるような友人なんておらへんし、買うにしても絶対理由を聞かれる。


    それに金の問題も。


    (こうなったら…やった本人達に責任とってもらう他、あらへんなぁ)


    嫌いな人間の私物なんて使いたくないけど仕方ない。


    どうせあの阿呆共は碌に勉強もしてへんやろから教科書なんて置きっぱなしやろし。


    部活で朝も早いし、帰りも遅い。


    奪い去るタイミングなんて幾らでもあるーー。


    そんなことを考えていると名前を呼ばれた。


    「こんなとこで何しとるん?」


    咄嗟に顔をあげると、艶やかな黒髪と一般人にしては整った顔立ちが目に入った。


    思わず眉を顰める。


    「石垣…クン…?」


    突如現れた侵入者に教科書の存在も忘れて、身体が硬直する。


    何でコイツが中庭なんかにおんねん。


    昼休憩にこんな人気のない場所にくるタイプやないやろ。


    時折、すれ違う彼が友人達と楽しそうに過ごしている姿を何度か見たことがある。


    集団の中に一際映える華。


    そんな存在である事を嫌でも知っとった。


    「自分こそ…何しとるん」


    ボクの問いかけに石垣クンは辺りを見渡しながら、「花壇の様子を見に」と答えた。


    「花壇?」


    「そ、オレ緑化委員やから中庭の花壇の世話しとるんよ。今朝すごい雨やったし、風も強かったから荒れてへんか心配で…」


    そう言うと石垣クンは池から少し離れた花壇の方へと近づきしゃがみ込むと鮮やかな草花に触れた。


    その光景が一つの絵画の様に見える、なんて。


    (流石に…キモすぎやわ…)


    何やっていうねん。


    ジクジク、ジクジク、頬が火照る感じがする。


    こんな所さっさと立ち去れば良いのに、僕の手足は縫いつけられた様に動かへん。


    視線が釘付けになる。


    長い指が緑の茎を愛でるのを。


    形の良い唇が綺麗な弧を描き、瞳が慈しみに溶けるのを。


    瞳が追ってしまう。


    なんやこれ。何かの呪いか?


    あまりの気持ち悪さに唇を噛み、拳に無理矢理力を込める。すると、硬直していた身体が僅かに弛んだ。


    「…昼休みにわざわざそんなんせなあかんとかご苦労やねぇ。ボク緑化委員なんかならんで良かったわ」


    「そやよなぁ。他の奴らもやりたがらんくて知らん間に担当になってしもてたわ」


    「なんなんそれ、アホちゃうの?」


    石垣クンは苦笑した。


    「もともと一年生の女子がクラス毎に世話してたらしいねんけど、何や花壇の悪戯が絶えんかってんて。踏み荒らされたり、ハサミで茎切られたり…流石に三年の男子が世話しとったらそんな事も減るやろ言うて」


    「へぇ〜実際減ったん?」


    「花壇の方はぼちぼち…でもまだたまに荒らされる時あるわ。何故かオレのより一等大切にしとるヤツばっか狙われるんよ」


    石垣クンは眉を八の字に下げて首を左右に振った。


    「石垣クン舐められてもうてるやん」


    「そやなぁ…せやけど、多分もう無くなると思う」


    「ハァ?何で?」


    「やってオレ、絶対ソイツ等のこと…」


    石垣クンはそう言いかけてボクの方を見た。


    「御堂筋っ…上!!」
     

    「はぁ?」


    上ってなんやねん。


    指し示された通り空を仰ぐ。


    雨雲が嘘のような快晴。


    青を切って灰色の物体が勢い良く落ちてくる。


    あまりの速さにスローモーションに見えた。


    上手く視覚で捉えることができひん。


    なんや、これ。


    大量の水が勢い良く舞う。


    あ、やばい。


    そう思った時、石垣クンの手がボクの腕を掴んでその小さい身体でボクの身体を多い尽くした。


    「御堂筋…大丈夫か…?」



    ポタポタ、ポタポタ、水滴が落ちる。


    思ったより濡れてない。


    その代わり地面にはバケツが転がっていて、石垣クンの髪がシャワーでも浴びたみたいに垂れている。


    ボクを庇ったせいや。


    「石垣…」


    顔を上げると石垣クンは既に腰を上げて、4階のとある教室の窓を見つめていた。


    つられる様にして顔をあげると、そこには今朝ボクのことを嘲笑っていた連中が顔を青くしてコチラを見ているのが見えた。


    不意に落ちてきたバケツ。


    制服を染め上げる大量の水。


    一瞬何が起きたんかと思ったけれど、全てがボクのために行われた行為やったんやと瞬時に理解した。


    花壇にいた石垣クンに気が付かず、中庭にボクしかおらへんと思って事に及んだんやろう。


    ましてや三年の先輩を水浸しにするなんて想像すらしてなかった筈や。


    さっさと逃げれば良いものを瞬時に判断出来ひんと突っ立ってるあたり、よっぽど堪(こた)えてるらしい。


    「なんや…自分らがやったん?」


    石垣クンがぐしゃぐしゃに濡れた前髪を掻き上げながら一年に向かって訊いた。


    その声はいつもよりも低く重みがあって初めて聞いた声色やった。


    流石にやばいと思ったのか、すぐに阿呆共は「すみません!」と頭を下げた。


    『水捨てようとしたら落としてもて』


    そんな嘘丸出しの戯言を添えて。


    (アホらしぃ……)


    ボクは石垣クンの方を見た。


    この男がどんな反応をするのか気になった。


    石垣クンは滅多に怒らない。


    少なくもボクは見たことがない。


    底無しのお人よしで他人の悪意に鈍感で。


    それこそ造花みたいな男やった。


    IHの最終日を棄権すると言った時ですら説得こそしてくるものの怒りをぶつけてこんかった。


    そんな彼が感情を発露するには少しスパイスが足りひんか。


    ボクは小声で石垣クンに囁いた。


    「石垣クン大丈夫なん?こんな濡れてもて、みすぼらしぃ。まだ授業も残ってるって言うのにはた迷惑な話やなぁ…」


    内心気持ちが昂っていた。


    この男が負の感情で乱れる姿が見たくて堪らない。


    語気を荒げて、眉を寄せるそんな姿がみたい。


    「アイツ等絶対反省しとらんで。ボク同じクラスやから分かるわ。いつも悪さしよる碌でもない奴等やねん」


    あと少し押してやれば、それが見られるような気がした。


    「やから…」


    紡ぎかけた言葉は一瞬にして消えた。


    石垣クンはやけに綺麗な瞳でボクを見た。


    濁り一つない円が万華鏡みたく色を変える。


    その美しさに呼吸が止まった。


    「御堂筋、大丈夫やで」


    長いまつ毛を伏せ、口角が上がる。


    作り物めいた顔が人間に戻った瞬間やった。


    「なぁ」


    石垣クンは一言投げかけると、数メートル先で震えているアイツ等の肩がビクリと跳ねた。


    「水捨てるんやったら横着せんと、ちゃんと水道で捨てなあかんよ。今回は許したるけど、当たったら最悪怪我だけじゃすまへんし。気ぃ付けよ?」 


    何なんその顔。
     

    自分の今の状況分かってるん?


    もっと怒れや。


    もっと詰(なじ)れや。


    「ホンマにすみません…っ…」


    「良えよ。教室戻りぃ」


    呆然とするボクとは裏腹に会話は進み、早々に青い顔が窓から慌ただしく消えた。


    石垣クンは、それを見届けるといつもより幼くなった髪型を気にしつつも何事も無かったかのように制服の裾を絞って「えらい困ったな〜保健室で体操着借りてくるわ」と目を細めた。


    「何…で許したん?」


    「ん?」


    「普通もっと怒るやろ。クリーニング代請求するなり…」


    腹の底が重い。


    イライラする。


    別に石垣クンがボクの代わりに水かぶったからやない。


    勝手に庇っといて、勝手に濡れ鼠になっといて、ヒーロー気取りなんは癪に触るけど、そんな事よりもーー。


    ボクの言葉に石垣クンは困惑した様子で首を傾げる。


    「クリーニング代って…後輩にたかるんも可笑しない?乾かせば着れるし。向こうも悪気なかったんやろ。反省しとるみたいやし、もうあんな悪させえへんよ」


    そんな訳ないやろ。


    アイツ等は悪意の塊やぞ。
     

    今までボクが何されてきたかーーー。


    体育祭からの仕打ちが一気に流れ込んでくる。


    知ってる?人間ってもっと冷たいんよ?


    人の夢バカにして来るし、お母ちゃんおらんかったら冷めた目で見てくるし、運動出来へんかったら遠目で笑われて、他とちょっと違うところあったら足引っ掛けられて、殴られて、それでーーーーーーーーー。


    そこまで思考が巡ったところでピタリと止んだ。


    全身の力が抜ける。


    無駄やと分かったから。


    「石垣クンって…ホンマぁ…」


    こういう時、気付かされる。


    キミィとボクの差を。


    生きとる世界が違う。


    キミィに分かる筈がない。


    いつも周りに人が沢山おって、何でも出来て、ツラも良くて。


    会う人みんなが親切にしてくれる。


    今までそうやって育ってきたんやろ?


    「御堂筋?」


    「もうどうでも良えわ。キミィが…勝手に庇ってんから礼なんて言わへんで」


    どんなに口汚く罵っても、


    どんだけ冷たく遇らおうとも、笑う。


    父の様な母の様な慈愛に満ちた顔で。


    「そんなん言わんで良えよ。身体が勝手に動いてしもただけやし。お前に怪我なくて良かったわ」


    キミィはどこまでも清白やねんな。


    つまらん男や。
     





    『御堂筋、大丈夫やで』


    万華鏡の様にカラカラと変わる色彩。


    キラキラと光を取り込んで、形を変える。


    綺麗なものしか写さない。


    人間味のない色。


    あの目がボクの脳裏に焼き付いて離れない。


    窓辺から漏れる光は橙と濃紺のコントラストを見事に描いている。


    部活を終え、手筈通りに教室へと足を向けた。


    人の気配はない。


    当たり前や、時計はすでに19時を指している。


    18時半までは吹奏楽部が練習場として利用しているのと、19時半過ぎには警備の人間が見回りに来るのは確認済み。


    それまでにさっさと一冊の教科書を机から引き抜いて自分の物にする。


    同じ様な景色を繰り返すなか程なくして、教室の前に着いた。


    念の為、入る前に辺りを確認する。


    他人の机から教科書をくすねてる姿なんて誰かに見られたら面倒や。


    ボクがいくら被害者やと説明したところで目撃した人間がそれを信じるかは別の話やし。


    明日の授業には数学がある。


    ーーさっさと終わらせてしまおう。


    なるべく音を立てずに扉を開く。


    そこには想像通り誰もいない無機質に並んだ机と教壇だけがあるーー筈やった。


    ボクは自分の前に広がる光景に目を疑った。


    「は…?何これ」


    思わず、口を衝いて出た。


    ボクの机の上に紙袋が一つ置いてある。


    誰から?


    何のために?


    そんな疑問符を垂れ流しながら机に近づき、恐る恐る紙袋を手に取った。


    癖のある字で『御堂筋へ』と書かれた付箋が貼ってある。


    中を見ると今朝ぐちゃぐちゃにされたはずの教科書とプリントが入っている。


    プリントは真新しいが、教科書の方は重要そうなところにマーカーやらメモが記されているあたり、送り主が使っていた物やと分かった。


    『御堂筋へ』

     
    もう一度付箋の文字を見た。


    身に覚えがあるなんてもんじゃない。


    ほとんど毎日見ていた、その筆跡。


    体温が下がる。


    驚きを隠し切れへん。


    「何で…キミィが…」


    ここにおる筈のない。


    このクラスの人間でも、ましてや同学年でもない。


    一人の男の文字やった。


    「石垣クン…」


    何でキミィがこの事知っとんの?


    哀愁漂う橙が黒く染まる。


    教室の蛍光灯が一際光を際立たせた。





    大切に大切に育ってほしいモノが第三者によって蔑ろにされる。


    真っ直ぐ伸びようとする茎を端折り、綺麗に咲こうとする花びらをむしる。


    花壇を踏み荒らされる度に考えとった。


    何でこんなことするんやろうって。


    日頃のストレス発散?


    何か恨みを買うようなことをしてきたから?


    それともーー相手が反撃してこうへんからかな?


    「石やん、携帯光っとるで」


    友矢の言葉に箸が止まる。


    待ち望んでいた言葉が綴られている事を期待し携帯をひらくと、ハートの絵文字で溢れた文章が液晶を埋め尽くした。


    「誰から?女子?」


    「おん、緑化委員の一年生」


    「へぇ〜えらいモテまんなぁ。石やんが花壇世話するようなってから悪戯も無くなったみたいやし石垣センパイカッコ良い〜って?」


    「そんなんとちゃうよ。ただ花の様子報告してくれとるだけや」


    「花ぁ?」 


    「そう。今日は無事みたいやわ」



    花の隣に添えた監視カメラが朝、昼、夕。


    一人でに指を動かして全部オレに教えてくれる。


    いつ登校して、何を食べて、誰が大切な『花』を蔑ろにしているのか。


    あ、また来た。


    オレが緑化委員になったのは唯の偶然。


    一年生の緑化委員の子が御堂筋の隣の席やったんも偶然や。


    ただ御堂筋が中庭に来たタイミングでオレが現れたのはーーーーー。


    「石垣、何や一年が謝りたい言うて四人くらい来とるで」


    顔を上げて、教室の扉の方へと視線を向ける。


    昨日バケツをぶちまけた一年生が相変わらず顔色悪く頭を下げた。


    (そんな顔するんやったら最初からせえへんかったらええのに)


    全部、全部、知ってんねん。


    お前等が嫌がる御堂筋に無理やり体育祭の対抗リレー走らせたんも。


    クラスが最下位でいちゃもんつけて突き飛ばして嘲笑ってたんも。


    それから今日までずっと嫌がらせを続けてきたことも、全部。


    「なんかしたん?その一年」


    心配そうに見る辻と友矢にオレはなるべく口角を上げて目を細めた。
     

    「ちょっと大切な花傷つけられただけや」


    腰を上げるとポケットの中の携帯が鳴った。


    何度も何度も囃し立てる様に。


    着信相手は見なくても分かる。


    花を愛でる様に、茎を葉を慈しむ様に、震える携帯を指先で撫でた。


    「御堂筋、大丈夫やで」


    オレ、絶対ソイツ等のこと許さんから。



    おわり
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